“平等神話” の重いツケ—始まったばかりの子どもの貧困対策

阿部 彩【Profile】

[2016.01.22] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

「平等な国」という “神話”

日本を訪れる多くの外国人観光客は、日本のことを「“貧困” が多い国」とは思わないであろう。日本の都市において、先進諸国の「インナーシティ」(中心市街地)の多くに見られるような落書きもお金を乞うホームレスも見当たらない。道行く人々は、こぎれいな格好をし、コンビニやファストフードの店員も丁寧で礼儀正しい。夜一人で歩くのが心配となるような「治安の悪い地域」は存在せず、スリなどの犯罪も少ない。そう、日本は先進諸国の中でも有数の「平等な国」である。

そう誰もが信じてきた。日本が平等な国であるという定評は、海外でもよく聞かれるが、当の日本人たちも長い間信じてきた “神話” である。

この神話は、まったく事実無根なわけではない。確かに、1970年代の統計を見ると、日本は先進諸国の中でも北欧諸国並みに低い所得格差であった。しかし、日本の所得格差は1980年代以降上昇し始める。経済協力開発機構(OECD)の統計によれば、2009年の時点においては、日本のジニ係数(所得の格差を表す指標)は0.336であり、OECD35カ国中8番目に高い。実は、日本の所得格差は、米国や英国などよりは低いものの、北欧諸国はもちろんのこと、ドイツ、フランスなどの大陸ヨーロッパ諸国よりも高い。

2000年代になって、少なくとも日本の中においては、日本が実はそう平等ではないという事実が徐々に浸透してきた。しかし、それでも、豊かに「なった」日本において、「貧困」の問題があるとは、誰もが想像していなかった。ここで言う「貧困」とは、飢え死にするほど食料に困窮している、風雨を防ぐ家もない、着るものもないといった「絶対的貧困(absolute poverty)」ではない。現在でも、発展途上国においては、このような絶対的貧困が大きな問題であるが、先進諸国や新興国においては「相対的貧困(relative poverty)」という概念が用いられる。

相対的貧困とは、その国において標準的とされる生活水準が保てないことである。相対的貧困は、一人当たりGDPが高いOECD諸国においても大きな社会問題である。これはたいていのOECD諸国においても、関係省庁のホームページを見れば、その国の「貧困」に関する統計や政策が簡単に入手できることからもわかる。例えば、欧州連合(EU)においては、「Europe 2020」戦略の中で「貧困と社会的排除にある人」を2020年までに2000万人減らすという数値目標が掲げられている(参照:欧州委員会European Commission)。

「恥」という認識が貧困を見えにくくした

しかし、日本では、政府も社会も学会(academia)においてさえも「日本は平等な国である」という幻想に長くとらわれていたため、日本社会における相対的貧困に関する意識が全く欠如した状態に長くあった。政府は、1960年代に貧困統計をとることをやめてしまい、貧困率を計算することさえしていなかった。貧困者のための公的扶助の制度もあるものの、運用においては、給付対象は無年金の高齢者や障害者などに限られ、受給者は人口の1%にも満たなかった。

公的な支援が必要だとの認識が薄かった背景には、日本における貧困が「見えない貧困」であるということがある。「平等」であると信じられている社会、すなわち、「平等な競争」があるとされている社会においては、貧困であることは敗者であることであり、「恥」と認識される。どんなに困窮していても、公的な支援を受けることは、「一族の恥」であるとして、親戚一同の反対に会う。また、借金をしても、食費を削っても、衣服など外から見える部分は貧相に見えないように気を配る。また、目の前にホームレスの人がいても、それはアルコール依存など彼自身の身から出た問題であり、社会の理不尽な構造のためだとは思わない。

そのような認識が変わってきたのが2008年である。リーマンショック後の不景気を契機に、人々は誰もが貧困に転落することがあるという可能性を認識するようになった。健康保険にカバーされていない無保険の子どもが3万人存在するといった報道が人々を驚かせたのもこの頃である。そして、2009年に初めて政権をとった民主党は、政権交代後まず最初に相対的貧困率を公表した。そこで、子どもの相対的貧困率が15.7%であり、ひとり親世帯に関しては、相対的貧困率が50.8%以上という高さであることが明らかとなったのである。(それぞれの最新値は2012年の16.3%、54.6%―厚生労働省「国民生活基礎調査」)

  • [2016.01.22]

首都大学東京教授。2015年11月同大学に「子ども・若者貧困研究センター」を設立、センター長を務める。マサチューセッツ工科大学卒。タフツ大学フレッチャー外交法律大学院修士・博士号取得。国際連合、海外経済協力基金を経て、1999年より国立社会保障・人口問題研究所に勤務。2010年より社会保障応用分析部長。2015年4月より現職。専門は、貧困、社会的排除、社会保障、生活保護。著書に、『子どもの貧困―日本の不公平を考える』(岩波書店、2008年)、『弱者の居場所がない社会』(講談社、2011年)、『子どもの貧困Ⅱ―解決策を考える』(岩波書店、2014年)等。

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