『この世界の片隅に』台湾公開から考える異文化社会との付き合い方

文化

日本国内ではアニメ映画が空前のヒット

昨年から今年にかけて、日本国内ではアニメ映画が立て続けに大ヒットとなった。

アニメオリジナルの『君の名は。』は、日本国内興行収入が約250億円で歴代4位を記録、監督・新海誠の名とともに一般人にも知られる存在となった。他にも原作漫画の評価が高かった『聲の形』、テレビアニメからの『劇場版 ソードアート・オンライン(以下SAO)』がいずれも興行収入20億円以上と、映画としてヒットラインを越えた。これに『新世紀エヴァンゲリオン』の監督だった庵野秀明が総監督を務めた『シン・ゴジラ』の82億円を「広義のアニメ系」に含めると、アニメ映画は大ヒットである。

本稿で注目したいのは、やはり日本での興行収入が26億円の大ヒットとなった『この世界の片隅に』である。第41回アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門審査員賞など数々の賞を総なめし、辛口で知られる「キネマ旬報」でも2016年の日本映画ベスト・テンで第1位となった。ツイッターのつぶやきランキングでも、量および評価で最高だった。

中国語圏では台湾、香港、マレーシア、シンガポールでも上映された。同名の原作漫画が『謝謝你,在這世界的一隅找到我』(台北:漫遊社文化、2014年)、アニメ映画は『謝謝你,在世界角落中找到我』(香港では『謝謝你,在世界角落中找到我』)、略称は『這個世界的角落』などが使われる。

日本での評判が台湾に伝わる

アニメ映画は、1990年代に社会現象ともなった『新世紀エヴァンゲリオン』をはじめ、子供向けの『ドラえもん』『名探偵コナン』『妖怪ウオッチ』、さらに『ワンピース』などのメジャー作品の劇場版シリーズの中には、興行収入が50億円突破するものもある。だが「オタク向け」と呼ばれる深夜アニメともなると、20億円を超えるものは少なかった。

ところが、そうした「興行収入20億円を超える珍事」が続出する事態が昨年から今年にかけて起こった。その筆頭は『君の名は。』で、台湾はじめアジアや欧米でも上映され、それぞれの国での日本映画トップ、歴代ヒット上位に躍り出た。

このため『この世界の片隅に』が7月28日に台湾で一般上映されると、記録的な興行収入を上げるものとアニメファンの間では期待された。

報道によると、7月8日に台北市で開かれ、監督と主役声優を務めたのんが登壇した先行上映会では、前売り券がすぐに売り切れ、観客の評価はとても高かったようだ。

そもそも映画の台湾向けプロモーションビデオの中で、のんが冒頭に「逐家好,我是NON(タッケー・ホー、ゴアシー・のん」と台湾語であいさつしている。また映画の闇市のシーンで「台湾米」という言葉も出てくるし、主人公・北條(旧姓・浦野)すずの妹すみの声は、母方祖父母が台湾人の潘めぐみが務めたので、台湾ともまんざら関係がないわけではない。何より舞台となった第二次世界大戦中は台湾も「日本」だったのである。

日本では2016年9月9日に関係者向け完成披露試写会が行われ、これを見た友人たちは、すぐにSNSで高評価を伝えていた。11月12日に全国で封切りされると、当初は単館上映で全国63館と少なかったものの、見た人たちも次々SNSで評判を伝えた。みんな泣いて、上映後に拍手が起こる劇場も多かったという。

筆者はそうした評判を半信半疑に眺めていたが、封切りから1週間後、わざわざ福井市まで見に行った。そして涙があふれた。レイトショーから宿に戻ると午前0時過ぎだったが、部屋の中でベッドに横たわっていても、思い出して涙が止まらなかった。結局眠りについたのは午前4時。翌朝予定があったので8時に起きたときには、目にくまができていた。

それから国内では計7回、台湾でも計5回鑑賞した。ネットでも賛辞にあふれていた。それほどの評判であるからして、「親日国家台湾」でも、やはり爆発的なヒットとなるかと思われた。

感動は呼んだが、配給会社のPR不足

7月28日の台湾での一般公開後、9月15日までの上映期間中、筆者は台北市と台南市で5回鑑賞した。客の入りは悪いというほどではないが30人程度。そして上映後の雰囲気では感動した人もいるようだったが、そこそこといったところだった。

台湾の『この世界の片隅に』のパンフレット(撮影:酒井 亨)

台湾国立「国家電影中心」の統計によれば、9月5月現在で台湾全土における興行収入累計は、約888万元(1元3.8円、約3350万円)。

日本アニメ映画の中で人気があった『SAO』(約5500万元)、「泣ける映画」として『この世界の片隅に』と対比されることが多かった『聲の形』(別の資料によると約6500万元)と比べると、6から7分の1の規模だ。だが、メジャーなはずの『妖怪ウオッチ』最新作は526万元だったことを考えると、決して悪い数字ではない。だが空前のヒットとは言い難い。

その原因について、原作漫画の台湾翻訳版に序文を寄せたマンガ・アニメ研究家の蘇微希はこう指摘している。

「観客の感動を呼んだのは間違いない。知り合いにも後で号泣していた人が多かった。だが配給会社のPRが、一般人の関心をあおるものではなかった」

蘇が言うには、『君の名は。』が台湾の興行収入が日本映画首位の2.5億元となり、ハリウッド映画大作が常に日本映画の上位より1桁多い興行収入を稼ぐのは、「PRが派手」だからだ。『君の名は。』は「日本で2016年のトップ。あの宮崎駿以来の大ヒットメーカー」という振れ込みだった。

もちろん、筆者が思うには、『この世界の片隅に』は商業性を目指さないからこその良さがあるし、それが制作側のポリシーでもある。そして物事の理由は一つだけとは限らない。

「親日」的な台湾であっても日本にとっては異文化社会

ほかにも興行としては次の要因も挙げられよう。『この世界の片隅に』はハリウッドのヒット作のように、封切り後に爆発的に興行収入を上げるような内容ではない。日本国内でも、SNSの評判でじわじわ広がり、累計380館の準メジャー作品になった。台湾の映画上映はもともと回転が速く、上映直後に爆発的にヒットしないと、すぐに上映をやめてしまうケースがほとんどだ。それなので、台湾では『この世界の片隅に』の評判が広がる前に上映が終わってしまった、と考えられる。

さらに内容面である。台湾人はあまりシリアスな展開が苦手ではないだろうか。しかも絵柄やストーリーが最初からシリアスタッチならまだしも、絵柄が水彩画のようで、キャラクターデザインもほんわかしている。内容も前半はどちらかというとギャグも多い。それなのに後半にはシリアス展開になる。

同じ感動ものとして『この世界の片隅に』と対比できるのは、高校野球を描いた台湾映画『KANO』やドキュメンタリー映画『湾生回家』であろう。これらや『聲の形』は最初から同じトーンで貫かれている。だが『この世界の片隅に』は意外性のある展開と絵柄にギャップが見られる。これだと、どちらかというと単線的な展開を好む台湾人には、敷居が高いようにも思える。もちろん、アニメファンの間では好評だったのだが……。

また、『KANO』や『湾生回家』は、台湾そのものを描いた作品なので、台湾人も感情移入しやすい。対する『この世界の片隅に』は、当時台湾も同じ「日本」だったとはいえ、広島県呉市の知名度は台湾では低く、ピンと来にくいのかもしれない。

台湾では、日本の事物は、アニメに限らず人気がある。それはコンテンツとしてだけではなく、アニメ映画の鑑賞姿勢でも、エンドロールを最後まで見るという、以前の台湾ではありえなかった、マナーの模倣や学習にまで深化している。そして、そうした日本のスタイルやマナーはいまやアニメを超えて、台湾の日常にも深く浸透しつつある。台湾社会はますます日本に傾斜し、一体化が進んでいるようにも見える。

だが、そうはいっても、やはり日本にとって台湾は異文化社会である。

アニメについて観察すると、やはり日本でヒットしたものと台湾で好まれる作品にはいくつかのギャップもある。その意味でも台湾人の親日や日本への傾斜は、台湾人の主体的選択の部分も少なくないといえるのだ。極端な例として、日本では「エヴァンゲリオン世代」に熱狂的に受け入れられた『シン・ゴジラ』も台湾ではあまり評判は良くなく、3週で上映を終えている。

台湾は今後、ますます日本に傾斜し、価値観も近づいてくるであろう。だが日本人側が忘れてはならないことは、台湾が根本的には異文化であるという点である。「日本に近いからいいだろう」と無意識に甘えるのではなく、異文化の相手としての節度を持って接するべきだろうと思う。

バナー写真=『この世界の片隅に』が上映される、2017年7月28日、台湾台北(撮影:酒井亨)

アニメ 台湾 君の名は。