日本のベンチャー起業家は朝7時にプレゼンする

経済・ビジネス

新宿副都心のビルが朝日を浴びるころ、高層ビルの48階でベンチャー起業家たちのプレゼンテーションがスタートする。耳を傾けるのは100人を超える大企業の担当者たち。国内ファンドの投資も拡大基調で、日本のベンチャー界は熱を帯びつつある。

ベンチャーと大手を結ぶ“朝活”

ハリウッド映画『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』の中でマイケル・J・フォックス演じる主人公がタイムトラベルした2015年10月21日午後4時29分。その時、東京・お台場にスポーツカー「デロリアン」を走らせたのは日本のベンチャー企業・日本環境設計(岩元美智彦社長)だった。ハリウッドと直接交渉し、単に外観をまねしてデロリアンを走らせるだけではなく、ごみをリサイクルし燃料にするところまで実現し、自社技術を鮮烈にアピールした。

メディアの報道は「デロリアン」の走行に集中したが、実はその技術はすでに国内の大手スーパーなど多くの企業から認められ、現実社会の中で稼動している未来技術だ。

使い古した衣類からバイオエタノールを作る日本環境設計のリサイクル技術は2015年1月までに、「投資の果実は『資産形成×社会形成×豊かなこころの形成』」として企業の社会貢献を重視する環境系ファンド「結い2101」に認められるなど、ベンチャーの枠を超えて大きく飛躍しようとしている。3年後には現在全国のショッピングモールや家電量販店など900カ所にある資源ごみの回収拠点を、3000カ所に拡大する計画だという。

東京でデロリアンカーを走らせた岩元社長。その目的の一つは「リサイクル社会の実現」だった。

同社が「デロリアン」以前に活用した事業拡大の場が、監査系のトーマツベンチャーサポート(本社東京)と野村証券が主催する早朝のベンチャー・大手企業マッチングイベント「モーニング・ピッチ」(以下「ピッチ」)だ。

2013年に発足した「ピッチ」は毎週木曜日の午前7時から新宿副都心の高層ビル48階で開かれ、毎回テーマにあわせて選ばれたベンチャー企業の代表者が大企業の新規事業担当者100~150人の前でプレゼンテーションする。お互いの“需給”がマッチすれば名刺交換をして事業提携、出資といった次のステップに進んでいく。

日本環境設計は2014年、「ピッチ」の年間最優秀賞(チャンピオン)に輝き、その知名度がその後の事業拡大につながった。

「世界標準」獲得の夢を追って

政府レベルでは「中小企業を日本の原動力に」を合言葉に、中小機構(独立行政法人・中小企業基盤整備機構)が「日本ベンチャーアワード(JVA)」を主催。2000年からこれまでに、「高い志」を持つ200人以上の起業家を表彰してきた。受賞者の中にはすでに東証一部上場を果たしたソフトウエア開発会社「サイボウズ」なども含まれている。2016年の表彰式には社長在職中に3度の育児休暇を取ったことで注目された同社の青野慶久氏がパネルセッションに登場し、未来のベンチャー企業家たちに刺激を与えた。

「ピッチ」でも大学からベンチャーに直結するような例がみられたが、2016年、政府はこれまでの国立大学に加えて公立大学によるベンチャーキャピタルへの出資を可能にする法案改正を行う見通しと伝えられる。「地域の大学による産業創出の機会を増やし、地方創生につなげる」狙いという。

すでに「失われた30年」と言われるまでに低迷が続く日本経済の中で、早朝から力強くエネルギーを放射するベンチャー起業家たちの姿は大きな希望に映る。その中には単なる金儲けや趣味の延長ではなく、「社会に対する貢献」を理念に掲げる経営者も目に付く。

2015年12月、電動二輪車「BIZMO」を製造・販売するテラモーターズ(徳重徹社長)が、「ピッチ」年末特別版の年間チャンピオンに輝いた。同社は大気汚染に悩むベトナムなどアジアの発展途上国7カ国に販売網を広げ、電動二輪車による「クリーンで持続可能な社会の創造」を目指している。

2015年の年間最優秀賞テラモーターズ社の徳重社長。アジアで電動バイクを製造・販売し日本企業の“世界制覇”を目指す

中国がすでに世界で50万台を売り上げて先行する分野だが、細やかな技術を生かして30%電池寿命を伸ばした高品質製品を提供し、売り上げはこの1年で3億円から30億円に急増。2016年は300億円が目標だ。

「何で日本の企業はこんなに元気がなくなったのか。ベンチャーも数は増えているが、上場価値1200億円(10億ドル)の企業 “ユニコーン”はゼロ。世界のメガベンチャーは、ほとんどないという状況だ。日本企業のちょう落に危機感を覚えて起業した」と徳重社長は語る。

「技術×世界」というキャッチフレーズで開催された年末特別版では全自動洗濯物折り畳み機「ランドロイド」のセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ、超小型衛星で民間主導の宇宙利用を推進するアクセルスペースなどユニークな製品・サービスをひっさげた強力ベンチャー7社が集結した。

全自動洗濯物折り畳み機「ランドロイド」のセブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズもユニークな商品を開発している

「日本のベンチャーキャピタルにとって、日本発世界というのは本当に悲願です。この20年間、日本国内でさまざまに大成功しているベンチャーがありますが、まだ世界のデフォルト(標準)を取って行けるようなベンチャーは出てきていません」(年末特別版での日本ベンチャーキャピタル協会仮屋薗聡一会長のあいさつ)

「ピッチ」を運営するトーマツベンチャーサポートは、アジアや北米などへの海外展開にも着手している。日本発のベンチャーたちによる世界進出、さらには海外で発掘したベンチャーによる逆輸入版の世界進出も今後は期待できる。

拡大する国内向けベンチャーファンド

日本における国内ベンチャー企業向け投資は、ここ数年拡大基調にある。

株式会社ジャパンベンチャーリサーチ(JVR)はこのほど、2015年に設立された国内投資を対象としたベンチャーファンドが52ファンド、1950億円と前年(41ファンド、1355億円)を大きく上回ったと発表した。

金額では2013年(31ファンド、2045億円)に及ばなかったものの、3年連続で1000億円を上回り、ファンド数、総額、規模(中央値)いずれも、大躍進した2013年の水準に近づいている。

近年の国内ベンチャー向け投資

2013年 2014年 2015年
金額 2045億円 1355億円 1950億円
ファンド数(件) 31 41 52
規模(1ファンド当たり平均) 70.5億円 38.7億円 40.6億円

文・三木孝治郎

バナー写真:「ピッチ」の会場からみた朝焼け。中央にみえるのは東京スカイツリー。