「とと姉ちゃん」と『ぼくの花森安治』

二井 康雄【Profile】

[2016.11.20]

「とと姉ちゃん」の時代

2016年4月から始まったNHKの連続テレビ小説「とと姉ちゃん」は、10月1日、放映が終わった。連日、高い視聴率だったようだ。

高畑充希が演じた主人公の小橋常子は、死にゆく父から自分になり代わって母親と妹2人の面倒を見るよう託される。「とと」とは父を意味し、「とと姉ちゃん」とは「父」の代わりになってほしい、ドラマのタイトルはそういう意味を込めたものだった。

常子のモチーフになったのは、1948年に雑誌『暮しの手帖』を花森安治(はなもり・やすじ)と共に創刊した大橋鎭子(おおはし・しずこ)。大橋鎭子は社長で、花森安治が編集長。発刊当初は季刊雑誌で年4回の発行だったが、一時、年5回刊行を経て、今は隔月刊の雑誌である。

食べ物をはじめ衣服や日用品などいろんな物が不足していた戦後の日本で、一般庶民の日々の暮しが少しでも良くなるよう、役立つように作られた雑誌が『暮しの手帖』で、いわば、家庭総合誌のはしりともいえる存在だった。

看板記事「商品テスト」の誕生

やがて街にはいろんな商品が増えてくるが、広告を一切とらない『暮しの手帖』は、それら商品の良し悪しを徹底的に調べる「商品テスト」を掲載するようになる。初めは靴下やマッチといった日用品から、電気洗濯機やトースター、アイロンといった家電製品をテストした記事だ。

広告を取らないというのは、どのようなところからも圧力を受けないことでもある。新聞や雑誌、テレビやラジオの民間放送は、広告主であるスポンサー企業から資金提供を受けているため、スポンサーの商品についてマイナスイメージに働く報道をしない。当然と言えば当然のことだろう。

同誌の商品テストは、機械的なテストはもちろん、普段、消費者がその商品を実際に使うことを想定してテストする。戦後しばらくは、日本の技術が拙いこともあり欠点の多い商品も流通していた。そのような商品は、メーカー名を出して名指しの批判記事を掲載し、一方、優れていれば、おすすめ商品として褒めたたえた。これはやがて、『暮しの手帖』の看板記事となった。

「とと姉ちゃん」をきっかけに『ぼくの花森安治』が生まれる

このほど、ぼくは『ぼくの花森安治』(CCCメディアハウス)という本を書いた。暮しの手帖社に1969年に入社し、定年退職する2010年まで、41年間勤めた。主に商品テストに従事、その他に環境問題や映画のページ、人物インタビューなど、いろんな記事を担当した。

「とと姉ちゃん」のヒロイン、小橋常子のモチーフとなった社長の大橋鎭子は、社長ではなく「鎭子さん」、編集長だった花森安治は、編集長ではなく「花森さん」と呼ばれていた。花森さんは、現役の編集長のまま1978年に66歳で、また鎭子さんは2013年93歳で亡くなった。だから、ぼくは花森さんに9年間、鎭子さんには41年間仕えたことになる。

普段からぼくは尊敬する花森さんの偉業を、ぼくなりになんとか形にして残したいと思っていたが、ちょうど「とと姉ちゃん」の放送が決まった頃、出版社の編集者から「書いてみませんか」との話があった。

ぼくは入社して1年経った頃、肺結核で1年ほど入院したので、花森さんに仕えたのは実質8年間である。記憶を頼りに花森さんのことを書き始めた。

素顔の花森さん

仕事の上では叱られてばかりだった。花森さんはなんでも出来るスーパーマンのような人で、企画から取材、写真撮影、原稿執筆、レイアウト、校正、表紙の絵、新聞広告作成など、その仕事ぶりは全てにおいて超一流だった。ぼくなどは入社3年目でやっと書いた原稿を、「ペンは剣よりも強いんだ。普段から、ペンを磨いていなければならない。君たちが怠けている間に、権力は剣を磨いているぞ」と酷評された。

いったん仕事を離れると、花森さんはとても温かい、心の優しい人だった。仕事で怒鳴った後、「どうだ、晩ご飯でも食べに行くか」と声を掛けてくれた。また、クリスマス・イブには、毎年、独身の編集部員を誘って、銀座の高級寿司屋に連れていってくれた。花森さんとぼくの父は、ほぼ同じ世代で、よく「おやじさんはお元気か」と声を掛けてくれた。

ドラマ「とと姉ちゃん」はあくまでもフィクションなので、編集の現場や印刷所関係のエピソードでは、ありえない状況が描かれていた。しかし、CGを駆使した戦後の闇市の様子など、制作にお金をかけ、良くできたドラマだと思う。

ドラマで描かれた戦前戦中のことはよく知らないが、戦後しばらく経ってからのさまざまなエピソードは、聞き覚え、見覚えもあり、懐かしく見ることができた。常子さんの何でも体当たりでぶつかっていく雰囲気は、うまく描かれていたと思う。実際の鎭子さんも、良いと思ったことはすぐ行動に移す人だった。ただ、花森さんがモチーフとなった花山伊佐次編集長の人物造型には、あまり感心しない。ドラマの花山編集長は、ほとんど怒ってばかり。家族とのシーンでは、優しい面や、時折、ひょうきんなしぐさを見せるが、実際には周囲の人にもっと優しく接し、言葉一つ取っても丁寧な人だった。

花森さんの『暮しの手帖』を考える

『ぼくの花森安治』では、特に言いたかったことが一つある。

それは、「ジャーナリズムとは何か」を、みんなで考えてほしいことだ。

「とと姉ちゃん」のおかげか、『暮しの手帖』に関する書籍やムックなどがたくさん書店に並んでいる。『暮しの手帖』という雑誌を、文字通り命を懸けて作り続けてきた花森さんや鎭子さんの偉業が、改めて見直されている。花森さんが作った『暮しの手帖』は、第1世紀100冊と、第2世紀52冊の計152冊であるが(注)、この偉業を、もっといろんな人が、さまざまな角度から論じてほしいのである。

日本にもちゃんとしたジャーナリズムが存在する、これからも政治や権力、企業の横暴をチェックし続ける、広告に絡んだいかなる圧力にも屈しない――花森さんの『暮しの手帖』にはジャーナリズムの基本が詰まっていると思うのである。

「とと姉ちゃん」の花山編集長も、「ペンは剣よりも強いんだ」と怒鳴っていたが、ぼくには今でも花森さんの叱声が聞こえる。

注:同誌は第1号から100号を「第1世紀」、101号から200号を「第2世紀」と呼び、2016年11月25日発売の最新号は「第4世紀」の85号になる。

バナー写真:NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」のスタジオ取材会でポーズを取る左から杉咲花、相楽樹、高畑充希、唐沢寿明、伊藤淳史=2016年7月8日、東京都渋谷区(時事)

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  • [2016.11.20]

1946年大阪生まれ。69年暮しの手帖社に入社。『暮しの手帖』本誌の副編集等を務め、2009年に定年退職後、映画ジャーナリスト、書き文字作家として活躍中。

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