日本人漫画家とガウディ

ゴンザロ・ロブレド【Profile】

[2015.12.18] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

井上雄彦とガウディの絆は1992年バルセロナ五輪がきっかけ

『SLAM DUNK』や『バガボンド』、『リアル』などを手がけてきた漫画家・井上雄彦は、日本中のほぼすべての本屋に欠かすことのできない存在であり、多作家の井上は25年間マンガ制作に没頭してきた。日本の全書籍に占めるマンガ・ジャンルの売上は、2014年に40%を占めた。

しかし、1967年鹿児島県大口市生まれの漫画家は、実はほかのことにも時間を割いてきた。その一つが、2013年に出版したスペイン人建築家のアントニオ・ガウディ(1852-1926)の生涯と建築作品にヒントを得た『ペピータ』という挿絵入り短文の本であり、読者を驚かせた。

世界でも最も訪問者の多いカトリック建築のひとつサグラダ・ファミリア(聖家族教会)の作者と、高校バスケットボールを題材にした『SLAM DUNK』で1990年に大ブレークした日本のマンガ家のつながりは、まさに井上がいまだに日本ではマイナーとみなされているこのスポーツの熱烈なファンであったことに端を発する。

『SLAM DUNK』が絶好調であった1992年に井上は、オリンピック史上初のアメリカNBAのスター選手達による米ドリーム・チームの試合を見るためにバルセロナ・オリンピックに出かけた。

「地球上最強のバスケットボール才能集団」として知られた米チームには、井上に『SLAM DUNK』のヒントを与えたマイケル・ジョーダン、スコッティー・ピッペン、ジョン・ストックトン、マジック・ジョンソンなどの選手がいた。

井上は試合の合間に、カタルーニャ州の州都バルセロナを訪れる観光客に定番であるガウディの主要な建築物を訪れた。サグラダ・ファミリアを前にした彼の反応は困惑に近いものであった。おそらく、当時はバスケットボールのお気に入りのスター選手たちを見ていた感覚が邪魔をしたのかも知れない。しかし、カタルーニャ出身建築家ガウディの偉大な作品を直接目にした影響は、20年後に現れることになった。

サグラダ・ファミリアの建設は2026年に完成予定です。

サグラダ・ファミリアで働く職人たちとの出会い

井上は2011年にバルセロナを再訪した。1970年代終わり頃からガウディ建築の均整や実測研究に取り組んでいる日本人建築家の田中裕也などの専門家に案内してもらい、このモダニズム建築家の生涯と作品を深く理解することになった。

井上は、職人的なものに尊敬と深い賞賛の入り混じった感情を抱いていた。サグラダ・ファミリアの作業場でも最も会話が盛り上がったのは、2026年に完成が予定されているこの壮観な教会の細部の手作業に携わる彫刻師や彫り物師などの専門家たちとの間でであった。

そのひとりが、教会の「栄光の門」に40か国語で「主の祈り」を刻む責任者だったブルーノ・ガジャールであり、井上に特別な親近感を持ったことから、祈りの文中の「我らを悪より救い給え」という箇所を漢字で書いて欲しいと依頼した。

井上は驚くやらうれしいやら、しかし自分がクリスチャンでないことにためらったが、申し出を受け入れ、その晩早速ホテルに戻り文章を筆書きして翌日ガジャールに手渡した。

この予期しなかったエピソードは前掲の『ペピータ』にも出てくる。ペピータと名付けたのは、それがガウディの伝記に登場する家族以外の唯一の女性の名前であり、またスペイン語で「種」という意味を含んでいるからである。井上によれば、このスペインへの旅は予定になかった多くの経験をもたらした種であり、それらは7か国語(英語、スペイン語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、中国語、韓国語)に翻訳された彼の本の中に具体的に記述されている。

「栄光の門」の扉。

井上とガウディの宗教的側面

井上は、ガウディの生涯に触れたことで、タラゴナ県生まれで自然界のごく単純な形状を観察することにより、サグラダ・ファミリアの塔の懸垂型アーチのような、構造上の多くの天才的な発見をした建築家のルーツが田舎にあることを知った。

また、井上はガウディが晩年をサグラダ・ファミリアの中にある作業場で過ごし、建設工事の進捗が遅いことを批判する声に、次のように答えた建築家の強い宗教心を知った。「私の依頼主である神はお急ぎではありません」。サグラダ・ファミリアのファサードは、写実性と多種多様さが目を引く、人間や動植物の彫刻を伴った聖書の記述の集合体だといえる。

ガウディの豊かなキリスト教的な図像を知った井上は、日本の神社建築に興味を持つ。そこには写実的な描写はほとんどなく、過剰な飾りつけも避けられていた。

彼が興味を持った時期は、ちょうど日本の神道の柱である伊勢神宮で1400年前から続く20年毎の式年遷宮に重なった。そこで木造建築の神社を建築し移し替える敷地に白い石を敷き詰める御白石持などの行事に参加するため、2013年に同神宮を訪れた。

伊勢神宮やその他多くの神社を訪れ、また藤森照信などの建築家との対談も行い、井上は『承』というタイトルでガウディ・シリーズ第2弾と位置付けられた本を出版した。この井上の訪問に、我々撮影チームは同行し、同書巻末に筆者が日本語でナレーションを入れた15分間のドキュメンタリーDVDを添付した。またHistory Channel Japanでもその内容が放送された。

3度目のバルセロナ訪問

2013年、筆者は井上の3度目のガウディの地訪問に同行した。少年ガウディが生涯苦しめられることになった関節炎のために長い時期を過ごし、鋭い観察眼を養った田舎の地を巡る井上の1時間のドキュメンタリー(※1)を作成した。

井上はタラゴナ県で、強風のために曲がりくねった木々、かたつむり、動物の骨など、ガウディが設計した建築物の中で具現化した複雑で珍しい形や構造のヒントを得た自然に触れた。

サグラダ・ファミリアの「栄光の門」のファサードはまだ一般に公開されていないが、我々は2年前に井上が紙に書いた文章が青銅製の扉に刻まれているのを見ることができた。

その彫刻は、巨大な扉の下の方にあり、期せずしてマンガと建築という全く異なる2つの分野、神道とキリスト教という2つの信仰、そしてスペインと日本という2つの文化を近づけることになった使者がいたことを今後何世紀にもわたって示すことになる。井上はその文言に手で触れるためにひざまずいた。

(バナー写真:バルセロナのサグラダ・ファミリア教会内部。)

(※1)^ ドキュメンタリー『”pepita” 井上雄彦 meets ガウディ』は2013年~2014年のスペイン・日本交流400年記念行事や2014年7月から2015年7月まで東京、金沢、長崎、神戸、仙台で開催された展示会『井上雄彦ガウディの宇宙を読み解く』でも上映された。

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  • [2015.12.18]

ジャーナリスト、プロデューサー。パチェ株式会社共同設立者。1958年、コロンビアのペレイラ生まれ。1981年に来日し、スペインのエル・パイス紙およびスペイン国営テレビの記者などを経て、1997年から2007年までEFE記者。その他多くのスペイン報道機関に記事を提供。NHK、関西テレビ、朝日グラフ、毎日グラフ、フォーカス等日本のメディアとも協業。

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