ついに中国を標的にし始めた北朝鮮のチキンゲーム

李 英和【Profile】

[2016.02.03] 他の言語で読む : 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS |

新たな標的

このところ北朝鮮の対外挑発が顕著になっている。昨年2015年5月に、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験を行い、今年1月6日には、「水爆実験」とうたった地下核実験が強行された。また、1月28日にはミサイル実験の準備が複数箇所で同時に進行中であることが報道された。早ければ2月上旬には実際に、しかも長・中・短距離の弾道ミサイルを乱れ打ちする可能性がある。

これらの示威行動の目的は何なのか、なぜ今なのか、そもそも誰に向けた威嚇なのか。さまざまな解説がなされているが、そのほとんどが、これまで通りアメリカを対象にしたものだということになっている。特に今回のミサイル発射準備については、核実験強行に対する国連安保理の制裁強化決議を控えていることから、その意味合いは確かにあると思う。

しかし、これら一連の行動全体を見た場合、どう解釈すべきか。私は、SLBM実験以降、従来とは質的にまったく別なものになったと考えている。これらは主に中国を対象とした示威行動と見て間違いないのだ。その上で、国際社会、特にアメリカに対し、「中国離れ」をアピールするという持って回った構図になっている。「中国の覇権主義に反対である。場合によってはこの核は対中国の威嚇にもなる」という意味合いなのである。

金正恩の長期戦略

2011年に父。金正日総書記の死によって、北朝鮮の最高指導者の地位を継承した金正恩・国防委員会第一委員長、朝鮮労働党第一書記は、当初、父から後見としてつけられていた実力者、高官、側近らの粛清を続け、現在、ほぼ国内に対抗勢力がいない状況になった。ここで彼は、ようやく中長期的な国自体のテーマに取り組むようになったと見ている。

その課題は、言うまでもなく絶望的な状況にある経済の立て直しである。これまでも現在も北朝鮮をあらゆる意味で支えているのは中国であるが、その中国にいろいろ求めても、これまではかばかしい結果が返ってこなかった。金正恩第一書記は、中国の対北援助の基本方針が「生かさず殺さず」であると見切ったようだ。そのため、他から援助を引き出そうとしているのであろう。

イランのまねはできない

金正恩・第一書記はこの間、側近に対し「中国は100年の敵」と言ってはばからなかった。最近でも、「中国相手でも臆することなく強気に出なければならない。中国がアメリカに同調し、制裁を加えるというなら、北京に核ミサイルを撃ち込むことも辞さない」という内容の話をしたという情報を私は得ている。もちろん、オフレコの内輪話ということだが、当然、中国の耳に入ることは計算の上であろう。

北朝鮮がもっている唯一の対外交渉カードは、いうまでもなく核・ミサイル開発である。国際社会は、経済制裁を解き援助を行う条件として、必ずイランのように核開発を放棄することを求めてくる。しかし、核を手放せば少なくとも現体制は外からの圧力で潰されることになる。北朝鮮、もしくは金正恩・第一書記がとりうる手段は、これまで通りの対外恐喝路線しかないのである。

しかし、それがこれまで通り、アメリカ、そして韓国、日本に向かっていないことが、今回の特徴である。先の側近へのコメントだけではなく、「水爆」、SLBMをいま振りかざしているのも、同じ意味がある。

これまで開発した通常核ですらミサイル搭載が不確かであるのに、それよりも重い弾頭を用意しようとしている。さらに、北朝鮮の通常動力型潜水艦では行動範囲が限られているにもかかわらずSLBMを保持しようとしている。これらがもし開発に成功したとして、その標的はどこか。アメリカなどはとても無理で、近国しかありえない。これらの一連の開発は、アメリカにとってはほとんど影響のないものだが、中国にとっては直接的な脅威になるのである。

中国を標的にする背景には、南シナ海問題で、国際社会、特にアメリカの中国に対する風当たりが強くなっていることがあり、これに同調する姿勢をとることで少しでも自らの立場に正当性を付加しようとしていること、さらに、経済問題などの内部環境から見て、中国が今、北朝鮮を潰しかねないような厳しい制裁を行うことができない、と見切っていることがある。

中国の悩み

中国の対北朝鮮政策は、ここにきて岐路に立つことになった。このような「狂犬」に出会って、棍棒で叩きのめすべきか、避けて通るべきか、中国側が思い悩んでいるのは確かだ。中国のなかでは、このまま北朝鮮を放置すれば、韓国、台湾、日本と核開発ドミノが起きる可能性があること。さらに、アメリカ、日本が、対北朝鮮封鎖のために軍事力を朝鮮半島周辺に集中し始めており、このことも、中国の安全保障に悪影響を与えるという理由で、北朝鮮に対し強硬に出るべきだという意見が強くなっているという。

しかし、現実には今、隣国が大混乱に陥るような強硬手段をとる余地がないほど、足下の経済問題が深刻だとみていい。中国は当面、慎重な態度をとり続けなければならないようだ。

中国はこれまで北朝鮮の核・ミサイル問題を「対米交渉カード」に利用してきた。ところが今や「飼い犬に手を噛まれる」の格好だ。中国への核・ミサイル威嚇は北朝鮮の「対米交渉カード」となったのである。

チキンレースの出口は

それでは、これからの展開はどうなるのであろうか。もしも中国による強力な経済制裁を受ければ、北朝鮮の経済状況は、よくもって半年、一年といったところだろう。そのため、目先、北朝鮮の対外示威行動は激しさを増していくと思われる。春節のころには、複数のミサイル発射、さらに、第5次の核実験、前回、模擬試験レベルであったSLBM発射実験を、今度こそ、本当に潜水艦から行うなどの行動を、5月の労働党大会に向けて矢継ぎ早にとってくる公算が大きい。

そして、核の完全放棄ではなく、「核実験の無期限凍結」という、核カードを決して手放さない形の妥協と引き換えに、中・長期的な経済援助を引き出そうとするだろう。おそらく米中ではなく、韓国を念頭に置いた駆け引きだろうが。

金正恩・第一書記の行動は、暴走のように見えて、彼なりの合理的な判断に基づいたものである。しかし、幸運にかけたギャンブルであることに違いない。今回について言えば、五分五分の確率で幸運に浴するのではないかと、私は見ている。

しかし、今回、中国まで核恐喝の標的にしたことで、北朝鮮の現体制を取り巻く環境がさらに厳しいものになったことは確かである。

カバー写真=北朝鮮が成功したと主張するSLBM発射実験の映像(youtube画面より、提供・時事)

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  • [2016.02.03]

関西大学経済学部教授(北朝鮮社会経済論専攻)。1954年大阪府生まれ、在日朝鮮人三世。関西大学大学院博士課程修了(経済学専攻)。関西大学経済学部助教授を経て現職。1991年4月~12月、北朝鮮の朝鮮社会科学院に留学。93年にNGO「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク」(RENK)を結成、現在、同代表を務める。著書に『暴走国家・北朝鮮の狙い』(PHP研究所、2009年)など多数。

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