安全で快適な自転車走行空間の確保に向けて

小林 成基【Profile】

[2012.02.24] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | العربية |

自転車の原則車道走行を徹底する通達が警察庁から出された。自転車活用政策の提言とりまとめに携わってきた小林成基氏は、時代にふさわしい道路交通の整備のための環境が整ったと評価する。

2011年10月、政府は「自転車は車両」との認識を前提とした通達を各地方自治体および警察に示した。定められた法規の遵守によって道路上の交通秩序の回復を目指す方針は、メディアを通じて国民に伝わったが、自転車は歩道を走るものだという「日本人の常識」をくつがえすものとして反発する人々の声も報道された。通達を示した当の警察庁や、各県警察の幹部までが、これまでどおり歩道通行を認める趣旨を発言し、国民の間に少なからぬ混乱を生じさせた。

「自転車は歩道走行」という誤った常識

そもそもの発端は、1970年(昭和45年)に道路交通法を改正し、車両である自転車の歩道通行を認めたことにある。当時は急増する自動車による交通事故が多発し、道路上の邪魔者を排除して自動車交通を円滑かつ安全にすることが至上命題であった。車道から排除されたのは自転車だけではない。道路の中央を占領していた路面電車は次々に廃線の憂き目にあい、幹線道路への歩道設置が進められた。自動車の通行の妨げとなるリヤカーや荷車、馬車などの緩速交通は車道から追い立てられ、姿を消した。

主に人の移動の手段としてもてはやされていた自転車が走る場所を失い、使われなくなった多くのヨーロッパ諸国と異なり、日本では歩道という、自転車にとって安全な空間が提供された。そのため、自転車は今日にいたるまで交通分担率において1割以上を維持し続けてきた。いったん自転車交通を忘れ去った社会では、国家戦略を掲げて自転車利用を推進しても、なかなか回復しない。英国は1%台、フランスは4%など大国が軒並み数‰の交通分担率にまで下落したことに比べると、日本の場当たり的と批判される歩道通行可政策が、自転車交通分担率を高く維持することにつながったことは評価すべきなのかもしれない。

ただ、モータリゼーションの台頭に正しく対応しようとしたドイツが、自転車走行空間をいち早く整備し、10%前後の分担率を維持した歴史を振り返ると、やはり狭い歩道に歩行者と自転車を混在させることで解決しようとした判断は誤っていた。同時期に自転車の歩道通行を法制化したノルウェーが、その後、車道側に走行空間を整備したにもかかわらず、いまだに半数が歩道を走っていることからも分かるように、いったん一般化した誤った習慣は是正が難しい。(※)

本来、安心して歩くことのできる空間として整備された歩道が、1970年の法改正によって自転車に占領され、他の先進国では見られない歩行者対自転車の事故が頻繁に起きるようになった。この問題は法改正後すぐに提起され、1978年には自転車通行可の標識を掲げた歩道に限定し、なおかつ徐行を義務づけるなどの措置を講じたが、既に自転車の歩道走行は国民の常識となっていた。

歩道通行の常識化を黙認してきた結果、歩道こそ自転車の走行すべき空間だと勘違いした人々が、歩行者との事故を頻発させた。道路を整備したり、交通規制を担当する政府機関までが、歩行者の安全を高めようとして歩道上に自転車通行部分を表示するなどして、逆にその勘違いを助長した。

その後、バブル経済の破綻、環境意識、健康志向、デフレーションやリーマンショックなどを背景とした生活防衛意識の高まり、そして2011年3月11日の東日本大震災がもたらした都市交通の脆弱さへの気づきによる自転車通勤の増加が続くなかで、自転車の利用増加が大都市を中心にくっきりと見えてきた。

自転車の性能を生かした環境整備へ

自転車利用者の増加は、相対的に事故を増加させ、特に歩行者とのトラブルを社会問題化させた。交通弱者の安全を確保すべき道交法が有名無実化しているとの反省から、警察庁は冒頭の通達を発表し、自転車の走行が可能な道の整備を求めた。道路整備を担当する国土交通省側に言わせれば、歩道通行の常識化を進めた警察側の施策が車道の自転車走行空間整備への意欲を削ぐ風潮を促してきた経緯があり、ようやく双方の認識が一致して、ハードとソフトの両面から走行空間整備を始める環境が整った。

両省庁は、安全で快適な自転車走行空間の整備を具体化するためのガイドラインづくりに取りかかっている。早く安全、快適に走行できる自転車環境を整備しなければ、弱者を守るという民主主義国家の根底が揺らぐことになる。現段階で障害となっているのは、国民の無関心と無理解である。

だが、それもやがて解決するだろう。既に世界最高となった超高齢社会では、反射神経が衰えた高齢者をいつ何時事故を起こすかもしれない自動車運転から解放する必要がある。原油調達価格は超円高の効果で抑えられているとはいえ、20世紀中の平均単価の5倍から10倍で推移しており、やがては市中のガソリン価格に反映され、庶民はガソリンエンジン車以外のパーソナルな移動手段を必要とするだろう。

時代にふさわしい道路交通におけるライフスタイルを確立するには、歩行者に歩いて暮らせる街を約束すること、自転車利用者に安心して走行できる道路空間、特に交差点を与えること、クルマの運転者に利便を享受する権利に見合う慎重さと法令遵守を求めることのそれぞれが実現しなければならない。自転車の車道通行原則が打ち出された今、自転車が自転車本来の性能をフルに活かして利用できる環境整備に向けて、日本社会は着実に前進しようとしている。

(2012年2月13日記)

(※1)^ 元田良孝(岩手県立大学総合政策学部教授)「ノルウェー自転車政策調査報告書」(平成 22 年 7 月 1 日)より。

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  • [2012.02.24]

NPO法人「自転車活用推進研究会」理事長・事務局長。1949年生まれ。駒澤大学文学部卒。広告会社勤務、衆議院議員政策秘書、社会経済生産性本部主任研究員などを経て、自転車活用推進研究会を設立。国交省、警察庁、自治体の自転車関係会議委員を務める。

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