日米豪印連携—-肉付けされる「ダイヤモンド安保戦略」

鈴木 美勝【Profile】

[2016.01.06] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS |

2015年の安倍海洋戦略外交は、12月のインド訪問、そして来日した豪州・ターンブル首相との首脳会談をもって締めくくられた。<インド太平洋>を念頭に置いた安倍晋三首相の「ダイヤモンド安保戦略」—日米豪印連携—は、新次元に向けた日米同盟の強化で合意した4月の訪米を起点に、着実に肉付けされた。日米の狙いは、<インド太平洋>で拡張的な活動を展開する中国の脅威を抑止する点にある。とりわけ南シナ海における近年の中国の動きは、オランダの画家フェルメールが「真珠の耳飾りの少女」を描き、法律家グロティウスが「自由海論」をまとめあげた17世紀、それ以来積み上げられてきた国際秩序に対する力ずくの挑戦と言える。

フェルメールの視野

17世紀は、大航海時代の冒険心によって渡来品の移動、異文化交流が一段と深化し、本格的な商業活動が行われるようになった時代である。東西間で移動するモノは、偶然の渡来品ではなくなり、流通・販売を目的に生産されたモノとなった。当時、オランダは、アムステルダムを中心に、新奇・珍奇な物品、贅沢品や動植物が集積するヨーロッパの一大拠点になっていた。アジアとの海上交易に乗り出す数多くの貿易会社を統合して生れたのが、世界初の大規模株式会社オランダ東インド会社だ。

フェルメールが生まれ育ち、終の棲家とした有産階級の街デルフトも、アムステルダム、ロッテルダムと並んでアジアとの国際貿易を結ぶ中心地だった。オランダ商人は、スペイン、ポルトガルの後を追うように、インド洋、西太平洋の海域にまで船を走らせた。

日本でも熱烈な愛好家のいるフェルメールの作品(※1)は、三十数点しか現存していないが、彼の作品には、中心に描いた人物と外部世界をつなげるものとしてアジアとの交易、海外に広がる視野を暗示する小道具が描かれている。例えば、「兵士と笑う女」「地理学者」などには世界地図や地球儀が配され、「真珠の耳飾りの少女」「真珠の首飾りをする少女」では、インド洋、ペルシャ湾、ベンガル湾などで採取された真珠が輝きを放っている。

フェルメールは故郷デルフトを安住の地としていたが、17世紀、画家としてのその目は無限の輝きが潜む外部世界にも向けられていた。同じデルフトの若き有能な法律家で後に「国際法の父」と称されるグロティウスも然り。先行して西太平洋に進出し、常設航路を既得権化していたポルトガル、スペインに対し、他国民が交易するため、その航路を自由に航行することを妨害する権利はないとして、「交易の自由」最優先を主張、オランダの<インド太平洋>進出に貢献した。今では、交易の自由・航行の自由は国際法の基本原則であり、グローバル・コモンズとして誰もが享受できる人類の資産と見なされている。

2つの海——8年目の現実

だが、今や、4世紀にわたって様々な状況変化にも耐えて積み上げられてきた海のルールが揺れ始めた。中国海軍の外洋化や南シナ海における中国の「人工島」造成が伝統的な海の秩序を力ずくで覆そうとしているためだ。インド洋で、ミャンマー、バングラデシュ、スリランカ、パキスタンに艦船の寄港可能な港湾を確保した中国は、インドを取り囲むように海洋での存在感を際立たせている。「真珠の首飾り」と呼ばれる中国海洋戦略の柱の一つだ。これは、中国・習近平政権が推進する「一帯一路(陸と海のシルクロード)」構想の基盤ともなる。

こうした中、安倍首相は、伝統的に非同盟・全方位外交を展開するインドとの距離感を、実態が伴う形で急速に縮めつつある。とりわけ、モディ首相が登場して以後は、経済協力分野ばかりでなく安全保障面にも積極的に踏み込んでいる。(※2)

日本における<インド太平洋>への関心(※3)は、第2次安倍政権発足(2012年12月26日)以後、とみに強くなったが、実は、既にその五年前、政治レベルでは先取りした動きがあった点に着目しておく必要がある。

07年8月22日、安倍晋三首相がインド訪問の際に行ったインド国会での演説。そこで示された考え方が、現在の安倍外交の重要な柱の一つとなっている。

「二つの海の交わり」——ムガール帝国の王子ダーラー・シコーが著した書物のテーマを基調にした演説で、安倍首相はインド国民に呼び掛けた(※4)

太平洋とインド洋—この二つの海が結ばれることによって姿を現しつつある「拡大アジア」。日印両国が「戦略的グローバル・パートナーシップ」を結ぶことによって、インド洋―太平洋を開かれた海・透明な海として一緒に育てていく決意がそこには込められていた。

インド洋と太平洋を結びつける発想はどこから来たか。インド国会演説には、安倍外交の二人の重要な黒子が関わっていた。地政学に精通し戦略的思考を縦横に展開できる二人、安倍外交を支えてきた兼原信克(現内閣官房副長官補)の直観力と谷口智彦(現内閣官房参与)の筆力が融合した戦略ビジョンだと言える。

安倍演説は、インド側に絶賛され、出席者を大いに感動させた。だが、この時、安倍は既に体調を崩しており、1ヵ月余り後の9月下旬、無念の退陣を余儀なくされた。これが第1次安倍内閣最後の外交の舞台での演説となった。

しかし、12年暮れ、安倍が首相として奇跡的な復権を果たすと、「インド太平洋」戦略は第2次安倍内閣後の外交の主柱として具体化されていく。

インド国会演説から5年4ヵ月後、「二つの海の交わり」の発展型として公表されたのが、安倍首相の就任前の小論とされる「アジアの民主的安全保障ダイヤモンド」だった。この小論は国際NPO「プロジェクト・シンジケート」に寄稿され、第2次安倍政権が誕生した日(12年12月27日)にインターネットを通じて配信された。論旨は、・太平洋における平和と安定、航海の自由は、インド洋のそれ(平和と安定、航行の自由)と切り離すことはできない、・しかし、南シナ海は中国の海(〝北京湖〟)になろうとしている、・尖閣諸島周辺海域でも、日本は、中国による日常化した威圧行動を認めてはならない―というものだが、論旨が明快すぎて、対中関係などへの影響を懸念した側近たちが公表後に火消しに走った曰くつきの小論だ。

小論はその執筆時期や意図、公表のタイミングなどをめぐって様々な事情があったが、この時点では、現実が理念に追いついておらず、安倍政権のタカ派的側面にのみ光が当てられはしないか、との懸念が首相サイドに生じたとしてもおかしくはない。

側近たちの強い意向もあって、その後、「ダイヤモンド構想」という表現自体は使われなくなり、事実上封印された。代わって公式に打ち出された「日米豪印連携」論が、ソフトタッチのオーソドックスな表現で化粧直しされた外交演説「開かれた海の恵み―日本外交の新たな五原則」(※5)だった。

現実が言説に追いついた時代

それから約3年。南シナ海では、中国が南沙諸島の7つの岩礁を埋め立て、「人工島」を造成するなど、〝攻撃的な海洋進出〟に加速度をつけ始めた。

15年10月、米国が重い腰を上げた。米海軍のイージス艦を南沙諸島・スビ礁の12海里内に派遣、「航行の自由作戦」を展開した。呼応するように日豪印も動く。その具体的な起点となったのは、一年前、14年9月のモディ首相訪日だった。その結果、日印両国の関係は「特別な」戦略的グローバル・パートナーシップに格上げされた。暮れも押し詰まった15年12月に行われた今回の安倍訪印は、近年「他に例を見ない成果を挙げた」(政府筋)。現に、日印原子力協定締結に向けた「原則合意」、インド西部・高速鉄道計画への新幹線システム導入の覚書署名ばかりでなく、防衛装備品・技術移転協定や軍事秘密保護協定の締結等々——安保次元でも加速度的な接近が実現した。

「きょうから日印新時代が始まる。新たな次元に踏み出すことができた」——首脳会談後、安倍首相が共同記者会見で、やや昂揚したようにこう力説したのも頷ける。そして1週間も立たないうちに、安倍はターンブル首相を南太平洋の豪州から迎え入れた。9月のターンブル政権発足後、「(〝兄弟国〟)ニュージーランドを除き初の単独外国訪問」というのが、中国を意識した豪州外交当局の売りだった。首脳会談の結果、両首脳は「日豪の『特別な関係』の更なる前進・強化」で合意。安倍政権の積極的平和主義・平和安全法制に基づく日豪防衛協力の進展ばかりでなく、日米豪、日豪印の協力強化で一致、2つの海の交わる<インド太平洋>地域を念頭に置いた日米豪印の連携の重要性を確認した。

安倍首相のインド国会演説「二つの海の交わり」から8年余りが経過し、<インド太平洋>という地域の捉え方は日本の知的コミュニティーの中で着実に意識され始めている。政治・政策レベルでも、事実上お蔵入りになり、首相の〝宝石箱〟に秘匿されてきた「ダイヤモンド」が今、<インド太平洋>に具体的な輪郭を以って姿を現しつつある。「一帯一路」構想を掲げる中国の動きが「真珠の首飾り」「人工島」造成によって攻撃的な色合いを露わにするのに応じて、日米豪印の4極が―まだそこに濃淡はあれ―実線で結ばれ始めたのだ。

なお脆弱性はらむ「ダイヤモンド」

しかし、この「民主的安全保障ダイヤモンド」には脆弱性がはらんでいる。日米との安全保障次元での緊密化に舵を切ったモディ首相だが、最大の課題は国内産業の育成、経済的繁栄であり、国民の格差是正だ。今後も長らく中国の経済力に依存せざるを得ない状況が宿命的にまとわりついている。国民の声に耳をそばだてながら、そして自身の政治的基盤を確かめながら、日米豪との関係強化を進めていかなければならないためで、「舵を切ったとはいえ、まだ腰が引けている」(外交当局)状態にある。

加えて対豪州関係にも不安がある。9月、アボット前首相に代わって政権の座に着いたターンブル首相が中国との密接な関係を持っている点だ。このため、中国よりも日本を優先する現在の対日重視の姿勢は、安倍首相と蜜月関係を築いたアボット時代と違って、中国経済減速の反映に過ぎないのではないかとの見方もできる。そして、ダイヤモンドの一線を形成する豪印関係はどうか。モディ首相は昨年、28年ぶりにインドの首相として豪州を訪問、関係強化に乗り出したが、まだまだ弱い。

2015年、安倍政権が進める日米豪印連携の外交安保政策は、ようやく「ダイヤモンド」の形になってきたものの、課題や懸念も少なくない。<インド太平洋>における伝統的な海洋秩序を覆そうとする中国とのせめぎ合いは、2016年も熱波を放ちながら続くことになるだろう。

カバー写真=2015年12月、日印首脳会談のかたわら、モディ・インド首相とガンジス川で祈りをささげる安倍首相(提供・時事)

(※1)^ カナダの歴史学者ティモシー・ブルック教授が17世紀に勃興したオランダを解析している。「フェルメールが描いた女性たちは、自分達が生きているさらに広大な世界をはっきり意識」していた。そして「有産階級の街デルフトで生きていくためには世界情勢に通じていなければならなかった」。また「世界中から唸りをあげてなだれ込んでその種類を増していく数々の品物」の中から選択しなくてはならなかった。(『フェルメールの帽子』)

(※2)^ 以前より、巨大国家・中国のカウンターバランスとして注目されてきた非同盟の大国インドの重要性が近年、一段と高まっている背景がこの辺りにある。中国のインド洋進出は、インドの脅威感を募らせる一方だ。インド経済の拡大に向けて太平洋の成長を取り込むための東方戦略は、ルック・イーストからアクト・イーストへと移行し、積極的な戦略に変わった。

(※3)^ 安倍首相がインド訪問中の12月12日、都内の立教大学で、国際シンポジウム「21世紀アジアをめぐる海の国際政治―インド洋・ベンガル湾・南シナ海・東シナ海・太平洋」が開かれた。そこには、知的コミュニティーにおける<インド太平洋>に対する関心の広がりが確認できた。

(※4)^ 「太平洋とインド洋は、今や自由の海、繁栄の海として、1つのダイナミックな結合をもたらしています。従来の地理的境界を突き破る『拡大アジア』が、明瞭な形を現しつつあります。これを広々と開き、どこまでも透明な海として豊かに育てていく力と、そして責任が、私たちにはあるのです」「日本とインドが結びつくことによって、『拡大アジア』は米国や豪州を巻き込み、太平洋全域にまで及ぶ広大なネットワークへと成長するでしょう」(第1次安倍内閣、インド国会での演説)

(※5)^ 安倍首相は13年1月の東南アジア訪問の際、日米同盟を基軸にインド、豪州など米国の同盟・パートナー諸国との結びつきを強化する意向を示す「開かれた海の恵み―日本外交の新たな五原則」と称する演説を準備していた。インドネシアで予定していた同演説は、アルジェリアで発生した邦人拘束事件で急きょ帰国したため、実際には行われなかったが、首相官邸のホームページには掲載されている。

  • [2016.01.06]

時事通信解説委員。『外交』前編集長。早稲田大学政経学部卒業後、時事通信政治部に配属。ワシントン特派員、外務省、首相官邸、自民党各記者クラブキャップを経て、政治部次長、ニューヨーク総局長、解説副委員長、編集局総務、時事Janet編集長。著書に『いまだに続く「敗戦国外交」』(草思社)、『小沢一郎はなぜTVで殴られたか』(文藝春秋)など。

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