「非正社員」と呼ばないで——「正規・非正規」の曖昧な概念からの脱却を

玄田 有史【Profile】

[2016.02.23] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

今や、雇用者の4割を占めるといわれる「非正規雇用」。安倍晋三内閣は、今国会で「同一労働・同一賃金」の推進に取り組むことを宣言した。狙いは、正社員と非正社員の間に横たわる処遇格差の解消だ。

だが、格差解消の道のりは簡単でない。企業は、非正社員の賃金増加を強いられることで人件費が増えることを拒む。労働組合などは、正社員の処遇が非正社員並みに切り下げられることに抵抗する。正社員と非正社員の処遇格差を無くすことは、総論では誰もが賛成するが、各論となると反対が噴出するのが実情だ。

「正社員」「非正社員」に対する注目度が急上昇

現在、新聞などのメディアで、正社員や非正社員という言葉を目にしない日はないほどだ。一体、正社員や非正社員は、いつからこれほどまでに注目されるようになったのか。

朝日新聞のキーワード検索を使って「正社員」と「非正社員」を含む記事の件数の推移を示したのが下の図だ。昨年、2015年の1年間で、正社員を含む記事は565件、非正社員を含む記事は110件にのぼった。一方、正社員を含む記事が300件を初めて超えたのは、21世紀に入った2001年からだ。1993年までは年間100件にも満たなかった。

「非正社員」という言葉を含む記事に至っては、90年代半ばまでは、ほとんど存在しない。2000年代に入った2004年でも24件と、1カ月に2回程度の記事しかなかった。

その後「正社員」や「非正社員」という言葉が、一気に社会へ普及した年がある。日本ではリーマンショックと呼ばれる、米国発の世界金融不況の翌年の2009年だ。2009年には「正社員」を含む記事は1749件と、1日平均で4.8件が掲載された。「非正社員」を含む記事も同じ年には、ほぼ毎日1件が登場していた。2009年は、派遣先での雇用を失った人々がホームレス化したことで、その支援のために「日雇い派遣村」が正月の東京・日比谷公園に設営されて話題になった年である。

それまでは正規雇用や非正規雇用は、政府の統計や専門家による論文などに登場することはあっても、それほど日常的に意識されてこなかった。「正社員」「非正社員」が人々の口から当たり前のように発せられるようになったのは、案外最近なのだ。

曖昧な「正規雇用」の概念

正社員や非正社員は、最近になって注目されるようになった新しい概念だが、同時に知っておくべきなのは、正社員とは何かという明確な定義が存在しないことだ。

驚かれるかもしれないが、日本の労働にかかわる法律には「正規雇用労働者」という言葉は登場しない。正社員といえば、長期の雇用が保証される代わりに、さまざまな業務や勤務地で柔軟に働くことが求められるフルタイムの雇用者という漠然としたイメージはある。だが、どれだけをもって「長期」というのか、どこまで「柔軟」であるべきかという法規範は存在しない。そのため、正規雇用労働者を法律では規定できないのだ。

だとすれば、4割を占める「非正規雇用」とは、何を意味しているのか。実のところ、正規雇用者や非正規雇用者を調べている政府統計の基準とは、職場で「正社員」と呼ばれているか否かという、曖昧な基準でしかないのだ。

同じような仕事をしても、ある職場で正社員と呼ばれることもあれば、別の職場では正社員以外として扱われることもある。法律にもどんな状況で労働者を職場で正社員と呼ぶべきかというルールもない。それほど正規・非正規の呼称は、不透明な概念なのだ。

単純労働者というイメージも強い非正社員だが、楽ではない日々の仕事に努力を続けている人々が大半だ。非正社員という言葉は、そんな人たちの誇りを傷つけてきた。一部の働き方のみを正社員として“正当”であるかのように見なし、そうでない人々を「非正社員」とする表現は、もう終わりにすべきだ。

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  • [2016.02.23]

nippon.com 編集企画委員。東京大学社会科学研究所教授。1964年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。経済学博士。ハーバード大学、オックスフォード大学各客員研究員、学習院大学教授等を経て、2007年から同職。著書に『危機と雇用』(岩波書店、2015年、沖永賞)、『孤立無業(SNEP)』(日本経済新聞出版社、2013年)、『ジョブ・クリエイション』(日本経済新聞社、2004年、エコノミスト賞)、『仕事のなかの曖昧な不安』(中央公論新社、2001年、サントリー学芸賞)など。

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