「メジャーリーガー」イチローと松井の軌跡

二宮 清純【Profile】

[2013.01.21] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL |

松井秀喜がついに引退を表明、一方イチローはヤンキースで挑戦を続ける。個性もスタイルも対照的な2人の日本人スタープレーヤーのメジャーリーグでの活躍を振り返る。

2012年12月、イチローがヤンキースと2年契約を交わした約1週間後、もうひとりの日本人スタープレーヤーである松井秀喜が引退を発表した。

松井引退の報を受け、イチローは次のようにコメントした。

「何時間も話し込んだことがあったが、僕とはまったく違う思考でとても興味深かった。中学生の時から存在を知る唯一のプロ野球選手がユニホームを脱ぐことが、ただただ寂しい」

思えば、この2人ほど、何かにつけて比較されたプレーヤーはいないだろう。全く野球のスタイルが異なるにもかかわらず—。

ホームランキングの期待を背にヤンキースへ

まず松井だが、彼は日本人パワーヒッターとしては初めてのメジャーリーグ挑戦だった。海を渡る前年の2002年、日本人としては落合博満以来、16年ぶりに50本塁打をマークした松井は自らのキャリアの頂点で、名門球団であるヤンキースのシンボルとも言えるピンストライプのユニホームに袖を通した。

「果たして松井はメジャーリーグで何本ホームランを打てるのか?」

多くの日本人は、そこに興味を抱いた。「ホームランキングにはなれなくても、40本くらいは打ってくれるんじゃないか」と期待する声もあった。

日本人メジャーリーガーの事実上のパイオニアである野茂英雄は、ルーキーの年に奪三振王に輝いた。ノーヒッター(ノーヒット・ノーラン)もナショナル・リーグとアメリカン・リーグで2度、達成した。野手のパイオニアであるイチローはルーキーの年に打率3割5分をマークし、リーディング・ヒッターに輝いた。守備でも外野からのレーザービームで何度もスタジアムを沸かせた。

この2人の活躍を通して、日本人は自らの国の野球に自信を深めた。「メジャーリーグと日本野球の実力差は、確実に縮まりつつある」と。

スピードやテクニックでは、互角とは言わないまでも、かつて程の差は、もはや日米には存在しない。そんな中にあって唯一、埋められないもの—それがパワーだった。日本最強のパワーヒッターである松井に、日本人がホームランを求めたのは、ある意味、必然だったのである。

「記録よりも記憶に残る」バッターに

結論から先に述べれば、ことホームラン数に限ってみると、日本人が夢見た数字に松井は届かなかった。ホームラン数を30本台に乗せたのは04年の、わずか1度だけだった。

しかし、松井は師匠である長嶋茂雄のお株を奪うかのように「記録よりも記憶に残る」活躍を演じた。そのハイライト・シーンが09年のワールドシリーズMVPだろう。

ヤンキースのワールドシリーズ3連覇に貢献したレジー・ジャクソンは、かつて「ミスター・オクトーバー」と呼ばれたが、それに倣って言えば、松井は「ミスター・ノベンバー」だ。

この時点で、松井秀喜の名前は摩天楼にしっかりと刻まれた。まさか「世界一」を置き土産代わりにニューヨークを去ることになるとは思わなかったが、栄光と屈辱が背中合わせのメジャーリーグの現実を知る上で、日本人にはいい機会だったのかもしれない。

チャレンジが吉と出たイチロー

マリナーズでメジャーリーグ記録となるシーズン200本安打を10年連続で達成するなど、およそ考えられ得る成功を全て収めたイチローがピンストライプのユニホームに袖を通したのは松井がニューヨークを去って2年半後のことである。

「一番勝ってないチーム(マリナーズ)から一番勝っているチーム(ヤンキース)に移る」

イチローは独特の言い回しで、移籍への抱負を口にした。

メイド・イン・ジャパンの精密な安打製造機にも、近年は衰えが忍びよっていた。一昨年の打率は2割7分2厘。昨年もトレードされるまでは2割6分1厘と不振を極めていた。そんな中、ヤンキースからのオファーはイチローにとって渡りに舟だったに違いない。彼はまだ「世界一」を経験していない。チャンピオンリングを指にはめるのは、メジャーリーガーなら誰もが抱く夢だ。

それに加え、スター中のスターが集まる球団に身を置くことで、もう1度、海を渡った頃の初心に戻りたいという思いがイチローにはあったのだろう。

イチローのチャレンジは吉と出た。ヤンキースでは打率3割2分2厘をマークするなど、往年の力がよみがえりつつある。シーズンオフには新たに2年契約を結ぶことに成功した。

永遠の「野球少年」の挑戦

果たしてイチローは、どんなかたちで自らの長いキャリアにピリオドを打ちたいと考えているのだろう。しかし、本心は誰にもわからない。いや、本人に聞いても、明確な答えは返ってこないかもしれない。

なぜなら、彼は今もなお、ピッチャーが腕も折れよとばかりに投じるスピードボールを、あるいはボールの行方はボールに聞いてくれとでも言いたげな一筋縄ではいかない変化球を、どうすれば野手がいないところに弾き返すことができるか—それを考えることに夢中だからだ。齢(よわい)を重ねても、彼は永遠の「野球少年」なのである。

●松井秀喜MLB成績

  球団 安打 本塁打 打率
2003 ヤンキース 179 16 .287
2004 ヤンキース 174 31 .298
2005 ヤンキース 192 23 .305
2006 ヤンキース 52 8 .302
2007 ヤンキース 156 25 .285
2008 ヤンキース 99 9 .294
2009 ヤンキース 125 28 .274
2010 エンゼルス 132 21 .274
2011 アスレチックス 130 12 .251
2012 レイズ 14 2 .147
MLB通算 1253 175 .282

 

●イチローMLB成績

  球団 安打 本塁打 打率
2001 マリナーズ 242 8 .350
2002 マリナーズ 208 8 .321
2003 マリナーズ 212 13 .312
2004 マリナーズ 262 8 .372
2005 マリナーズ 206 15 .303
2006 マリナーズ 224 9 .322
2007 マリナーズ 238 6 .351
2008 マリナーズ 213 6 .310
2009 マリナーズ 225 11 .352
2010 マリナーズ 214 6 .315
2011 マリナーズ 184 5 .272
2012 マリナーズ/ヤンキース 178 9 .283
MLB通算 2606 104 .322

 

(2013年1月15日 記)

タイトル背景写真=ヤンキース時代、ヤンキースタジアムで同点ホームランを放った瞬間の松井秀喜選手(右)と11年在籍したマリナーズで球団最多安打記録を更新したイチロー選手(産経新聞社提供)

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  • [2013.01.21]

1960年生まれ。スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック、サッカーW杯、ボクシング世界戦、そしてメジャーリーグなど国内外で幅広い取材活動を展開。東北楽天ゴールデンイーグルス経営評議委員。テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーター、講演活動と幅広く活動中。最新著書は『プロ野球「衝撃の昭和史」』(文春新書/2012年)、『プロ野球の職人たち』(光文社新書/2012年)、『天才たちのプロ野球』(講談社/2012年)。

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