行先不透明な日本の皇室

岩井 克己【Profile】

[2012.11.30] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

日本では女性の皇族は皇位の継承権を持たず、結婚後は皇族の身分を離れる。若い皇族に女性が多い中、結婚後も皇室の活動への参加を可能にする法改正は実現に至らず、さらに天皇・皇后と皇太子夫妻は断絶に近い状態にある。

民主党の野田佳彦内閣が取り組んでいる皇室典範の改正が、政局の流動化に伴い宙に浮いている。皇室の後継者不足は年々進み、皇室の危機も深刻化していくにもかかわらず、打開の道筋は依然として不透明だ。

野田内閣が今年初めに着手したのは、結婚したら皇室を出る定めとなっている女子皇族が、結婚後も皇室に残り天皇を支えてもらえるようにするための法改正だ。

結婚後は皇室を出る女子皇族

日本の皇室は、男系男子にしか皇位継承を認めず、天皇の血を引く女子皇族は結婚すると皇室を出る。しかし、皇室では1969年に現天皇の長女が誕生して以来、9人続けて女子が誕生した。天皇(78歳)の孫の世代の男子は、天皇の次男秋篠宮(46歳)の長男である悠仁親王(6歳)ただ一人で、このままでは継承順位1位の皇太子、同2位の秋篠宮の後を継ぐ悠仁親王(同3位)は、同世代に皇族がいない孤立無援の“一人ぽっちの天皇”として即位するという危機的な状況すら予想される。

そこで野田内閣は、悠仁親王の姉である眞子内親王(21歳)と佳子内親王(17歳)や、従姉で皇太子の長女である愛子内親王(10歳)には結婚後も皇室に残ってもらおうと法改正に着手した。

悠仁親王の誕生前の2005年には、自民党の小泉純一郎内閣が、皇太子(52歳)直系の愛子内親王の即位を念頭に、男女平等の皇位継承を可能にする皇室典範改正を目指したが、猛烈な反対が巻き起こって国論を二分する様相となった。国会への改正案上程直前、41年ぶりの男児となる悠仁親王が誕生したため典範改正は見送られた。

こうした経緯から、野田内閣では、男系男子継承という継承法の根幹には手をつけず、とりあえず女子皇族を残すよう皇室典範を改定し、その後は将来世代の選択に委ねる「つなぎ」の方策に着手した。昭和天皇の弟で天皇の叔父にあたる三笠宮の5人の孫娘たちは既に成人して結婚適齢期になり、天皇の孫の3人の内親王も次々に適齢期に近づくため、残された時間は少ないからだ。

男子継承へのこだわり

しかし、この「つなぎ」案についても、女子皇族を結婚後も残して夫や子も皇族とすることは、将来の男系男子継承を揺るがす危険な「芽」となるとして保守派の警戒感が強く、法案成立へのハードルは高い。保守派は、第二次大戦敗戦直後の連合国軍占領下で、皇室から排除された遠縁の皇族たちの男系男子の子孫を皇室に戻すことを主張しているからだ。

9月末に自民党の総裁に就任した安倍晋三元首相も、以前から旧皇族復帰を主張し続けている。政権交代ともなれば、野田内閣が積みあげてきた女子皇族残留のための典範改正作業が白紙に戻ることも予想される。

欧州の王室では、王位継承権の男女平等化が進みつつあり、諸外国から見れば、21世紀の日本でこのような旧態依然とした男系男子主義へのこだわりが強いのは理解しがたいだろう。しかし、日本の天皇は少なくとも千数百年以上もの間、国家統一の精神的中心として、例外なき男系の血筋に正統性と神聖性があるとみられてきた歴史がある。日本各地にある古代天皇陵古墳や、皇祖神に礼拝を捧げる「伝統祭祀(さいし)」は天皇の祭祀王としての存在意義を示し、この宗教色こそが「象徴天皇」の正統性の源泉だという観念も根強い。天皇は欧州の王・女王よりはダライ・ラマに近いという論者すらいる。

皇太子家の危機と皇位継承

皇位継承をめぐる、こうした危機と密接に関連して深刻化しているのが、皇太子家の危機である。

ハーバード大、オックスフォード大で教育を受け、外務省職員として働いていた雅子皇太子妃(48歳)は皇太子との結婚8年後に愛子内親王を出産したが、男児には恵まれなかった。皇太子妃候補時代からメディアの取材攻勢にさらされ、結婚後も男児出産のプレッシャーや皇室の古いしきたりに囲まれ「適応障害」に陥ったと診断されている。

主治医は私的活動の優先を勧めていて、宮中行事や地方旅行などの公務や祭祀など皇太子妃としての活動はほとんど欠席する一方で、私的な静養や遊興は活発に重ねている。また、歴代天皇・皇族の母校である学習院初等科(小学校)で「愛子内親王が乱暴な同級生に怖い思いをさせられた」として、1年半にわたって教室での授業に連日付き添うなどして「常軌を逸した行動」との批判を浴びた。

深刻なのは天皇・皇后と皇太子夫妻との断絶状態だ。雅子妃はなかなか天皇・皇后に寄り付かず、実家の肉親らと過ごすことが目立つ。勢い皇太子、愛子内親王の天皇・皇后との距離も遠くなりがちだ。逆に秋篠宮家は、皇太子に次ぐ皇位継承者・秋篠宮とその次の世代唯一の継承者・悠仁親王がいるという存在感だけでなく、天皇・皇后と親密に交流し、夫妻で積極的に公務や、祭祀など伝統行事に励んで皇室を支え、学問研究にも励んでいる。

皇太子夫妻は来年6月に結婚20年を迎えるが、精神疾患との闘病という名目でのドロップアウトも今年末に10年目に入り、将来の皇后としての雅子妃の実績は乏しい。当初は世論も「慣れない皇室で旧弊に囲まれ苦労したのだろう」と同情的だったが、その後も一貫して公務や祭祀はほとんど行わないにもかかわらず、活発に私的な遊興を重ねる姿に、雑誌メディアを中心に皇太子夫妻への批判の風圧が強まっている。一部の識者からは離婚や皇太子の皇位継承辞退を勧める意見も出始めている。

野田内閣の女子皇族残留策は、女性・女系天皇の候補者を残すという面と、将来の「悠仁天皇」を2人の姉ら女子皇族が支えるという面との2つの面がある。皇室の未来は皇太子家に開かれるのか、それとも秋篠宮家に開かれるのかという微妙な問題にもつながっている。

国の安定装置としての行方

日本はいま、長引く経済停滞と財政赤字にあえぎ、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故に加え、中国・韓国・ロシアとの間での島の領有権をめぐる緊張の高まりなど、「国難」とも言える危機にある。

3年前に自民党の長期政権を倒した民主党はこうした「国難」に直面して迷走し、野田内閣は衆議院解散に追い込まれた。既成政党への不信の広がりから「第三極」と呼ばれる政治勢力(多くは保守派)が台頭し、政界再編の兆しもみえる。敗戦から平和憲法の枠組みの中で経済大国へと復活した日本の道のりは、大きな曲がり角に差し掛かっている。

伝統に根ざしつつ国際感覚も持ち合わせ、国民の精神的よりどころとなり、国家のスタビライザーの役割を果たすことも期待されてきた皇室だが、その行き先も漂流しかねない不安に覆われている。

注/文中の年齢は2012年11月時点。

(2012年11月19日 記、タイトル背景写真=産経新聞社)

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  • [2012.11.30]

ジャーナリスト。1947年生まれ。慶應義塾大学卒。1971年朝日新聞社入社。1994年から2012年まで朝日新聞編集委員、同年5月退社。「紀宮さま婚約内定」の特報で2005年度新聞協会賞を受賞。著書に『侍従長の遺言』(聞き書き、解説/朝日新聞社/1997年)、『天皇家の宿題』(朝日新書/2006年)などがある。

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