政治主導と政策決定

牧原 出【Profile】

[2011.10.19] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

民主党政権成立後の2年間、自民党時代の政官関係を根底から変えるための措置がとられたが、官僚排除の結果、政策決定過程が混乱した。東北大学大学院教授(行政学)の牧原出氏は、こうした混乱からの脱却が、野田新政権の課題だと述べる。

2011年夏のロンドンでは、1980年代のBBCの人気番組であった『イエス・プライム・ミニスター』の劇場版が上演されていた。テレビ番組と同様、その内容は首相であるジム・ハッカーと、官僚集団の長であるハンフリー・アップルビーとのやりとりがテーマである。1980年代のテレビ番組では、石油危機後の権力基盤が脆弱な内閣が描かれ、リーマンショック後の2011年にはEUの財政危機により動揺する内閣が描かれている。

劇場版プログラムの中で、かつてのテレビ番組作成過程で重要なインフォーマントであったウィルソンおよびキャラハン両労働党政権の政策アドヴァイザーであったバーナード・ドノヒューが、1997年以降のブレア政権についてこう語っている。すなわち、一方で若い世代の大臣政務官や大臣が、テレビ番組の『イエス・プライム・ミニスター』に決定的に影響を受けており、ジム・ハッカーのように官僚集団に翻弄されてはいけないと考えて、政策アドヴァイザーを組織的に活用し始めた。他方で、サッチャーの行政改革を経た官僚集団も、相当程度能率とサービス供給を念頭に置いた組織運営を心がけるようになっていたという。そして、なおかつ官僚集団とその長の官邸での影響力が決定的に重要なのは不変であったという。

激変した政官関係

民主党政権成立後2年が経過し、鳩山由紀夫・菅直人両政権を経た後、「政治主導」の政官関係は、このイギリスで見られた政治家と官僚との関係に似た軌跡をたどりつつある。確かに最初の2年間は、自民党時代の政官関係を根底から変えるための措置がとられた。これらは、あくまでも自民党時代に慣れ親しんだ官僚集団に対して、従来の発想を捨てるためのショック療法であって、新規の政策形成を進めるためには、障害になることが多かったといえるであろう。

まず、官邸において省庁間調整を事実上行っていた官房副長官の役割が急激に低下し、官邸の調整力が劣化した。これに代わる役割は、予算編成を進める財務事務次官になっていった。事実、民主党政権は、多分に混乱を経ながらも2010年度予算・2011年度予算ともに年内編成を終え、年度内成立を果たしているのである。

また政策アドヴァイザーを各省で活用できないため、大臣・副大臣・大臣政務官のみが官僚を排除して、政策を実行しようとした。本来政策専門家ではないこれら政務三役が、官僚を排除して政策を立案するのは不可能であり、この方式は各省で無用な混乱を招いた。

ここから、一方で政権は財務省の言いなりだという批判を招き、他方で政策決定過程が果てしなく混乱したという非難が高まった。その象徴は、財務大臣から首相となり、財政再建を掲げていた菅直人前首相であり、同じく財務大臣から首相となった野田佳彦首相である。

しかしながら、政策決定過程の混乱は年金問題など安倍晋三内閣以降の自民党内閣で始まっており、政権はこれを収拾し得ないまま、民主党政権に混乱のみが引き継がれたといっても過言ではない。与党が何であれ、現政権が直面する課題とは、どうやってこのような混乱から脱却するかである。

官僚バッシングの終息へ

民主党政権の発足当初の「政治主導」がもたらした最大の効果は、「官僚バッシング」をほぼ終息させたことにある。自民党政権では、混乱が起きるたびに官僚に責任を転嫁する傾向が見られ、それが公務員制度改革の原動力となっていた。いうまでもなく、政策の混乱の最終的な責任は政治家にある。これを官僚に転嫁していたのは、自民党政権が本質的に「官僚主導」であることを自民党自身が認めていたからである。これに対して、「政治主導」を掲げた民主党では、震災後の経産省を除いてこうしたケースが見られなくなった。政策の混乱の責任はまずは過去の与党である自民党にあることが、幾度となく表明された。政権交代ある政治システムの下で、政治責任の所在がようやく明確になったのである。

この上で、3月の東日本大震災以後、復旧関係の施策や、復興関連の政策立案について、官僚のイニシアティヴが再び発揮されるようになった。さらに9月に成立した野田内閣の下では、党では政調会ないしは政府・民主三役会議による法案の事前審査制の導入や、政務三役と官僚との協力関係の構築が目指され、さらには内閣提出法案を閣議前に審議する事務次官等会議も復活する可能性が高くなっている。自民党の政策決定方式を、民主党の「政治主導」の中に導入しようとしているというべきであろう。

独自の政策構想に動く官僚

また、先進諸国のソブリン債務危機と歴史的円高に危機感を強めている財務省は、政権発足前後の経緯や、これまで発表された政権の基本方針の中に、復興増税と財政再建を目指す戦略を組み込んでいるようにみえる。震災後に菅内閣が原発問題のみに関心を限定していくにつれ、官僚集団は独自に政策構想を作成し始めたのであろう。

こうした党と官僚側の動きは、発足直後の野田内閣への高い支持率に見られるように、国民からも支持されている。そのため、解散の可能性は次第に遠のき、政権は衆議院議員の任期満了までの2年間を政治スケジュールの中に組み入れているものと思われる。問題は、これをどう政治家が責任をきちんととる仕組みの中に埋め込むかなのである。内閣は、官僚側から提出された政策構想を、透明性の高い場で審議し、その当否を明らかにした上で、ねじれ国会の下で法案成立のために野党とも十分な交渉を行えるであろうか。今後の2年間は日本政治の転換点になるといっても過言ではないのである。

この記事につけられたタグ:
  • [2011.10.19]

東京大学先端科学技術研究センター教授。専門は政治行政システム。1990年東京大学法学部卒業。東北大学大学院法学研究科教授などを経て現職。主な著書に『政権交代を超えて――政治改革の20年』(共著、 岩波書店、2013年)など。

関連記事
最新コンテンツ

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告