核武装する韓国?

木村 幹【Profile】

[2012.06.27] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 |

韓国与党、セヌリ党から大統領選挙立候補を表明した鄭夢準氏が「韓国の核武装」を主張した。韓国内のこうした動きをどうとらえるべきなのか、朝鮮半島が専門の木村幹教授が、東アジアにおける「核の傘」の視点から解説する。

韓国では12月の大統領選挙に向けて、候補者間の前哨戦が過熱している。なかんづく、活発な運動を展開しているのは、選挙で劣勢が予想されている弱小候補者達である。彼等は、与野各党内における予備選挙、特にその序盤戦で生き残る必要があり、自らの存在感を積極的にアピールしている。だからこそ、時に過激とさえ思える発言が飛び出ることになる。我々は、そこに韓国政治において許容されるものとそうでないものとの間の一線を明確に見ることができる。

大統領予備選候補から出た「核武装論」

その1つが、与党、セヌリ党からの大統領選挙立候補を表明した鄭夢準元ハンナラ党代表から飛び出した発言だ。同氏は6月4日の記者会見で「北朝鮮の核を抑止するためには韓国も核武装すべき」と主張した。鄭夢準は、「北朝鮮の核武装はすでに現実になった」として、「韓半島の非核化に向けた外交努力はすでに失敗」したと断定した。にもかかわらず、「韓国は相変わらず米国に依存したままの核戦略しか持っていない。そのため韓国も今すぐ独自の核兵器を持つべき」だと言うのである。

もっとも、今年5月に行われた朝鮮日報の世論調査によれば、鄭夢準への支持率はわずか1.5%にしか過ぎず、彼がセヌリ党内の予備選挙に勝利し、大統領選挙に進む可能性はほとんど存在しない。現代財閥の御曹司として生まれ、2002年のサッカーワールド杯誘致の功労者である彼も、それから10年経った現在では泡沫候補の1人にしか過ぎないのである。にもかかわらず、この発言が注目されるのは、それが核武装を主張しているからでもなければ、北朝鮮に対する強硬路線を主張しているからでもない。問題は、それが「米国に依存したままの核戦略」の限界を明確に述べていることなのである。

北朝鮮、中国をめぐる国際関係

背景にあるのは、今日の韓国をめぐる微妙な国際情勢に他ならない。基礎になるのは北朝鮮において進む核武装である。鄭夢準が述べているように、北朝鮮の核武装は既成事実化しており、国際社会はこれに有効な手を打てていない。にもかかわらず、アメリカは東アジアへのコミットメントを低下させており、在韓米軍の削減も検討されている。李明博政権になって関係は改善されたものの、世界的な景気後退ともあいまって、アメリカの軍事費削減は避けられない情勢である。そして実際、韓国と同じく自らの大統領選挙を控えたアメリカにおいて朝鮮半島情勢に対する関心は低く、それが世論において真剣に議論される兆しさえ存在しない。

韓国を取り巻くもう1つの黒雲は拡大する中国の影響力である。後退するアメリカの影響力とは対照的に、中国の国力は増大の一途であり、韓国を大きく圧迫するに至っている。緊迫する南シナ海の情勢とは異なり、中韓関係において重要なのは、軍事的緊張関係よりも、韓国の中国に対する経済的依存の拡大である。2010年現在で、韓国の輸出に占める中国のシェアは実に40%近くに達しており、高まる中国への依存は、両国の市場規模の差が6倍以上あることともあいまって、韓国の中国に対する行動の自由を大きく束縛するに至っている。

こうして考えれば何故、鄭夢準が「核武装」などという、おおよそ、国際社会において認められないであろう主張を大統領選挙立候補における重要公約の1つとして打ち出したかがわかる。つまり、そこにおいて表現されているのは、核武装する北朝鮮と膨張する中国の脅威の前に、一人で放り出されかねない状況に置かれている韓国の苛立ちなのである。仮にアメリカが自らを見捨てるのなら、自分達の国は自分達の力で守るしかない。「核武装」は、いわばそのためのシンボルであり、「恫喝」の役割を果たしているのである。

このような状況から思い起こされるのは、韓国が1970年代にも一度、核開発に着手したことである。当時の背景にあったのも国際情勢の変化だった。ベトナム戦争におけるアメリカの敗北とデタントの中、1976年の米大統領選挙で在韓米軍全面撤退を掲げたカーターが当選した。このような状況が韓国をいったんは核武装への道を歩ませることとなった。このように朝鮮半島を巡るアメリカの動向は、この地域の核をめぐる状況と密接な関係を有している。

とはいえ、そのことは韓国が近いうちに「核武装」に進むであろうことを意味しない。言うまでもなく、韓国の国力で単独で中国に立ち向かうことは不可能であり、また多少の核武装が中韓間の軍事バランスを大きく変えるわけでもない。逆に核武装に踏み切れば米韓同盟が致命的な破綻を見るのは明らかであり、韓国が敢えてそのリスクを冒して、その方向に足を踏み入れるとは思えない。その意味で、鄭夢準の発言はしょせん、泡沫候補者のギャンブルに過ぎず、しかも成功しているように思えない。

東アジアにおける「核の傘」

しかしながら、重要なのはその点ではない。指摘すべきことは、これまで東アジアにおいて一方の「核の傘」を提供してきたアメリカの戦略転換が、必然的にこの地域における核兵器をめぐる状況に重大な影響を与えることである。翻れば、そもそも北朝鮮において核武装に向けた本格的な動きが開始されたのも、それまで同国に「核の傘」を提供してきた中ソ両大国の日米韓三カ国への接近をきっかけとしたものだった。「核の傘」を失った者が、その回復を求めて自らの「傘」を用意しようと試行錯誤する。その意味で、東アジアの状況はある意味、極めて単純なのである。

そして同じことはわが国においても言うことが出来る。日米関係の悪化はすなわち、わが国における安全保障の危機をもたらし、そこから独自の核武装の議論が生まれることとなる。しかしながら、多少の核武装でこの地域の勢力バランスを変えることは不可能であり、逆に我々が失うであろうものは計り知れない。韓国における米韓同盟がそうであるように、日米同盟もまた、我々が無用な軍事的冒険をする必要がないような重要な歯止めとなっている。アメリカをこの地域に引きとめることの重要性。韓国の事例はそのことを如実に示しているのである。

(2012年6月26日記)

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  • [2012.06.27]

神戸大学大学院国際協力研究科教授、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。1966年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科博士課程中退。博士(法学)。ハーバード大学、高麗大学、世宗研究所、オーストラリア国立大学、ワシントン大学等の客員研究員を歴任。主著に『韓国における「権威主義的」体制の成立』(ミネルヴァ書房/2003年、サントリー学芸賞受賞)、『日韓歴史認識問題とは何か』(ミネルヴァ書房/2014年、読売・吉野作造賞受賞)など。

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