「トランプの壁」よりも強力?ネット封鎖の「習近平の壁」

政治・外交

トランプ米大統領が建設を公約に掲げたメキシコ国境との壁。英紙ガーディアンは3月6日、この壁を万里の長城になぞらえ「万里の長城は構築に1000年もかかり、大量のお金を費やしたが、明朝を滅亡に導いた」と報じた。

万里の長城は過去の遺物となったが、目に見えない長城を中国は今も構築している。「グレート・ファイアー・ウォール」、略称GFWと呼ばれる、中国のネット規制である。

技術的な手段によって中国国内からは一部の海外のウェブサイト(多くは中国に批判的な報道をする欧米メディアの中国語サイトや、チベット、ウイグル団体のサイトなど)にアクセスできないほか、欧米や日本で利用者の多いグーグル、フェイスブックなどのサービスが利用できない。仕事や観光で中国を訪れる外国人もこれらのツールがいずれも使えないため、民間における交流、日中間の交流でネットを利用する際は、ひと工夫もふた工夫も必要になる。

微信の利便性と反比例するGFWによるネット規制

GFWを乗り越える手段としてVPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)などのサービスがあるが、中国当局はVPNへの規制を強めており、また速度も遅く、つながらないこともしばしばだ。今年に入り、当局の許可を得ないVPNの利用を違法としてさらなる規制に乗り出している。

欧米や日本では当たり前のネットツールが使えず、それに変わるさまざまなソフトが幅を利かせている中国のネット社会について、米紙ニューヨーク・タイムズは「中国のインターネットは巨大なイントラネットと言うべきものだ。フェイスブック、ツイッター、グーグルは存在せず(認められず)、その空白を大量の中国製コピーソフトが満たして大企業へと発展している。グーグルに対して百度(Baidu)、ユーチューブに対して優酷(Youku)、ツイッターに対して新浪微博(ウェイボ)などだ」とし、「これらのソフトは、(微博などは)インターネットの大海から閉ざされ、突然変異を起こした怪物のようなものだ」と形容している。

一方で同紙は、この突然変異を起こしたアプリが今やその多機能ゆえに急速に発展し、西側もこれを真似するようになったとして、ネット企業大手、騰訊(テンセント)の主力商品「微信(WeChat)」を「スーパーアプリ」として紹介。「中国のネットユーザーの生活がもはや微信とは切り離せなくなっており、これほどパワフルになったのは、単に多機能なだけでなく、さまざまな機能が巧みに統合し、ユーザーの現実の生活に深く浸透しているためだ」としている。

2015年秋に上海を訪れ、現地メディアの知り合いと食事した際のことだ。友人が予約した店の情報の受信から実際に会食して別れるまで、一切のことが微信を使って行われた。(中国製)地図ソフトで検索し店に到着し、初対面の日本研究者とは名刺交換の代わりにネットでお互いの情報を端末に登録、食事中に撮った写真は微信で交換し、食事の支払いでさえ友人が微信の決済システムで済ませた。

こうしたビッグデータを統合すれば、ネット企業や通販業者などは顧客一人ひとりの生活スタイルに合わせたサービス、商品を絶え間なく提案することができる。だが、ユーザー側は自らのこうした情報がどのように利用され、蓄積されているかを知ることはできない。

同紙は記事の最後で、西側の一部の企業が微信のやり方を真似しようとしているとして「これだけ多くのデータが少数の人の手に集中したら、ジョージ・オーウェル的(全体主義的)な世界の基礎となるだろう」と指摘している。

微信の利便性は、GFWによるネット規制と好対照をなしている。壁の中のルール(多くは目に見えない)に従っていれば一定の便利な生活を享受できるが、政府の政策や政府系メディアの宣伝に疑問を抱いたり、政府と異なる見解を発表する海外の情報にアクセスしたりすることは許されず、ユーザーの一挙手一投足はすべて監視される。多機能を売り物にしたアプリにユーザーを誘導しているのは、このような管理を容易にするためではないかとすら考えてしまう。

ネットにも秩序が必要と主張する中国政府

高い壁の中にユーザーを囲い込み、他国からの情報を隔絶する――。中国当局はこうしたネット政策を、「ネット主権」として正当化する言論を展開している。

2015年12月に浙江省烏鎮で開かれた「世界インターネット大会」で、習近平は「4つの原則」を提唱し、そのトップに「ネット主権の尊重」を挙げた。習は国連憲章が定めた主権平等の原則は国際関係の基本準則であり、その原則と精神はネットの空間にも適用されるべきであると主張した。16年11月には「ネット空間の主権と国家安全の維持」を目的とした「ネット安全法」を制定。この3月には、ネット空間の国際交流と協力をうたった「ネット空間国際協力戦略」を発表した。VOA(ボイス・オブ・アメリカ)は同戦略の目的について、サイバー攻撃やサイバーテロを防ぐことを口実に、中国は国家によるネット管理強化について国際的な合意を目指しており、陸地や海洋の主権の概念をネット空間へと広げようと狙っていると指摘している。

こうした「ネット主権」を主張する根拠に中国当局がしばしば用いる表現が「ネット空間は『法外之地(無法地帯)』ではない」というものだ。15年12月、中国のネット管理部門、国家インターネット弁公室主任の魯煒(当時)は「ネット空間は無法地帯ではない。ネット空間も現実社会と同様、自由とともに秩序が必要だ」と述べ、先述の「戦略」でも、外務省の担当者は「ネットを無法地帯にしてはならない」と同様の表現を使った。

反日一色だった10年前とは違う

だが、2013年の大規模なネット取り締まりで起きたように本来犯罪行為とは無関係の市民の言論の自由を制限するのは、「ネット主権」に名を借りた言論弾圧である。また外部と情報が断絶されて一方的な情報操作が行われた場合、「壁」の中のネット社会は極端なナショナリズムが広がる無法地帯になる恐れがある。

THAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備の方針に対し、タカ派言論で知られる政府系メディアの「環球時報」は2月28日、韓国を声高に批判した。この結果、各地で反日デモと同じようなデモが起き、ネットには多くの動画が投稿された。例えば微信の「群(グループ)」に3月初めに投稿された動画では「韓国製品を封殺し、棒子(韓国人の蔑称)をボイコットせよ」などとスローガンが書かれ、中国国旗を掲げた真っ赤なトラックが国歌を鳴らしながら地方都市で隊列を組み走る映像があった。韓国資本のスーパーに対する嫌がらせとして、ある女性が店内に陳列した食品を開封してから棚に戻す様子など、明らかな犯罪行為が記録された動画もあった。

だが、こうした盲目的な韓国たたきには理性的な批判も多かった。フランス国際ラジオは、「米国が韓国にTHAADを配備し、中国の安全が脅かされたのならば、問題の源は米国にある。なぜ韓国車を壊すのに、アップルの携帯電話をボイコットしないのか」という中国の市民の声を伝えている。

微信などでも排外主義を批判する文章が多く現れ、環球時報などによる宣伝や扇動が以前よりは効果がなくなってきたとさえ感じる。

ネットの壁によって、一般大衆が世界、特に隣国との関係について多面的、客観的、理性的な考え方を持つことができなくなるとすれば、それは日中、中韓関係にとって不幸なことである。ただ、上述の指摘のように、反日一色だった10年前の中国世論とは異なり、理性的な知識層は増えつつあり、オピニオンリーダーでもある彼ら社会の中間層は発言権を増している。彼らとの交流強化が、壁を中から少しずつ壊す有効な方法なのだろう。

バナー写真=中国のインターネット検索大手「百度」=2013年12月26日、大阪(時事)

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