日本、欧州債務危機、グローバル・ガバナンス

遠藤 乾【Profile】

[2012.03.19] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL |

ギリシャの財政危機から始まった欧州債務危機は、世界経済の不安定材料となっている。日本はこの危機をどう受け止め、行動するべきだろうか。

欧州債務危機は幾度目かの小康状態にある。周知のように、2009年末にギリシャの国債危機に始まった大混乱は欧州連合(EU)の実存的危機となり、世界経済の不安定材料となってきた。2011年末の欧州中央銀行による3年間の低金利の民間銀行向け巨額融資が功を奏した結果、今は一旦流動性危機が収まり、2012年2月半ばのユーロ圏財務相会合における合意を受け、ギリシャの無秩序なデフォルトも当面回避された。ここでは、その小康状態にあって日本はどう考え何をすべきかという視点から、この危機を論じよう。

欧州債務危機が日本にもたらす3つの影響

まず欧州債務危機の日本への直接の影響は、円高、アジア経済停滞、潜在的な国債危機の三重で生じると考えられる。

2月も終わりに近づくにつれ、2011年の激しい円高傾向も一息つきつつあるが、まだ製造業をはじめとする日本の輸出産業が潤う水準とは言いがたい。ユーロ安は、ユーロの信用不安という側面もあるが、特に南欧諸国の緊縮財政に伴う低成長、マイナス成長への対策として利子率を低めに保つ必要から、しばし続く傾向と考えられる。

この為替要因とともに、欧州債務危機は中国をはじめとしたアジア経済に悪影響を及ぼしてきた。近年のアジアの成長を支えた要因に、中国からEUへの輸出増やEU銀行団のアジアへの貸し付け増があった。欧州債務危機に伴う欧州内の経済停滞や貸し渋りは中国からの輸出を鈍化させ、欧州外への貸し渋りはアジアでの生産の鈍化を招いており、悪影響が避けられなかった。もともと中国経済は、特にリーマン・ショック以降、地価住宅バブル、労賃上昇、その他の社会不安を抱えていたのであるが、欧州債務危機に伴う欧州経済の収縮がそれに追い打ちをかけた格好となっている。この中国をはじめとするアジアの成長鈍化の波は、部品のやりとりなどで儲けてきた日本の町工場にも押し寄せる。

こうした円高やアジアの景気停滞は、タイの洪水などの影響とともに、すでに日本の貿易収支の赤字に大きく寄与しており、ひいては経常収支の赤字にいたるだろう。日本の産業が競争力を回復し、経常黒字がふたたび恒常化する可能性がないわけではないが、逆に赤字が恒常化するとなったとき、対GDP比で200%を超える日本の公的債務への市場のまなざしは、さらに厳しいものとなるだろう。

累積債務に対して魔法のような処方箋はない。支出を切り詰め、歳入を増やし、願わくば成長を続けるしかない。しかし、現在の日本の民主党主導の連立政権は弱体で、民主党の中も割れている。もし仮に増税が成立しない場合、欧州債務危機に始まる先述の客観情勢とも相まって、国債の利回りに変化が出てくる可能性が高い。そして、重い国家債務を抱え競争力を失ったイタリアの例にもあるように、一度市場に見放されると、その信用を回復するのには大変な政治的、経済的費用を要することになる。今のうちに手を打つ方が、十中八九、痛みは少ないだろう。

金融のグローバル化に責任ある将来像を

次に、日本をめぐるこうした欧州債務危機の直接的な影響を超え、より長期的に考えておくべき問題がある。それは、どんなに後向きになってもやまない金融グローバル化の潮流とそれに伴うグローバル・ガバナンスの必要である。

外国為替市場の取引高は、国際決済銀行の2010年4月段階の調査で1日平均約4兆ドルに上っている(ここにはいわゆるフォワードや為替スワップ取引も含まれる)。スポット取引だけを取っても、1日当たりの為替市場取引高は約1.5兆ドルである。これは2004年の0.6兆ドルからすると、7年で2.5倍の規模に膨れ上がったことを意味する。このペースで年間250日の取引が行われると、同年の世界貿易の66倍の取引高となり、控え目に見積もっても9割超が投機的な性格のものという。これをそのまま放置しておけば、現在の小康状態は常に次のより大きな危機への踊り場でしかない。

現在進行形のグローバル化は、グローバル化の時代と言われた1990年代を終えてなお、2000年代に入っても続いている潮流である。その時代、日本は失われた10年から20年を過ごし、日に日に内向きになり、みずからが世界第3位の経済大国であり、グローバル化の受益者であるにもかかわらず、世界の運営に関与する意志を徐々に失ってきた。

すでに着手済みの施策がないわけではない。リーマン・ショック直後にIMFへ1,000億ドルの融資を行ったり、韓国や東南アジア諸国で起きうる流動性危機に対して前もって通貨スワップ協定をアップグレードしたり、最近でも日中共同で拠出金を増額してIMFの機能を強化するなど、広い意味で現下の危機に際し、手を打ってきてはいる。しかし、これらは対処療法的なものが多く、資本移動の自由化に起因する根強いグローバルな不安定化作用に対する抜本的な構想を描けぬままでいる。

よく見ると、独仏首脳が国際資本取引税のアイディアを提唱し、米財務長官が経常黒字滞留国への対策を打ち出している。日本は、次の危機まで時間を与えられている。この時間を利用し、自分の持つ政策資源と他国との連携可能性をよく見極めて、日々深化しゆくグローバル化のガバナンスに対し、もう一歩踏み込んで、より安定した世界の構築を追求するべきであろう。

(2012年2月24日記)

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  • [2012.03.19]

北海道大学法学部教授(国際政治、EU研究)。1966年生まれ。北海道大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。英国オックスフォード大学政治学博士号取得。伊ヨーロッパ大学研究所ブローデル上級研究員、パリ政治学院客員教授、米ハーバード法科大学院エミールノエル研究員を歴任。著書に『グローバル・ガバナンスの最前線』(東信堂、2008年)、『ヨーロッパ統合史』(名古屋大学出版会、2008年)、『EUの規制力』(日本経済評論社、2012年)など。

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