東大秋入学は日本社会に影響を及ぼすか

上山 隆大【Profile】

[2011.10.03] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

東京大学が限定的な9月入学制度を実施することになった。日本の“内向き”な教育制度に一石を投じて、社会全体の変革への第一歩とすることができるのか。上智大学経済学部の上山隆大教授が解説する。

7月22日、東京大学が「秋入学」を限定的に実施し、入試や講義をすべて英語で行うコースを教養学部で来年度から開設すると発表した。留学生や海外就学経験者を対象とし、入学から卒業までを英語で教育するという構想自体は取り立てて目新しくはない。2009年に文部科学省が主導した「国際化拠点整備事業(グローバル30)」に沿った計画にすぎないし、同様の試みを古くから続けている大学も少なくないからだ。

むしろ、その少し前に発表された、入学時期を大学全体で4月から秋に移行した場合の影響を検討するワーキンググループを、東大が学内で立ち上げたというニュースの方がずっと興味深い。それは単に入学時期にとどまらず、日本の学術・教育の理念さらには官公庁や企業の雇用形態など、日本の大きなシステム上の変更と関わらざるを得ないからである。

内向きすぎる人材養成を変える

東大総長の濱田純一氏は、この制度改編をかなりの強い意志を持って進めようとしている。彼によれば、自然科学を中心とした研究面での東大の国際競争力は決して見劣りしないが、内向きすぎた人材養成の視点を変えるべき時に来ているという。9月入学を求める声は従来からあった。日本の大学は海外の一流大学と較べて受け入れている留学生の数が著しく少ない。一方で、日本の大学生の海外留学希望者は減少を続けている。新学期の開始時期を海外と同じにすることで、留学制度に関する障害を乗り越えることができるという意見である。

だが、秋入学制度への全面的変更は、単に留学の拡充にとどまる問題ではない。濱田氏はインタビューでいみじくも次のように述べている。「これまでは国内だけで十分な高等教育への需要があったため、それに応えて国内の労働市場に向けて人材を育てていればよかったのです」。

日本の大学はずっと、卒業生が日本の企業に就職する、あるいは日本にヘッドクォーターを置く組織に属することを前提としていた。学生の側も、大学卒の肩書きと教育内容に対して、それらが国内でのキャリアに結びつくかどうかのみを勘案してきたように思う。留学生や帰国子女を増やすのは、国内で純粋培養されて来た学生を刺激するためにすぎないという議論さえあったぐらいである。

バブル経済期に群れをなして外国に留学した人たちも、多くが帰国後のキャリアアップばかりを見据えていた。アジアからアメリカへ渡った優秀な人材が、卒業後もかの地にとどまり21世紀型のアメリカンドリームを追い続けた姿と好対照を成している。そして大学の側もそのことを不思議とは全く思わなかった。つまり教育の志向そのものが極めてドメスティックだったのである。東大はこのシステムの変更に本気でチャレンジしようとしている。

東大が目指す真のグローバル化

しかしながら、9月入学制度は東大だけで始めたとしてもうまく行かないだろう。東大に入学した学生は、高校を4月に卒業してから秋の入学までの半年間の「ギャップイヤー」を余儀なくされるし、企業や官公庁が従来の就職開始時期を変えなければ、卒業時にも同様の時間的隙間が生じて、合計で1年間のロスを甘受しなければならない。他大学と歩調を合わせた改革でなければ、日本における東大の名声がいくら高くとも、優秀な学生獲得の競争で取り残されかねない。さらには、日本の最も優秀な人材 (best and brightest)の争奪をめぐって、東大だけが海外の一流大学との競争にさらされる事態になろう。東大が真剣にこの議論を追求していこうとすれば、必然的に官公庁や企業への就職時期、さらには大学以前の学校の入学時期まで含めた、日本の教育システム全体の改変を求めざるを得まい。

もともと明治時代に外国の輸入で始まった日本の大学制度(旧制高等学校)は、教える教員の多くが外国人だったこともあって、西洋の伝統である9月入学をそのまま踏襲していた。しかし、政府機関が会計年度と就職開始時期を4月にしていたために、民間企業もその慣例に従っていたし、小中学校も入学時期を春に統一していた。その結果、入学時期と卒業時期の「隙間」をなくすことを求められた大学側が、4月入学に変更したという歴史を持っている。

ここまで社会に根づいたシステムを変更することは容易なことではないだろう。東大は、他大学や高等学校とも話し合いながら、これから5年程度を目処に実行に移したいと考えているようである。だが、この変革を実現するには、東大はより広範囲な社会全体に訴えて、大きな議論を巻き起こす必要がある。その過程の中で、入学時期の変更にとどまらず、20歳前に集中している現在の入学年齢の多様化を推進し、一方で企業の側にも通年採用による連続的な雇用の方式を採るように求めて行くことになろう。

このたびの試みは、グローバル化の影響が教育の現場に浸透し始めた表れである。だが、本来のグローバリゼーションとは価値の一元化ではない。むしろ価値の多様化の拡大と捉えるべきだ。東大は新しいシステムを取り入れることで苦しむだろう。それでも、その苦しみの延長にこそ、本来のグローバルな大学という姿が現れるに違いない。

(2011年9月21日 記)

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  • [2011.10.03]

慶應義塾大学総合政策学部教授。1958年大阪生まれ。スタンフォード大学大学院歴史学部博士課程修了(Ph.D.)。ロンドン大学・ウエルカム医学史研究所研究員、スタンフォード大学歴史学部・客員教授、上智大学経済学部教授・学部長などを経て、2013年から現職。主な著書に『アカデミックキャピタリズムを超えて:アメリカの大学と科学研究の現在』(NTT出版、読売・吉野作造賞)など。

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