「世界一」を目指すソフトバンク・孫正義社長の米国進出戦略

経済・ビジネス

2012年10月、ソフトバンクは米国3位の携帯電話会社スプリント・ネクステル買収を発表した。この買収で「世界一」を目指す孫正義社長の戦略を、ケータイ/スマートフォンジャーナリストの石川温氏が分析する。

2012年10月15日、ソフトバンク・孫正義社長が、米国第3位の携帯電話会社「スプリント・ネクステル」(以下、スプリント)の買収を発表した。買収額は201億ドル。日本第3位の携帯電話会社だったソフトバンクは、買収によって米国第3位の携帯電話会社になるとともに、世界的に見ても、売上高で、中国・チャイナモバイル、米・ベライゾンに次いで第3位に躍り出ることになる。

世界ナンバーワンを目指す孫社長の野心

ソフトバンクがスプリントを買収した理由は、いくつか存在する。

最も大きな理由というのが、「世界ナンバーワンを目指している」という孫社長自身の野心から来るものだ。買収会見では、孫社長は何度も「男として生まれたからには、世界一にならねばならない」と語っていた。日本においても、ボーダフォンを買収したのち、契約者を急速に獲得。経営の行き詰まった携帯電話会社を傘下に収め、ついに2012年、第2位のKDDIを逆転するところまで迫った。6000万以上の契約者を抱え、日本で第1位のNTTドコモを「いずれ逆転する」(孫社長)と息巻いていたが、業界関係者のなかでは「実現は不可能」とささやかれていた。しかし、孫社長は米国の携帯電話会社を買収するという荒技で、世界規模の携帯電話会社に成長してしまったのだった。

また、孫社長は、スプリントを買収することで「日本と米国で同じスマートフォンや基地局をメーカーから調達することが可能になる」と語る。大規模に調達すれば、それだけコスト面で安価に買い付けることができる、というわけだ。

しかし、日本のメーカー関係者に話を聞くと、「日本と米国では通信方式が異なる。またユーザーが求めるスペックや機能が異なるため、共同調達は無理なのではないか」という。確かに日本市場では、非接触ICを使った決済サービス「おサイフケータイ」や、地上デジタルテレビ放送のワンセグ対応など、世界に流通するスマートフォンと比べて独自な仕様が多い。また、日本市場では、そういった機能がないスマートフォンは売れない傾向が強い。ソフトバンク向けのスマートフォンはスプリントで展開できないし、スプリント向けスマートフォンが日本で売れるというものではない。

「TD-LTE」対応iPhoneの日米共同調達が狙いか

そこで、ソフトバンクがスプリントを買収する上で、もうひとつの理由といわれているのが、世界規模で「TD-LTE」(Time-Division Long-Term Evolution)という新しい高速通信技術を拡大する狙いだ。

TD-LTEは、チャイナモバイルが導入に積極的といわれている。中国で採用されれば、中国全土で基地局やアンテナ設備の需要が出てくることから、メーカーとしては大量生産が期待できる。結果、TD-LTEの設備はコスト面で安価に導入できると期待されている。TD-LTEは中国だけでなく、すでにインドでも導入が進んでいる。さらに、日本でもソフトバンクモバイルが、「ソフトバンク4G」という名称でサービスを提供している。

米国では、クリアワイヤ(Clearwire)という会社がTD-LTEのサービスを準備中だが、資金難からネットワークの敷設工事は遅れ気味であった。実は、クリアワイヤにはスプリントが出資をしている。スプリントがソフトバンクに買収され、資金面が強化されることで、傘下のクリアワイヤが設備投資に資金を投入することができるようになり、TD-LTEの普及が進むと見られている。

孫社長としては、米国でのTD-LTE導入を促進させたいという狙いもあって、スプリントに出資をしたのではないか、ともいわれている。では、なぜわざわざ米国の携帯電話会社に巨額の投資を行ったのか。

それは、アップルが、TD-LTE対応のiPhoneを準備しているとされているからだ。アップルとしては、中国市場を意識して、TD-LTE対応のiPhoneを計画しているものの、世界的に導入が進まないために、製品化に躊躇(ちゅうちょ)しているとされている。もし、iPhoneがTD-LTEに対応すれば、日本でも「ソフトバンク4G」対応として、採用が可能だ。いま、ソフトバンクは、同じくiPhoneを手がけるKDDIと激しい顧客獲得合戦を繰り広げているが、TD-LTE対応であれば、より高速で、混雑のない快適なネットワークでiPhoneを売ることができ、がぜん、競争は有利になっていく。

TD-LTEという同じ通信技術であれば、日米で共同調達がしやすい。iPhoneは、日本向けも米国向けもすべて同じ仕様だ。TD-LTE対応iPhoneが実現すれば、基地局に加え、端末でも共同調達のメリットが出てくる。

スプリントの契約増加にソフトバンクの手法を活用も

当然のことながら、単にTD-LTEを普及させるだけでなく、孫社長としてはスプリントの契約者数を増やし、新たな収益源を確保するという面も強化していくはずだ。

ソフトバンクは日本では、他社に対して低価格競争を仕掛けただけでなく、メール受信した写真を液晶画面上に表示する「Photo Vision」や、子どもの安全に配慮した「みまもりケータイ」などを販売。いずれも通信機能を備え、安価な価格設定にして、iPhone購入ユーザーにセット販売することで、毎月のように契約者数ナンバーワンを確保してきた。ソフトバンクはこうしてスマートフォンや携帯電話以外の通信機器の契約者数を増やすということに長けてきた会社だけに、スプリントでも同様のビジネスモデルで、契約者数を増やし続けることが予想される。

日本では「ソフトバンクはつながりにくい」とユーザーから不満の声がずっと上がり続けていたため、基地局を増やしたり、電波がつながりやすいとされる900MHz帯の「プラチナバンド」など、同社にとっては新しい周波数帯を獲得するなどして、ネットワークの品質向上に取り組んできた。「つながりにくい」という評判はスプリントでも同様だ。孫社長としては、米国でもネットワークの品質向上に取り組むだろうが、なんといっても米国の国土は広大であるため、どこまで改善できるかは未知数といわざるを得ない。

米国進出成功に向けた大きな課題

日本の携帯電話業界関係者の多くは、「スプリントを買収するとは孫社長しかできない冒険だ」と称賛する一方で、「買収しても、成功するのは難しいのではないか」と語る。すでに米国の携帯電話普及率は高く、インドや中国のような急速な成長は見込めない。また、すでにiPhoneなどのスマートフォンも普及し、業界第1位のベライゾン、2位のAT&Tも強固な顧客基盤を持っているとされている。

「世界の携帯電話業界は、海外の会社が参入してもうまくった事例はあまりない」(他の携帯電話会社関係者)という分析もある。こうしたこれまでの常識をどこまで打ち破れるかが、孫社長の大きな課題となるだろう。

また、買収実現にも問題が立ちはだかる。2013年1月28日、米司法省は連邦通信委員会(FCC)に対して、同省と連邦捜査局(FBI)、国土安全保障省がソフトバンクによるスプリント買収の安全保障面などでの審査を行う間、FCC側の審査を延期するよう要請した。この背景には、ソフトバンクグループの日本国内での基地局や端末の調達先に、中国人民解放軍との関係が指摘されるファーウェイ(華為技術)やZTEが含まれることから、同社のスプリント買収によって米国の安全保障に悪影響が及ぶのではないかと米国内で懸念されていることがある。従って、安全保障面での米国内の懸念を払しょくすることも孫社長の課題だ。

一方、1月29日付の米『ロサンゼルス・タイムズ』の記事は、孫社長がシリコンバレーの高級住宅街に邸宅を購入したと報じている。これが事実だとすれば、孫社長は米国進出に本気だということになるだろう。

スプリント買収の実現と米国進出成功に向けたソフトバンクと孫社長の今後の動向が注目される。

(タイトル写真=スプリント・ネクステル買収について記者会見で発表するソフトバンク・孫正義社長[2012年10月15日、写真提供=産経新聞社])

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