日本における武道教育のあり方

甲野 善紀【Profile】

[2012.06.05] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL | العربية | Русский |

2012年4月から中学校で武道教育が必修とされた。安全性の面から反対意見が出ているが、武術研究家、甲野善紀氏はそもそも現状の学校制度で武道を必修化することの問題点を指摘する。

日本は近代化する明治維新まで数百年にわたって、“武士”という軍事担当者が政権を握っていた国であった。そのため、今でも日本人というと、何らかの武術・武道を身につけているのではないかと外国人から思われる事があるようだ。

近代史に見る日本の武術

確かに日本は一時的な軍事政権ではなく、日本固有の文化として根付いた、武士を頂点とした士農工商の身分制度を確立させて社会を統治してきた。しかし、日本の身分制度は一見カッチリと固まっているようで、実質的にはかなり流動性のあった体制だった。

それだけに表向きは農民・町人といった庶民が武術を学ぶ事は禁止されていたが、実際にはこの法令はあまり守られておらず、特に幕府直轄の天領などでは農民や町人がおおっぴらに武術を学んでいた。例えば幕末に幕府の体制保持のため倒幕運動と正面から戦った新選組は、そのトップであった局長近藤勇も、副長の土方歳三も、武士ではない農家の出身だったし、隊士の中にも武士以外の身分の出身者は少なからずいた。

そうした人物は、皆武士に憧れて武術を学んでいたわけであり、強制的に武術を学ばされた者は一人もいなかったと思う。それが時代が変わり、明治となって、徴兵制が敷かれ、よほど虚弱な人間以外は好むと好まざるとに関わらず、軍事訓練を受けなければならなくなった。

そして敗戦。GHQは当初徹底して日本の軍事的体質を潰すため、武道色のあるものは一切禁止していたが、その後、同盟軍としての日本の役割を高める方向に方針を転換した事もあり、武道に対する禁圧もなくなった。

そして年月が経つうちに柔道、剣道といった武道は、他のさまざまなスポーツ競技と同じような発達を遂げてきた。それが近年、「日本の伝統と文化の尊重」のためという名目の許、中学校で柔道を主とし、一部剣道や合気道といった武道を取り入れようという教育方針が打ち出され、今年2012年からはそれが必修化される事が決まった。

学校教育での武道必修化の問題点

武術に関わる者の一人として「この事をどう思うか」という質問が、マスコミからいくつか私のところに寄せられた。この質問に対して単純に答える事は難しいが、現状の学校制度で無理やり武道を必修化することは数々の問題点があり、賛成か反対かと質問されれば、私は反対という他はない。

その理由は、まず興味もない者に無理やり武道を教えても、教えられた生徒達が、それによって日本の伝統文化が素晴らしいとは、とても思わないだろうということである。そして、この事は武道に興味を示した生徒達に対して行なっても同様だと思う。なぜかというと、もし中学の授業で柔道を教わった生徒の中に、レスリングをやっていた生徒がいた場合、その生徒は柔道を学ぶ事によって、日本の伝統文化を尊重する思いが芽生えるだろうか、という事である。

つまり、柔道を行なう事で、レスリングにはない日本の伝統と文化を、その生徒が実感をもって「素晴らしい」と感じる為には、「そうか、こういう思いがけない体の使い方が日本にはかつてあったのか」と興味と関心を示さなければそうならない訳だが、果たして現在の日本の武道がそういう感動を生徒達に提示出来るのか?という根本的問題があるからである。

現在、柔道とレスリングの違いは、ほとんどルールだけであり、その身体の使い方やトレーニング方法に大きな違いはなくなってきている。柔道着を着て、柔道のルールで行なえば、柔道選手が有利であり、レスリングのユニフォームでレスリングのルールでやれば、圧倒的にレスリングが有利だという事は、すでに広く知られている事実である。

和洋折衷化された日本の武道

日本の伝統文化としての身体文化である武術が素晴らしいのなら、レスリングと戦っても、その有効性を発揮出来なければならないが、かつての合気道開祖・植芝盛平、鹿島神流十八代・国井善弥といった傑出した武術家には、そうした例があるものの、現状ではそうした事を実際に行なって見せられる者は極めて少ない。その理由の1つは、明治以後、日本が西洋に憧れ、その文化を取り入れ、いままでの日本の文化の上に接ぎ木をした和洋折衷を盛んに行なったが、それは武術といえども例外ではなかったからである。

明治以後の欧風化された身体使いは、日本の武道に現在も深く染み付いている。例えば、現代剣道では胸を張った姿勢が剣道らしい「いい姿勢」という事になっているが、日本古来の剣術における自然な姿勢は、そのようなものではなく、もっと胸が落ちた、ややうつむき加減の、現在の常識から見れば決して褒められはしない姿勢であるし、竹刀の持ち方にしても、現代剣道のような竹刀の柄を持つ左右の手の間を離した持ち方は、幕末に長竹刀が流行し、さまざまなスタイルが試みられた中の一つの方法に過ぎないからである。

古文書をよく調べ、また実際に試みてみると、両手を寄せて柄を持った方が、腕が働かず、体幹部が働くので、竹刀でもそうだが、真剣の場合は一層その方が迅速に刀を動かすことが出来るものである。つまり、現在広く行なわれている剣道は、日本の伝統として古くから伝わっていたものとはずいぶん変わった、欧化啓蒙主義により改変されたものである事が分かる。

柔道にしても、これは明治の初め、野蛮と蔑まれた武術の中でも柔術を学んだ講道館柔道の創始者・嘉納治五郎が、テコの原理など力学の原理をもって柔術を説明し、科学的にも説明のつく柔道として新しく打ち出したものであり、そのため、そこにはかつての柔術にあった一点接触でも相手を崩した微妙な身体操作の原理が盛り込まれる事はなかった。

「受け身」を身に着けること

こうして振り返ってみると、日本の近代化と共に改変されてきた日本の剣道や柔道は、かつての精妙さを競った日本武術の伝統とはずいぶん違ったものになってきたと言わざるを得ない。ただ、それでも最近の日本人の身体能力の低下ぶりを見ていると、何もやらないよりは、何かやった方がいいのではないかという気はしてくる。特に2本足で歩いている人間にとって、転倒は最も起こり得る非常事態である、そうした際に怪我をしないように我が身を守る“受身”は、柔道なり合気道なりを参考にして、体育の第一歩として小学校の低学年、あるいは幼稚園の時から身につけさせるべきだと思う。

ただ、それは、本来はそうした事に配慮しなければならない文部科学省の役目なのだが、いまさらそれを言い立てても仕方ないので、もし柔道を学校で教えるのなら、子供達が将来転倒して怪我をしないように、受身をしっかりと身につけさせるようにしたらいいと思う。

そして、そうした活動を通して、無理なく武道に関心を持たせる方向を示しておく事が、大人が子供達に武道を伝える最も自然な方法ではないだろうか。本来学習というものは強制してやらされた場合と、興味と関心が出て自ら進んで行なう場合とでは、その学習能力に天地の開きが出るものである。

子どもたちに必要なのは体を使った教育

私は、かねてから、小学校の低学年は国語と歴史と体育があればいいという持論を持っている。国語はさまざまな事を学ぶ上でどうしても必要だし、後は算数も理科も全部歴史の中に組み込み、人類が原始時代からどのように文明文化を構築してきたかを教えながら、各教科を時代を追って総合的に教えれば、子供達も納得がいき、興味も湧くだろう。何しろ子供というのは本来好奇心の塊で、何でも知りたがるものだから。そして、そうした学びをより一層子供達の心に印象づけるためには、体を使って作業する事がより効果的である。

例えば、地面に杭を打ち込んで、その間隔が5メートル、4メートル、3メートルになるような三角形を作り、そこにロープを張れば直角三角形が出来てピタゴラスの定理を学ぶ事になる。つまり工作も算数も兼ねて、身体を使って体育として学べば、そうした事は将来さまざまな形で応用が利く活きた学問となるだろう。武術とは本来「人間にとって切実な問題を最も端的に取り扱うもの」と定義している私としては、このような応用が利く学び方を子供の頃から経験させることが大切な事だと考えている。

原発事故や超過債務など、ますます混迷を加える現代の社会にあって、自らの進退を自らで管理する能力を高めるという点で、武術は他に較べようがないほど優れたものを持っていると思うが、それも学び方によっては逆効果になる恐れも否めない。まずは、大人が目先の経済効果ばかりを追わずに、「人間が生きるとはどういう事か」という本質的問題に目を開くことが重要だと、私は最近痛切に思うのである。

(2012年5月13日記)

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  • [2012.06.05]

1949年生まれ。武術研究家。合気道、鹿島神流、根岸流等を学んだ後、1978年に松聲館道場を建てる。2003年まで武術稽古研究会を主宰。人の身体の仕組みに逆らわず、負担を減らす術理、技法を研究し、現在、各地で主に武術に関する講座や講習会を行っている。主な著書に『武道から武術へ 失われた「術」を求めて』(学研、2011年)、『剣の精神誌』(筑摩書房、2009年)など。

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