浅田真央から考える現代日本の「国民的ヒロイン」

稲増 龍夫【Profile】

[2017.06.08] 他の言語で読む : ENGLISH |

今年4月10日、女子フィギュアスケートの浅田真央選手が自らのブログで現役引退を表明した。翌々日には記者会見も開かれ、マスコミは浅田選手引退報道で盛り上がった。

1990年生まれの浅田は2004〜05年のシーズンでジュニアデビューを果たし、軽快なジャンプを武器に「天才少女」と注目され、05年の世界ジュニア選手権では初出場で初優勝を果たした。シニアになっても、3度の世界選手権優勝や10年のバンクーバー五輪での銀メダルなど、華々しい成果を残してきた。

女子では成功例の少ない「トリプルアクセル」ジャンプにこだわり続け、そのせいで苦労も多かったように見える。2014年のソチ五輪では、ショートプログラムで失敗したものの、フリーで自己最高得点を記録した「多くの人の記憶に残る演技」(AP通信)を披露し、世界中から賞賛を浴びた。その後、現役続行を宣言し、五輪直後の世界選手権では優勝したものの、近年は思うような結果を残せないままに引退表明となった。

「国民栄誉賞」を巡って

今回の引退表明後の報道の多くは、「感動をありがとう」とか「お疲れさま」などの好意的内容が目立ったが、その中で賛否が分かれたのが「国民栄誉賞」を授与すべきか否かという問題である。(ちなみに、執筆時点では授与の動きはない。)

現在までに国民栄誉賞を授与されたのは23人と1団体。その1団体がワールドカップで優勝した(当時の)女子サッカーチームで、23人のうち女性は6人—歌手の美空ひばり、女優の森光子、漫画家の長谷川町子、マラソン選手の高橋尚子、レスリングの吉田沙保里(よしだ・さおり)と伊調馨(いちょう・かおり)である。アスリートの3人はいずれも五輪での金メダル獲得が評価され、それゆえ、授与反対派では、浅田真央が金メダルを取っていないので賞に値しないという意見が多かった。

そもそも「国民栄誉賞」は内閣総理大臣表彰の一つとして1977年に制定され、おもに大衆的人気があったスポーツ選手、芸能人、文化人などが表彰対象となった。いわば「国民的ヒーロー/ヒロイン」に与えられてきたと言える。ちなみに初回の受賞者は、77年、プロ野球の本塁打世界記録を塗り替えた王貞治選手(巨人)であった。

「国民的人気」ということで振り返ると、王選手が受賞した70年代後半、テレビの視聴率で30%を超える人気番組は1日に平均で5番組ほどあり、NHKの「朝ドラ」(NHK「連続テレビ小説」)や巨人戦などはその常連であった。

では現在はどうかというと、2015年に視聴率30%を超えた番組は、なんと2番組。大みそかの「紅白歌合戦」の前半と後半(一応、別番組扱い)だけである。つまり事実上「紅白歌合戦」だけということになる。40年前は1日に5番組、年間で言えば2000近くあった30%超えの人気番組が、今や年に1番組なのである。

背景には、大きな意味での「テレビ離れ」や、BS、CS放送などの多局化、録画視聴の増加などが考えられるが、それらの要因を加味しても、人気番組の激減ぶりには改めて愕然(がくぜん)とする。

「大衆の時代」は終わった

テレビの世界で「誰もが見る超人気番組」がほとんどなくなる一方で、「選択肢」が多様化した。これは、国民の関心や興味が多様化したことを意味すると同時に、「国民的ヒーロー/ヒロイン」の不在を示唆している。

かつて「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉が1960年代を象徴する流行語としてもてはやされ、誰もが(特に子どもたちが)大好きな “3大アイテム”といわれてきた。その巨人の全盛期を支えた王選手は、現役時代に「国民栄誉賞」を受賞、同じく現役時代に圧倒的人気を誇った元巨人の長嶋茂雄は、2013年5月に受賞している。13年1月に死去した元大相撲力士の横綱「大鵬」(本名=納谷幸喜 なや・こうき)も、同年2月国民栄誉賞を授与された。3人とも、まさしく国民的ヒーローだった。実際、全盛期の巨人軍の打順3、4番と言えば、当時は誰もが長嶋、王と答えることができたに違いないが、現在の巨人の3、4番となるとかなり怪しいだろう。

同様の文脈で、世間では「誰もが口ずさめる国民的ヒット曲」が減ったといわれる。実際、90年代半ばには年間でシングル100万枚を超える売り上げを記録したミリオンセラーヒット曲が10曲以上あったのが、今では年に数曲。それも握手券や総選挙投票権付きのAKB48関連だけである。いずれも、現代日本において同じ夢や願望を共有していた「大衆」の時代が終わり、個性化の進展とともに価値観やライフスタイルが多様化し、「分衆」や「少衆」の時代となったことを如実に物語っている。

「浅田真央現象」の意味

浅田真央からテーマが横道にそれていると思うファンもいるかもしれない。本稿では、そもそも「国民的ヒーロー/ヒロイン」が成立しにくい社会状況において、一時とは言え、浅田真央(の引退)が多くの国民の注目を集めた理由を探ろうと試みた。結論から言えば、浅田は国民的ヒロインではないと断言できる。

それは彼女の才能や人間性うんぬんに関わることではなく、あくまで受け手の変化の問題だ。何度でも言うが、同じ夢を共有した大衆の時代が終わり、みんながばらばらに自分の生き方を模索する時代が来たということである。にもかかわらず、なぜ浅田人気が高まったのか。またテレビ視聴率の話に戻ると、この10年ほどで30%を超えた番組は、紅白歌合戦を除くと、五輪大会、サッカーワールドカップ、WBC(ワールドベースボールクラシック)、フィギュアスケートといった世界規模のスポーツイベントに集中している。

そこでは、「ON」(王・長嶋)級の絶対的ヒーローは存在しないが、そのイベント期間だけの「限定ヒーロー/ヒロイン」は誕生している。国民栄誉賞を授与された女子アスリートである高橋尚子、吉田沙保里、伊調馨らは、普段は必ずしもヒロイン扱いはされないが、五輪の舞台では、国民から喝采を浴びたヒロインであった。

マーケティングの世界で「瞬間大衆」というキーワードがある。普段はばらばらな方向を向いて生活している人たちが、五輪や大災害などの場面になると、突然、強固な連帯感を発揮して「大衆」になるが、時間がたてば、まとまりのない「個」の集まり—「分衆」「小衆」—に戻ってしまうという状況を指している。ある意味、皆がばらばらになってしまったという不安感から、時にこうした国民的連帯感を求めているのかもしれない。

今回の “浅田引退劇場” の盛り上がりも、この「瞬間大衆」現象と理解することができるだろう。

もちろん、「瞬間」とはいえ、多くの国民の興味や関心を集めるのは容易ではなく、そこには浅田真央の可憐(かれん)な容姿、純真でひたむきな性格、ちょっと天然なキャラクターなどの好感度要因も大きく関わっているだろう。良くも悪くもその熱は冷めやすく、国民の多くは無意識ながら、次の新たな限定ヒーロー/ヒロインを模索しているのである。

(2017年6月1日 記)

バナー写真:2016年12月25日、フィギュアスケートの全日本選手権でフリーの演技を終えた浅田真央選手。現役引退前の最後の公式戦となった(時事)

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  • [2017.06.08]

1952年東京生まれ。法政大学社会学部教授。東京大学文学部社会学科卒、東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。東京大学文学部助手を経て1984年より現職。本来の専門はポストモダン社会論だが、特にアイドル、J-POP、おたくなど現代のメディア文化やサブカルチャーの研究と解説で精力的に活動。

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