ハーバードが被災地で学んだこと

社会

2012年から連続6年、ハーバード・ビジネス・スクールの学生が、米国から東北の被災地企業に足を運んでいる。東北で何を学び、また学生が東北に対して何ができるのか。企画・運営を通して現場を見てきた筆者が語る。

ハーバード・ビジネス・スクール、通称HBS。「世界を変えるリーダーの育成」を理念として1908年に創設されたハーバード大学の大学院で、大学卒業後様々な国・地域、分野で数年のキャリアを積み、約10倍の倍率の選考を通過した学生が2年間のMBA(経営学修士)課程を学んでいる。世界のエリートが集い、よりよいリーダーになるべく日々切磋琢磨をしている場である。

そのHBSが2012年以来、日本の東北地方に学生を派遣して現地で学ぶ授業「ジャパンIXP」(※1)を開催している。IXPとはImmersion Experience Program、「どっぷり浸かって経験するプログラム」の略で、ある地域に滞在し特定のテーマについて学ぶ実践型の選択科目である。

毎年複数の国・地域が行き先として選ばれ、それぞれに指導教官がつき成績もつく。日本でのプログラムは数あるIXPの中でも費用の自己負担分が高く、航空券も入れると50万円を超すにもかかわらず、学生の人気が非常に高い。事後の評価も常に最高ランクで、唯一6年連続の開催国となっている。30人の枠に180人近くの応募が殺到した年もあり、この6年で日本、そして東北を訪れたHBSの学生は約200名に達した。

なぜHBSが東北に通い続けたのか。なぜこれほどまでに人気の授業となったのか。それは東北の地だからこそ学べることがあり、その学びが世界のエリートの人生観にも影響を与えるほどパワフルだからである。

日本人学生の提案で始まったプログラム

ジャパンIXPは11年3月11日の、東北の沿岸部に壮絶な被害をもたらした東日本大震災を契機に始まった。当時在学していた日本人学生らが、HBSでただ一人の日本人教授である竹内弘高教授に働きかけ、学校側のサポートも得て、IXPという授業の枠組みで学生を被災地に連れて行くという提案を実現したのである。

12年1月に行われた第1回では、22名の学生が被災地でボランティアを行い、被災からすばやく復旧を遂げた企業の事例を研究してHBSで教材として使われるケースにまとめた。この活動は評価を受け、プログラムは継続されることになる。その後は被災地のその時々の状況を踏まえ、学生が今東北で何を学べるか、また学生が東北に対し何ができるのか、という2つの問いを念頭に入れながら、テーマ・活動内容を進化させていった。

筆者はHBSが世界の主要な国・地域に構える研究や教材作成の拠点の一つ、日本リサーチ・センターに16年8月まで勤務しており、震災以降は東北に通って個人的なネットワークを築いていたことから、プログラムの企画・運営に深く関わってきた。その経験は『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか』(ダイヤモンド社)に詳しくまとめている。

東北の起業家に経営アドバイス

東北の被災地が復旧から復興へ、さらに復興を超えた段階へと変化していく中で、その変化をけん引したのが「アントレプレナーシップ(起業家精神)」である。震災後、外から被災地にやってきた人、そして地元住民の中から、地域の未来のために事業を興す人々がでてきた。震災を機に志を新たにして事業内容を変化・拡大させる既存の事業者もいる。

東日本大震災の被災地である東北の沿岸部は、震災前から人口減、高齢化、交通の便の悪さなどの問題を抱えており、さらに震災によって問題が深刻化した場所だ。経営学の教科書的には「こういうところで事業をしたら失敗しますよ」という条件がそろった場所である。

しかし、地域の未来のために、あえてその不利な場所に腰を据え、事業を創り出すべく奮闘している人たちがいるのである。東北に滞在する1週間のうち3日間、学生はチームに分かれてこうした東北の起業家・事業者と過ごし、3日目に経営に関するアドバイス・提案を行う。

東北では他にボランティア活動や学校訪問などを行うが、経営アドバイスを行うチームプロジェクトがこのプログラムの最大の柱であり、学生は日本に来る前から提携先とやり取りをしながら念入りな準備やリサーチをしてプロジェクトに臨む。

福島成蹊高校での交流の様子(写真提供=Mary Knox Miller/HBS MBA Program)

学生たちは教室で世界中の様々な起業家の事例を学んでおり、世界的に著名な起業家や経営者に直接会う機会も多い。HBSに入る前に起業していたり、HBSで学びながら起業したりする学生もいる。そのような環境にいる学生らが、日本の東北という場所で奮闘する起業家に対し何を感じるのか。企画・運営側としては期待と不安でいっぱいだったが、毎年予想を超える“化学反応”が生まれてきた。

被災地で「志」の大切さ思い出す

学生たちは15年には6件、16年は8件、17年は9件、東北の企業に対し経営のアドバイスを行った。その中で2年連続HBSの学生を受け入れたのが、14年に設立された石巻・南三陸の若手の漁師集団「フィッシャーマンジャパン」である。

キャッチコピーは「日本の漁業をカッコよく」。漁業の従来のイメージである3K(汚い、臭い、かっこわるい)を、新3K(カッコいい、稼げる、革新的)へ変えていこうという野心的な取り組みだ。

学生たちは早朝に市場を見学し、牡鹿半島の曲がりくねった海岸沿いの道を延々とたどってフィッシャーマンジャパンに参画する複数の漁師と個別のインタビューを行い、夜は漁師たちが運営する海鮮居酒屋でともに飲みかわすなど、精力的に活動した。キャンパスでは絶対に出会わない人々との密度の濃い3日間の学びを、16年のチームメンバー、アレックス・サンタナはこうまとめた。

HBSは資本主義の総本山ともいえるような学校なので、ともすると「いくら儲けるか?」ということに議論の中心が行きがちです。でも今回フィッシャーマンジャパンのみなさんと時間を過ごすことで、「志」の大切さをもう一度思い出させてもらったし、それで自分の心にも火がついた。本当に大きな収穫でした。

フィッシャーマンジャパンに参画する複数の漁師と個別のインタビュー (写真提供=山崎繭加)

「何のために生きるのか」:東北の現場がエリートに突きつける問い

HBSには、社会の問題解決のための事業を行う社会起業家(ソーシャル・アントレプレナー)の授業もあり、事業における理念の大切さ、企業価値の最大化だけが企業の目的ではないということもしっかり学んでいる。しかし、震災をきっかけに「根本的な課題の解決をしないと未来はない」と腹をくくり、経営の経験も知識もないまま志一つで人生をかけて事業を立ち上げた東北の起業家たちの姿に、学生らは大きな感銘を受けるのだ。

そして「何のために事業を行うのか」という本質的な問いを考える中で、さらには「自分の人生でなすべきことは何か、何のために生きるのか」ということを突きつけられる。それこそが百戦錬磨の世界のエリートたちにとっても、東北を学びの場とするこのプログラムが人気の授業であり続けた理由である。

ジャパンIXPでの経験は、HBSでは事あるごとに念仏のように唱えられる米国の詩人メアリー・オリバーの “The Summer Day(ある夏の日)”の最後の2行を改めて思い起こさせる経験だったと振り返った学生もいる。

Tell me, what is it you plan to do
with your one wild and precious life?(※2)

ねえ、教えて。
たった一度しかないワイルドで貴重な人生を
あなたはこれからどうやって過ごしていくの?(※3)

(バナー写真: 宮城県石巻市雄勝町、こどもの複合体験施設「モリウミアス」のメンバーと。写真提供=チームモリウミアス)

(※1) ^ 同プログラムは2016年からIFC(Immersive Field Course)と名称が変わった。

(※2) ^ Library of Congress. “The Summer Day” by Mary Oliver. https://www.loc.gov/poetry/180/133.html. Accessed April 22, 2016.

(※3) ^ 訳は筆者。

東日本大震災 復興 被災地