日本の若者とシルクロードを駆け抜けた20年

張宇【Profile】

[2017.01.30] 他の言語で読む : 简体字 |

21歳の時、シルクロードとモンゴルを旅し、騎馬遊牧民の世界に触れ、魅了された張宇(チョウ・ウ)さん。先進国日本の若者に、その生活と馬の素晴らしさを体験させながら、現代にも通じる知恵や生き方を学んでもらうため、キャラバンの旅を始めた。20年にもおよぶ旅の中で感じた日本の若者像や、キャラバン生活が与える力について張宇さんに語ってもらった。

映画監督の黒澤明は、「馬はホープだ」と言ったそうだ。馬は、人の夢や希望を育む。私は日本の学生を連れて、馬を駆るキャラバン隊を組み、シルクロードやモンゴルを疾走する旅を20年間にわたり続けている。参加者は、もうすぐ1万人に届く。彼らは、遊牧民族の生活を体験することによって、新しい価値観を持ち、夢を抱いて真剣に生きることの大切さを学んだ。

新しい世界に導かれた馬との出会い

私は小さい頃からシルクロードの歴史、文明に強く惹きつけられていた。そして、大学4年生の夏休み、留学先の東京工業大学の友人たちと共に、「奔流(ほんりゅう)中国・シルクロード探検隊」と名付け、初めてシルクロードへ足を踏み入れた。敦煌から西南70キロ、ゴビ灘(「ゴビ」はモンゴル語で何もない所を指す。「灘」は広いという意味)を車でひた走り古代シルクロードの重要な関所・陽関(ようかん)に辿りついた。漢詩に「西出陽関無故人」の句があるように、古代には漢民族世界の西の端だった場所。現在は、殺伐としたゴビ荒野の中に狼煙(のろし)台跡だけが残っている。

偶然、馬に乗ってやって来た漢族のおじいさんがいた。私にとって、初めて間近で見る馬。なぜか心に眠っていた古代へのロマンが湧き上がり、乗ってみたくなった。足を鐙(あぶみ)に入れて手綱を持つ、それだけを教わって股がった途端に、馬は疾走し始めた。最初はすごく怖くて緊張したが、だんだんと自分の中の何かが呼び覚まされたように恐怖はなくなり、目の前のゴビ荒野をどこまでも駆けて行きたいと思った。雲端(くもべり)に立ち、風を受けながら、地の果てを目指しているような、とてつもない感動の世界に導かれた。後になって分かったことだが、モンゴル系の馬はサラブレットと違って、走る際の上下動が少ないという特徴があり、その時の感覚はモンゴル馬ならではのものである。馬に乗った感動がいつまでも忘れられず、「もっとさまざまな文明の大地を駆けたい」「伝説の汗血馬にも乗ってみたい」「世界中の馬を知りたい」と、私はすっかり「馬」の世界にはまっていった。

日本の若者をキャラバンの旅に連れて行きたい

馬の魅力にとりつかれただけでなく、シルクロードの旅からもたくさんのことを学んだ。もともと私は、馬とのキャラバンは人類の旅の原点だと考えていた。そのため、次は古代の旅人のように、馬を駆るキャラバン隊を組んで、ユーラシア大陸を疾走する計画を、その時に思い描いた。

日本にいる時は、物と情報があふれ、何の不自由もない便利な生活で、毎日新しいものに出会えて刺激もある。しかし、いつでも何かに縛られているようで、心から幸せだと感じることができなかった。シルクロードの人々の生活はとてもシンプルで、時間が緩やかに流れている。遊牧民の地域に足を踏み入れると、羊を解体してその日の食事にしたり、牛糞で火をおこすなど、原始的な営みを間近で見ることができた。それらは現代文明で育った私たちにとって、全て衝撃的な経験だった。彼らの方が、現代人のわれわれより自由で幸せそうで、目がキラキラと輝き、穏やかながら力いっぱいに生きているように見えた。そして、人間の幸せや欲求そのものは、昔も今もそんなに変わっていないことに気付いた。

大学時代は人生の中で一番感受性が豊かで、さまざまなものを貪欲に吸収できる時期だ。その分、進路や生き方について悩む時期でもあり、将来を見失う学生が少なくない。つまり、沢山の知識や情報は得ているものの、自分の軸というものがまだできていないのだと思う。そうした時期に、全く価値観の異なる世界を経験することは、新しい角度で社会や人間の在り方などを考え、自分自身の“心の軸”を築き上げるきっかけになる。そう考え、私は古代キャラバンのような旅を開始したのだ。

旅の中で変わった日本の若者観

大勢の人が馬に乗って本格的に旅をするというのは、現代では存在しない旅の形だった。タイムスリップしているかのように、古代文明を臨場感いっぱいに体験でき、土地の人々の暮らしの中に入っていけるところが魅力である。でも、人気を呼んだ一番の理由は、やはり馬と一緒に旅をすることだと思う。馬は人を育むのだ。

馬と一緒に旅をするには、一心同体になる必要がある。車の運転なら、ハンドルを回せば曲り、ブレーキを踏めば止まる。誰がやっても同じだが、馬はそうはいかない。馬には性格と意思がある。長い旅の中で、人間と馬がどのように信頼関係を作っていくか。それは参加者にとって避けられない課題であり、旅の醍醐味(だいごみ)となる。手綱と脚だけで意思を伝えなくてはいけないため、心の深い部分での交流が求められる。その結果、愛情と支配、勇敢と寛大、判断力と集中力など、人間にとって大切な素質が研ぎ澄まされていく。

旅の中で距離なく接するうちに、私の日本の若者観は大きく変わった。今の若者は、「主体性がない」「自立能力がない」「冒険心がない」だとかよく言われるが、それは違うと思う。例えば、列車の中に持参した洗濯ひもを張って、洗濯物を干していた日本の男の子がいた。そのたくましく機転の利いた行動は、同年代の中国の学生では絶対にできなかったこと。私は、そうした積極的な姿を見ているので、若者自身より、指導者たる日本の大人たちの姿勢に問題があるのではないかと感じている。過保護、平均主義、厳しい上下関係など、過剰で細かすぎる文化やルールが若者の自由の心を抑圧し、冒険心のない弱者にしてしまうのではないか。

キャラバンの旅で初めて自由な世界に放り出され、喜びを味わった若者が少なくない。最初は戸惑うようだが、一歩踏み出せば自信が生まれ、自分の意志で行動する喜びが味わえる。そして旅が終わると、皆キラキラした目で日本に帰国していく。旅を転機に、精一杯生きるようになり、世界に挑み始めた若者にもたくさん出会った。

シルクロードの旅を通じて伝えたいこと

私は一人の大人として、「真剣に仕事に取り込むことこそ、社会貢献である」と、若者たちに強く伝えている。この頃の日本の若者は、仕事にも勉強にも、真剣さが足りないように感じる。表面上の国際交流やボランティアに走りがちなのだ。死の砂漠、険しい山々、戦争地域、盗賊団、悪天候など、危険が待ち受けるシルクロードの旅は、真剣に人生と向き合うことの大切さを教えてくれる。

なぜ、古代のキャラバン隊は命の危険を冒してまで旅をしたのか。彼らは、自分の商売、あるいは信念のために冒険したのであって、社会貢献やボランティアのためではない。だからこそ、旅に挑むことができたのだ。そして、文化の伝達をしたことで、結果的に東西の文化交流のルーツともいうべき「道」となった。シルクロードのキャラバン隊の歴史は、生きることに真剣さを失った今の日本の若者にとって、とても説得力のある道標だと思う。自分の夢を育み、それに向かって命懸けで挑めなければ、他人や社会に貢献することなどできないと、私は旅の中で伝えたい。

20年間の経験を世界中に広げる

毎回、旅の参加者の半数以上が馬の初心者である。経験者の場合も、国、地域によって馬の調教の仕方や注意すべきところが違うので、乗り方と安全上の指導は欠かせない。何十人からなるキャラバン隊なので、一対一の乗馬指導と違い、乗り方や姿勢を個別に指導しながら、参加者全員の気持ちを察知し、何十頭の馬の状態にも細心の注意を払うことが必要となる。一瞬の油断が危険につながる可能性もある。乗馬中に危険が発生した際、スタッフは協調して素早く対処せねばならないので、私はいつも戦場にいる気持ちで臨む。そのおかげで、これまで参加者は9500人を超えているが、大きな事故に及んだことは一度もなかった。

現在、世界では英国発祥のブリティッシュ乗馬や、米国のウェスタン乗馬が主流となっている。しかし、モンゴルや中央アジアの騎馬遊牧民は、もっと長い乗馬の歴史と文化を持つ。私は、騎馬遊牧民の素晴らしい乗馬文化を世界に広げ、世界の主流に育てていくことも自分の使命だと思っている。今後、日本に限らず、世界中の人々に馬と共に大陸を駆ける機会を提供し、共に夢を見出し、一人でも多くの若者の人生に力と躍動をもたらしていきたい。

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  • [2017.01.30]

中国ハルビン出身。高校卒業後、東京工業大学に留学。修士課程では宇宙衛星の姿勢制御を学ぶ。日本の教育に憂鬱を感じ、“時代を切り拓く冒険心、個の強さ、心の自由”を訴え、NPO法人「奔流中国」を設立し、社会企業家の道に進む。以来、日本の大学生を率いて、馬の背で世界を旅するキャラバン隊長に。モットーは、「冒険は世界を変える」。

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