東京パラリンピックへの課題—おもてなしは笑顔から

櫻井 誠一【Profile】

[2017.01.04]

2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックで、日本選手団の副団長としてブラジル入りした筆者は、20年に向けての最大の課題は、「笑顔」だという。東京大会まであと3年。日本人は変わることができるのか?

とにかくネアカな国民性

私がリオデジャネイロに入ったのは8月31日であった。冬から春に向かう季節だという。現地を出発する際には、まだ寒いので長袖が必要だと言われていたが、日差しがまぶしく、気温も暖かく半袖で十分だった。日本のような蒸し暑さはなく、カラッとしていて過ごしやすい。気候も良く、空港での日本人会の出迎えもあって好印象からのスタートだった。翌9月1日、パラリンピック選手団の入村式のセレモニーは、アマゾンの自然をモチーフにしたのだろうか、緑色の衣装をまとい、サンバやボサノバのリズムに合わせたダンスで始まった。

大会マスコットの笑顔の「トン(Tom)」は、頭を青と緑の葉で覆っている。植物の豊かさを表しているという。また、トンという名前は世界的ヒット曲「イパネマの娘」の作曲者アントニオ・カルロス・ジョビン(愛称トン)からきており、サンバ音楽が大好きという設定らしい。このトンの頭の葉は、メダルセレモニーの副賞で金メダリストには金色、銀メダリストには銀色、銅メダリストには銅色に変わる。

9月7日の開会式は、陽気なサンバやカリオカ(リオデジャネイロの人)文化を演出したと言われるダンスが次から次へと披露される。式場への待機所でも、笑顔のサンバ隊が来て楽しませてくれる。

大会期間中もサンバのリズムに乗って大会を盛り上げたり、緊迫した競技シーンでもウェーブが起こったりする。さすが国を挙げてサッカーに熱狂する国民性だ。車椅子バスケットやウィルチェアーラグビーなどの競技のほんの少しの合間にも、対戦国の応援団を呼び寄せて、サンバダンスの対抗戦を繰り広げて盛り上げる。また、騒音計測器をビジョンに映し出し、観客に大声を出すようにけしかける。

大会よりも観客を見ている方が面白いとさえ思う。コパカバーナなどの海岸沿いのリゾートで行われるトライアスロン競技など、選手だけなく、観客も開放感にあふれている。競技会場近くのショップの売り子でさえレジを打ちながらリズムに乗って腰を振っている。

9月18日の閉会式も、音楽とダンスの祭典だ。日本が行った2020年東京パラリンピックへの演出テーマーは「ポジティブスイッチ」。「ブラジルに負けない盛り上げを!」という思いを込めた、日本からのメッセージに違いない。

陽気さがさまざまな問題を吹き飛ばす

今回のリオデジャネイロ大会は治安の問題にはじまり、施設面での課題が数多くあった。例えば選手村では、毎日のようにつまるトイレ、盗難、重度障害者には狭い浴室、不十分な点字ブロックなどの問題が生じた。競技場や練習会場は仮設だらけで、けがをしないか心配だった。また案内表示も不親切だった。もちろんバリアフリーについても、街全体はまだまだ整備されていない。運営面でも水泳で競技が中断したり、静寂が必要なゴールボールでも周りから音が聞こえたりした。

しかし、大会全体の評価は高かった。多くのメディアもブラジルの国民性、カリオカっ子と言われるリオの人々の陽気さ、笑顔が成功をもたらしたと評価している。選手も日本から応援に訪れた人々も同じ印象を持ったに違いない。もちろん競技会場やオリンピック・パラリンピック公園などの開放感あふれる空間設計が、陽気さや笑顔をもたらしたという言う人もいる。しかし私は、ブラジルやリオの人々のもつ本質的な明るさがこの大会を成功に導いたと感じた。

笑顔こそが開放感をもたらす

応援席でも本当に一緒になって応援してくれる。オリンピック・パラリンピック公園ですれ違う子供たちだけでなく、若者や警備の警官も写真を一緒にと、実に明るい。でも、困ったことがあった。一人の子供にピンバッチをあげると、その子が「1個じゃだめだよ。僕には兄弟があと2人いるんだ。あと2個欲しい」という。2個あげると、見ていた子供が寄ってきて、その子に何かをささやいた。そうすると「この子は僕のいとこで、3つ欲しい」と言ってくる。きりがないので、「ごめんね。もうないよ」と言って写真を撮って別れた。

他の人に聞くと、同じような経験をしたと答える声が多い。この子供たちの行動を現地在住の日本人の方に聞いてみると、「助け合うとか分かち合うということが定着しているからね」との答えが帰ってきた。また、「特にブラジルは子供と老人は大切にする国で、もし、子供に対する犯罪で刑務所に入ると、生きて出られないかも知れないよ」「競技会場に入るにも老人優先レーンがあるし、バスでも電車でも席をすぐに代わってくれる」と言う。

確かに子供も生き生きと暮らしている。車窓からみる路地では、子供たちがサッカーボールで遊んでいる姿も見える。貧富の差が激しいから、貧しいというのではなく、皆自分に自信を持って肯定感をもって生きている姿がある。個ではなく地域や社会で子供を育てるという昔懐かしい日本の姿も垣間見える。

片や日本はどうか。ブラジルと違って路地裏もなく、子どもたちが道端でボール遊びをしている姿はとうの昔に見掛けなくなった。ボール遊びを禁止する公園も増えているという。公園や保育園で遊ぶ子どもの声を騒音だと言い張る大人たちがいる。日本の子どもたちは、ブラジルのように外で伸び伸びと遊ぶことさえ難しくなっているのだ。

そんなことを考えながら帰国すると、東京での暮らしに何か違和感を覚えるようになった。無表情で行き交う人々、電車の優先席でスマートフォンに夢中になっている若者たち、電車を降りる際に「すいません、降ります」と言っても動かない乗客。そこには決定的に何かが欠けていた。そう、それはブラジルで出会った多くの「笑顔」だ。

2020年の東京大会に向けて最大の「おもてなし」は、笑顔ではないだろうか。その笑顔は、自然に出てくるものでなくてはならない。心から笑顔が出てくる地域づくり、社会づくりこそが、同大会のレガシーとなり得るのではないだろうか。

バナー画像:パラリンピックの競泳会場でブラジル選手の活躍に歓喜する観客=2016年9月14日、ブラジル・リオデジャネイロ(時事)

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  • [2017.01.04]

1949年生まれ。リオ2016パラリンピック日本選手団副団長・日本パラリンピック委員会副委員長。89年神戸市で開催された「フェスピック(現アジアパラゲームス)神戸大会」をきっかけに、障がい者競泳選手育成のボランティア活動を開始。神戸市広報課長、保健福祉局長、代表監査委員を歴任する傍ら、ボランティア活動を続ける。神戸市退職後、現在2020東京パラリンピックのために活動中。

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