台湾社会はCP信仰から脱却せよ

経済・ビジネス

先月、フェイスブック上のインターネット媒体で、台湾の低賃金とCP(コストパフォーマンス)値の関連について話したインタビューが放送後1週間で瞬く間に150万ビューに達し、シェアは1万3000を超えた。小さく誕生したばかりの媒体だったので、これほどの大騒ぎになるとは想像もつかなかったが、それだけ台湾人にとって関心が高いテーマだったのだろう。放送後に寄せられたメッセージの中には、「勇気ある発言」「よく言ってくれた」「みんな怖くて触れられないテーマ」といった反応があったことから、低賃金とCP値の関連性については、もともと多くの台湾人が問題意識を持っていたのかもしれない。

生産コストから見る高いCP値実現の難しさ

台湾で飲食業の経営をしていると、必ずと言っていいほどCP値が高いか低いかという基準で評価を受ける。台湾人が使用する「CP値高」とはコストパフォーマンスが高いということである。誰しも支払う価格より高い価値を感じられるサービスを受けられるならばうれしいには違いないが、そもそも支払う価格の価値より高いサービスが得られるということは可能なのか、また、可能であるならばどのような企業努力によりその高いサービスは生み出されるのか。台湾人のソウルフードの一つでCP値が高いといわれる台湾風フライドチキンを例に考えてみる。

台湾風フライドチキンは鶏の胸肉を丸ごと1枚揚げた台湾の国民食ともいえる食べ物で、長さ30センチ以上、幅15センチ程度で細めのB4サイズを想像してもらうと、いかに大きいかがよくわかる。台湾ではこの巨大なフライドチキンが平均55元(1元約3.7円)程度で売られている。では1枚のフライドチキンを作るために、いくらコストがかかるのか、見ていくこととする。メインとなる鳥の胸肉は骨付きで1キロ110元(骨なし1キロより骨の重量分が安い)として1枚約250グラムで27.5元、これに小麦粉1元、調味料3元を足すと31.5元で、すでにコストは売価の約57.2%になる。さらに包装用紙袋1枚0.5元、長串0.1元、ビニール袋0.4元で合計して1元。ここからは消費者に見えにくいコストになるが、フライヤーに使う油は1缶18リットル約610元でフライヤー1台の容量が23リットル、2台使用で油を2日間で交換すると仮定し2日で46リットル、1559元かかる。1日200枚のフライドチキンを販売すると、1枚当たりの油代は3.9元にもなる。ここまでのコスト全てを合計すると、36.4元で売価に対する比率は66.2%に達している。残りの33.8%で家賃、電気、ガス、水道、人件費、投資回収の費用を負担しなければならない。

次に1か月の売り上げのシミュレーションをしてみる。1日の労働時間は営業時間6時間、仕込み準備1時間、掃除片付け1時間の合計8時間とする。1台のフライヤーで同時に揚げるのは5枚とし、フライヤー2台で最大10枚。1回の生産に15分かかるとすると、営業時間内をずっと売りっぱなしでも1時間で40枚、6時間で240枚となる。実際は客足が途絶える時間もあるので売り上げを1日200枚とすると、1日の営業額は1万1000元になる。週1の休みとして月の営業日数は26日。1か月の売上高は28万6000元となる。ここから商品の原価18万9332元を引くと残りは9万6668元。家賃を2万5000元、電気、水道、ガスを合わせて1万元とすると、残りは6万1668元。社員を2人とアルバイトを1人雇うためには企業の社会保障費負担も考えると社員の給料を2万2000元弱、アルバイトの給料を8500元以内に設定しなければ赤字となってしまう。しかもここでは開店するために投資した資金の回収を考慮していないので実際は赤字だ。さらに言えば悪天候による売り上げ減少なども加味していない。台湾人のソウルフード台湾風フライドチキンは、低賃金により支えられているといっても過言ではない。

高いCP値を出すために犠牲となる労働者と食品安全

(野崎孝男氏提供)

こうした経営環境の中で無理に利益を出すために、労働者への違法な長時間労働の強制や社会保障に加入させないなどの手段がとられることは間々ある。また、大きなコストを占める油の交換を1週間に1回にするなど、経費削減を図っているところもあるだろう。ひどいところでは、粗悪品の油を使用している可能性もある。こうした行為がエスカレートすると食品の安全性が犠牲になり、それは健康被害という形で消費者に戻ってくることになる。実際に食品安全に関わる悪いニュースは後を絶たない。事件が起きるたびに政府は国民の健康を守るために、食品安全に関する法を整備し、事業者に安全、衛生に関する設備投資や管理強化を求める。事業者に対し新たな負担を課し経営コストを上昇させる一方で、事業者は上昇したコストを容易に価格転嫁できないことから、高いCP値を維持するために、一番簡単に経費を削減できる人件費にしわ寄せがいくという悪循環が発生しやすくなる。

ここではフライドチキンを例に出したが、他の業種でも高いCP値を出すためには原料コストの上昇は避けられないことから、遠からず似たような経営状況となる。安い原材料を手間暇かけておいしいもの、魅力あるものに仕上げるには、逆に多くの作業時間が必要となるため労働コストが非常に重くなる。労働に見合う対価が労働者にしっかり支払われていれば問題はないが、低賃金がまん延している現状から、ほとんどは違法な長時間労働という労働者の犠牲によって成り立っているのだろう。本来高いCP値の商品という価格より高い価値がある商品、すなわち安くてよい商品は、スケールメリットに支えられた薄利多売、または採算度外視のボランティア経営でもしない限り、中小零細企業では実現が非常に難しいことを忘れてはならない。多くの消費者が高いCP値を追い求め、称賛する社会になるということは、企業間の過剰なCP値競争を生み出し、コスト削減目的の低賃金または安全の欠如というモラルハザード(倫理観の欠如)がまん延しかねないのである。実際に食品の不正使用、残業代の未払い等の事件は後を絶たない。台湾でも日本でも店主自らが長時間労働や低賃金で働き、消費者のためにCP値の高い商品を提供している店が高い評価を受け称賛される傾向があるが、あくまで個人の自己犠牲によって成り立っている例外であり、労働に見合う適切な対価が支払われる健全な経済行為とはいえない。そして消費者がそのような例外こそが素晴らしいという価値観を持った時、最終的には労働者でもある消費者の自分にもその負担が返ってくる悪循環が発生してしまうのである。

高いCP値および適正な給料体系を実現するために

筆者自身、台湾で9店舗の飲食店を経営し、消費者から高いCP値のブランドとの評価を受けている。これは規模のメリットによるところが大きく、1号店を起業した時は規模のメリットを得ることはできないため、私自身の給料を全て食材コストに投入し高いCP値を実現していた。半年ほど無給だったが、徐々に消費者からの信頼を獲得し、高い売り上げを安定させ、規模のメリットを発生させた。

ここで重要なのは低価格路線をとっていないということである。低価格で高いCP値というのは構造的に経営努力や技術を生かす余地がほとんどないため、人件費にしわ寄せがいってしまう。しかし、コストに対し適正な価格の範囲、例えば消費者が価格に比べて品質が良く、量も多いと判断し満足すれば決して低価格でなくとも消費者は高いCP値と評価する。そして繁盛することで規模のメリットを得やすくなり、高い給料を払うことも可能となる。私の会社では業績にもよるが、給料が9万元の店長もいる。ある店舗のスタッフの給料は全て3万元以上で、もちろん完全週休2日制である。価格に対して適正な品質の商品、サービスを提供する技術があるのならば、安易に低価格路線を選択せずに商品に自信を持ち、自らの経営能力で高いCP値を実現することこそが大事である。

(バナー写真、文中写真はいずれも筆者提供)

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