円・人民元直接交換取引の開始と今後の展望

露口 洋介【Profile】

[2012.08.03] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

今年6月、日本と中国の外国為替市場で円と人民元の直接交換取引が開始された。その背景と今後の行方を元日銀北京事務所長の露口洋介・信金中央金庫上席審議役が解説する。

6月1日、円と人民元の直接交換取引が日本と中国の銀行間外国為替市場で同時に開始された。日本政府による中国国債の購入計画と並び、日中両国の金融協力の深まりを示す象徴的な出来事だ。

「日中金融協力合意」の概要

2011年12月、北京を訪問した野田佳彦首相は、中国の温家宝首相との間で、下記の内容の「日中両国の金融市場の発展に向けた相互協力の強化」に合意した(以下「合意」)。

(1)両国間のクロスボーダー取引における円・人民元の利用促進

(2)円・人民元間の直接交換市場の発展支援

(3)円建て・人民元建て債券市場の健全な発展支援

(4)海外市場での円建て・人民元建て金融商品・サービスの民間部門による発展慫慂(しょうよう)

(5)上記分野における相互協力を促進するため、「日中金融市場の発展のための合同作業部会」の設置

6月1日に開始された円・人民元直接交換取引は、上記の「合意」(2)を実現したものだが、「合意」の(1)と(2)は密接に関連している。

まず(1)についてみると、日本と中国の二国間の貿易取引の通貨別比率についての公式統計はないが、現状3~4割が円建てで、人民元建ての取引は1%に満たないものと見られる。これ以外の大部分はドル建てである。

中国は、2009年7月に人民元による対外決済を認めた。これは、過度のドル依存から脱却し、利用通貨のバランスの取れた多様化を進めるためだ。日中間の取引であれば、第三国通貨であるドル建てではなく、それぞれの通貨の円か人民元建てで行おうということだ。これが合意(1)の内容である。

しかし、金融政策の有効性に対する懸念や為替レート管理上の必要から、中国では資本取引や為替管理面の規制が依然として多く残されており、当面、人民元は対外取引にとって不便な通貨にとどまるだろう。そこで中国が円建てでも良いという考えを示したことが重要となる。円建て比率が上昇すれば、特にヘッジ手段の乏しい日本の中小企業にとって為替リスク軽減となる。

次に、「合意」の(2)であるが、円建て取引の場合、中国の輸入企業は人民元の円への交換を銀行に依頼し、円を日本に送金する。このような交換に応じた銀行は、為替リスク回避のために今度は銀行間市場で円を買って人民元を売ろうとする。このとき、銀行はまず人民元を売って米ドルを購入し、その後ドルを売って円を購入するというように、ドルを介在させた2つの取引に分解することが一般的だった。これは、人民元とドル以外の外貨の間の売買ニーズが少なく、同時に同量の円売り人民元買いを希望する取引相手を見つけることは、コストが高く、困難であると考えられていたためだ。この結果、銀行間市場における人民元の取引相手通貨はほぼ100%がドルであった。

このように、従来は円・人民元取引のニーズが少ないため、ドルを介在させた2つの取引に分解したほうが低コストだった可能性がある。しかし、日中間の貿易取引の増加に伴い円・人民元の直接取引のニーズも急速に増大しており、すでに取引コストが十分低くなっているかもしれない。このコストは主に銀行間為替売買市場における売値と買値のスプレッド(差)で表される。図1に示すように円・ドル売買のスプレッドが1単位、ドル・人民元売買のスプレッドが1単位と仮定すると、円・人民元直接取引のスプレッド(χ)がもし3単位であったとするならば、ドル経由の円・人民元取引のスプレッド(円・ドル、ドル・人民元各取引のスプレッドの合計=2単位)の方が小さくなるため、すべての円・人民元取引はドル経由で行われる。しかし、円・人民元直接取引の取引量が増加し、χが例えば1.5単位に低下した場合、円・ドル、ドル・人民元の取引ニーズは円・人民元の取引ニーズとは別途存在し、それぞれのスプレッドは1単位で維持されるので、ドル経由の円・人民元取引のスプレッドは2単位のままとなり、円・人民元直接取引のスプレッドの方が小さくなる。この結果、円・人民元間の取引ニーズはドル経由から直接取引に移行するだろう。

また、ドルを介在させる取引では、アジアの営業時間帯とニューヨークの営業時間帯の時差から、ドルの支払いを確認する前に円や人民元を支払わざるを得ないという時差リスクが存在する。円・人民元の直接取引によって、このような時差リスクを大幅に軽減することができる。以上が合意(2)の内容である。

円・人民元直接交換取引の開始

中国では、銀行間の為替売買取引は上海の中国外貨交易センターに集中される。ここで人民元との間で取引することが認められている外貨は、円、ドル、ユーロなど9通貨に限られている。そして現在26行指定されているマーケットメーカーが外為売買取引について売値と買値を提示し、その価格で取引に応じる義務を負う。

本年6月1日以降、中国当局は円・人民元取引専門のマーケットメーカーを新たに10行指定した。10行は常時、円・人民元取引の売値と買値を提示し、取引に応じる義務を負うこととなり、円・人民元の直接交換取引が必ず成立するようになった。

一方、東京では本年6月1日以降、大手銀行を中心に、ブローカー経由のボイスブローキングの体制が整えられ、円・人民元直接取引が開始された。取引の対象となっている人民元は「CNH」と呼ばれるオフショア人民元である。(※1)これは、東京においてオフショア人民元銀行間市場が事実上スタートしたことを意味する。

報道では、東京では初日に8億元(約100億円)程度の取引が行われたとのことであり、上海でもこれまでのところ1日あたり数百億円と相応の規模の取引が行われているようだ。また銀行間取引のスプレッドについても東京、上海とも従来のドル経由の場合のスプレッドに比べ、縮小しているようだ。

企業など顧客に対する売買スプレッドの変化については必ずしも明確ではない。しかし、中国では、大手銀行が公表している対顧客レートの売買スプレッドが6月初めを境に縮小した(図2)。あくまで参考レートとされているので、実際に企業が公表レートで取引できるとは限らないが、対顧客公表スプレッドを縮小させたということに、円・人民元直接交換取引を拡大していこうという中国サイドの意図が読み取れる。

円の将来に画期的な取引

円・人民元直接交換取引の開始は、日中双方の経済にとって望ましいだけでなく、東京市場や円の将来を考える上でも画期的な出来事だ。この直接交換が今後も発展していくためには、それが取引当事者の利益となることによって、円・人民元の為替取引の基礎となる円・人民元建ての取引(貿易や投資など)の数量が拡大していくことが必要だ。この点で、「合意」の(1)クロスボーダー取引における円・人民元建て取引の増加と、(2)円・人民元直接交換取引の発展の間には密接な関係がある。円・人民元建ての取引が増加すると銀行間市場のスプレッドや対顧客取引の売買スプレッドが縮小する。今度はこれが円・人民元建て取引の増加につながるという好循環が期待される。

その前提として、中国側では人民元の対外取引に対する規制の一層の緩和が求められる。規制の緩和は、「合意」の「(3)人民元建て債券市場の発展」と「(4)海外市場での人民元建て金融商品の発展」を推進する。例えば、(3)では日本政府による人民元建て中国国債の購入がすでに手続きの段階に入っているし、日本の国際協力銀行による中国国内での人民元建て債券の発行も予定されている。これらの過程で双方の実務手続きの整備や中国の規制緩和が進むことが期待される。また、東京市場で人民元建て債券発行で調達した人民元を、より自由に中国国内で使用することができるようになれば、人民元建て債券の発行が活発となり、その債券に投資する人民元を得るための円・人民元売買も増加し、(4)が進展する。

日本側では、円建て取引の比率を引き上げることが課題だ。そのためには日中双方の銀行間市場と対顧客のスプレッドや取引量について透明性のあるデータ開示が求められる。対顧客スプレッドの縮小が明らかとなれば、ドルから、円・人民元建て取引への移行が進み、依然として対外取引が不便な人民元建てより円建て取引の増加が期待できる。(2012年7月17日 記)

注:本稿の内容は執筆者の個人的見解であり、執筆者の属する信金中央金庫の公式見解ではない。

(※1)^ 中国国内で取引される人民元(オンショア人民元)のことを「CNY」と表すのに対して、国外(香港を含む)で取引される人民元(オフショア人民元)は、大部分が香港で取引されており、「CNH」と呼ばれている。

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  • [2012.08.03]

信金中央金庫海外業務支援部上席審議役。1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。外務省出向・在中国大使館書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行北京事務所長などを経て、2011年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著/日本経済新聞社/2006年)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著/明治大学軍縮平和研究所/2009年)、論文に「中国人民元の国際化と中国の対外通貨戦略」(『国際金融』)、「円・人民元の直接取引開始」(日本経済新聞「経済教室」)など。

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