日本は経常赤字国に転落するか?

佐藤 健裕【Profile】

[2012.04.04] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

2011年の日本の貿易収支は31年ぶりの赤字となった。貿易収支や所得収支などを合計した経常収支でも前年に比べて黒字が大幅に減少。貿易収支の赤字化によって、いずれ経常収支も赤字化するのか。モルガン・スタンレーMUFG証券の佐藤健裕チーフエコノミストが分析する。

2011年の貿易収支が31年ぶりの赤字となったことで、日本の経常黒字の持続性に関する議論が活発化している。市場参加者のなかには経常黒字が早ければ向こう2~3年程度で消滅するとの意見も見受けられる。ただし、我々(モルガン・スタンレーMUFG証券)はそうした見方を取らない。時期を明示することは難しいが、世界でダントツの250兆円超の対外純資産を背景とした安定的なインカムゲイン(配当や利息などの収入)があるため、少々の貿易赤字では経常収支は赤字化しない。このため、黒字の累積とともに対外純資産がさらに積み上がるというプラスのフィードバックループが働く。

ザックリとした感触では少なくとも今後10~20年程度、経常収支は赤字に転じないであろう。市場インプリケーションとしては、予見し得る将来において、政府の財政ファイナンスは国内で完結するため長期金利は低位安定しよう。

所得収支の黒字が持続する理由

我々が経常赤字化を見込まないのはおおまかに以下の理由による。

(1)輸出面では、円高による製造業の生産拠点の海外移転により日本の輸出が減少するとの議論は一般受けしやすいが、日本は資本財や原材料輸出に強みがあることやアジアへの近接性から歴史的円高でも輸出の基調は頑健である。実際、過去に企業は趨勢的に海外生産比率を高めてきたが、日本の輸出はそれとともに増加してきたという実績もある(図1)。

(2)輸入面では原発全停止によるエネルギー輸入の増加が赤字要因となる。しかし、原発全停止の場合のエネルギー輸入増加額は大きめに見積もってもせいぜいGDP比1%程度にとどまるため、エネルギー輸入増加のみで貿易収支が恒常的に大幅な赤字になる可能性は低い。

(3)所得収支は支払い側に配当を多く含み、不況時には支払いが減少してクッションの役割を果たすため、構造的にカウンター・シクリカルである(景気変動サイクルに対して強みを持つ)。かつ上述のように250兆円を超える対外純資産からの対価も海外金利の変動の割に安定的で、所得収支の黒字の基調は極めて頑健である。

(4)国内民間貯蓄投資差額の持続性の面からは、高齢化により家計部門の貯蓄投資差額は悪化するとの通説に反し、同部門の貯蓄率はむしろ上昇ないし安定傾向にあり、企業貯蓄もデフレ下で持続的である。家計貯蓄率が高齢化の割に低下しない理由としては、将来不安の強さから家計は引退後も貯蓄を増やしている可能性がある。

上記のうち、所得収支の黒字の持続性を考える上で問題となるのは最近の海外金利の低下である。対外資産の運用利回りは足許3%弱あるが、このところの海外長期金利の低下を受け、先行きのリターンは低下するとの見方が多い。例えば、対外純資産の一部である外貨準備における外貨証券の満期構成をみると、1年以下が17.7%、1年超5年以下が56.6%、5年超が26.7%となっている。それらの多くは米国債に投資されていると考えられる。足許の米5年金利は1%前後だが、この状況下で満期を迎えた資産が単純に同年限に単純に再投資された場合、5年後の平均リターンは1%程度に低下すると見込まれる。

海外金利低下の影響は少ない

ただし、過去20年超にわたり米長期金利が趨勢的に低下した割に、所得収支の受け取りは意外なほどその影響を受けていない(図2)。その理由は主に以下の2点である。

第1に、所得収支のうち、債券利子の割合は趨勢的に低下する一方、足許は配当の受取割合が増加しつつある。こうした配当は対外株式投資にかかる配当のほか、海外に生産子会社を立ち上げ、そこから得られた利益が還流していると考えられる。こうした利益配当の増加は製造業の生産拠点の海外移転に伴う完成品輸出の減少と同時に進行しており、世界経済の動向を敏感に反映して増減する。海外金利の低下により確かに対外債券投資にかかる利ざやは圧縮されるかもしれないが、こうした配当の増加が所得収支を実は支えている面が大きくなっている。

第2に、海外金利の低下でも対外純資産が増加しているため、利ざやが圧迫されても資産残高の伸びにより所得収支の受け取りが維持されている面もある。例えば15年前の対外純資産は約100兆円であったが、足許は250兆円と約2.5倍に拡大している(図3)。この場合、債券投資にかかる利ざやが半分に縮小しても残高が2.5倍に増えているために全体として運用リターンは増加することになる。このように考えると、所得収支の黒字は海外金利の低下影響を意外に受けにくいメカニズムが納得できよう。

中長期的には、成長力のあるアジアなどの証券市場へ運用対象の多様化を図ることで、先行きも対外資産の利回りを維持する試みが官民双方でなされると考えるのが自然であろう。実際、財務省が少額ながら中国の国債を購入することを先般表明した。これは官の側における資産の多様化の一例だが、民間部門でも同様の変化が随所で起こっていると考えるのがむしろ自然であろう。

財政赤字のファイナンスは国内で完結

結論として、3兆ドルに及ぶ世界でも断トツの対外純資産の存在により日本の経常黒字構造は頑健性が高く、容易に赤字に転じそうにない(図4)。経常黒字であるということは、為替変動影響を無視すれば、それだけ対外純資産がさらに積み上がることを意味する。そこから新たなインカムゲインも発生するのである。日本が経常黒字を維持する限り、政府の財政赤字は民間部門の貯蓄投資差額でファイナンスされるため、財政赤字のファイナンスは国内で完結し、財政危機は表面化しにくい。無論、財政危機を避けるためには、財政均衡に向けた不断の努力も重要で、政府はその点真剣である。日本では南欧諸国で問題となったような財政ファイナンスの問題がマクロ的な理由から表面化しそうにないのである。

(2012年3月16日 記)

  • [2012.04.04]

モルガン・スタンレーMUFG証券チーフエコノミスト兼債券戦略部長。1985年、京都大学経済学部卒業後、住友銀行入行。1999年、モルガン・スタンレー証券入社。2010年から現職。

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