メタンハイドレートは国産エネルギー資源になるか

石川 憲二【Profile】

[2013.04.19] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

2013年3月に愛知県沖で海洋でのガス採取に世界で初めて成功したメタンハイドレート。はたして国産エネルギー資源になり得るのか。開発の現状から考える。

政府の総合海洋政策本部は2013年4月1日、今後5年間の海洋政策の指針となる新たな海洋基本計画の原案を発表した。その中で目玉のひとつとなっているのがメタンハイドレートだ。3月12日に愛知県沖の東部南海トラフ海域で世界初の海底からのメタンガス採取に成功して以来、にわかに国産エネルギー資源として注目を集めてきた。

計画では日本海側を含む日本周辺の埋蔵量を2013年度から3年間程度かけて調査するとともに、商業化の実現に向けた技術開発を進めるという。このような流れを受けて、メタンハイドレートを「日の丸海洋資源」として大いに期待する論調がある一方、「メタンハイドレートは資源ではない」と言い切る専門家もいて、実態がつかみにくい。そこで私自身が得ている情報をもとに、資源としての可能性を探っていきたい。

メタンハイドレートと在来型天然ガスとの違い

最初にメタンハイドレートがどういうものなのか、簡単に解説しておこう。在来型と呼ばれる一般的な石油と天然ガスは主に海底に堆積したプランクトンや藻などの有機物に由来する、というのが今の学説の主流だ。これらが地殻の活動によって地中深く(陸地でも海底面下でも)に達すると高い地熱や地圧によって化学変化を起こし、燃焼性の油やガスになる。一方、メタンハイドレートは堆積した有機物が海底や、海底面下の浅い地層において低温高圧下の環境に置かれたときに生成すると考えられている。

ここで下の図を見てほしい。これはメタンハイドレートの安定領域を示したもので、メタンと水がグラフの左下の条件に達すると、メタン分子の周りを水分子が取り囲む包接水和物(ハイドレート)が形成される。メタンは生物由来の有機物が嫌気性のメタン生成菌によって分解されたり、在来型天然ガスのように地熱や地圧の影響を受けることで容易に生じる。そして水は海中はもちろん地中にもふんだんに存在するので、あとはこの2つの原料が安定領域に達すれば自然にメタンハイドレートになる。

海洋環境おけるメタンハイドレート安定領域

出典:メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム『新しい天然資源 メタンハイドレート 「我が国におけるメタンハイドレート開発計画」フェーズ2』(2010年)

例えば水深500メートル以上の深海であれば、水温は摂氏5度以下で十分であり、条件は決して厳しくない。そうした点から「地中深くでしか生成されない在来型天然ガスより資源量は多いはず」という予測が生まれた。なお、陸上で安定領域に達する場所は少なく、ロシアやカナダなどの永久凍土層の下にわずかに発見されている程度だ。

メタンハイドレートが日本近海に多いとされるのは早くから調査が進んでいたからで、世界中どこでも大陸棚から続く深海領域であれば発見される可能性はある。とはいえ、日本列島はユーラシア大陸の広大な大陸棚の東端に位置するうえ、周囲に深い海が多いので、大量の有機物が効率的にメタンハイドレートになっているのではないかという期待があるのは事実だ。

ただし、今でもニュースで頻繁に紹介される「日本周辺の埋蔵量は天然ガス国内消費量の100年分」といったデータは1996年の論文をもとにした古い数字であって、全くあてにならない。現在、正式に発表されているのは、海底からの採取に成功した東部南海トラフの調査対象海域に日本の液化天然ガス(LNG)年間輸入量(2011年)約11年分のメタンハイドレートの存在が確認できたという情報だけである。

容易ではないメタンを生産する技術

ありふれた物質であるメタンハイドレートだが、そこからメタンを抽出し、エネルギー資源として活用するのは簡単ではない。このため在来型の天然ガスに比べて開発は著しく遅れていた。なお、天然ガスも最近話題のシェールガスも主成分はメタンなので、メタンハイドレートからのメタンの採取に成功すれば、その後はまったく同じように燃料や化学原料として利用できる。

メタンハイドレートの構造 緑=メタン、赤=水 (画像提供:メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム)

メタンハイドレートの資源化が難しいといわれてきた第一の理由は、水分子の「カゴ」に1個1個閉じ込められているメタン分子を効率的に取り出す方法が分からなかったからだ。先ほどの図で考えるとメタンハイドレートを加熱するか減圧すれば安定領域を外れるが、分解反応が狭い範囲でしか進まなければ、わずかな量のメタンしか得られない。そこで日本は、2001~2008年度に行われたメタンハイドレート開発計画のフェーズ1において、陸上でのガス産出試験を行った。陸上であれば海底より作業がしやすいということでカナダの永久凍土層が候補地に選ばれた。

2001年、最初に行ったのは熱水を送り込んで加熱する方法だった。ところがメタンハイドレートの分解は吸熱反応なので熱がどんどん奪われ、採取できる領域はわずかな範囲にとどまる。その後、新たな検討を加え、減圧法で臨んだのが2007年からの2回目の陸上産出試験だ。このとき約6日間にわたって連続的にメタンガスの生産に成功したことで、初めてメタンハイドレートの資源化への道が開かれたのである。なお、6日間というのはあくまで試験期間の都合によるもので、現場の技術者たちは、より長期にわたる生産が可能だとの確信を得たという。

しかしまだ難題は多い。メタンハイドレートからのメタンの採取が難しいといわれてきた第二の理由は、資源量の多いメタンハイドレートの層が海底面下の軟らかい砂や泥の地層に挟まれて存在するためだ。そこに管を打ち込み、内部を減圧することでメタンだけを取り出そうという計画だが、抗井内に砂や土が入り込んでふさがれたり、減圧されたメタンハイドレート層が上部からの圧力で押しつぶされる可能性もある。2009年度から始まった開発計画のフェーズ2では、この問題に挑むため、さまざまな技術開発がなされた。そして満を持して行われたのが2013年3月の海洋でのガス産出試験であり、それに成功したことで、ようやく大きなハードルを越えたというのが今の段階である。

メタンハイドレートの開発はどの段階か?

このような一連の開発計画に異を唱えているのが東京大学名誉教授で元国立環境研究所長の石井吉徳氏だ。1990年代前半に日本で本格的にメタンハイドレートの調査・研究が始まったとき、調査委員長を務めた人物だけに、同氏の否定的な発言は注目を集めた。その内容によると、当初、期待したのは海底面下のメタンハイドレート層の下には地熱によりガス化しているメタンがあると考えられたからで、それなら採取は可能だが、実際にはメタンは遊離せずハイドレート状態でとどまっている。そこからメタンだけを取り出すのはコスト的に難しく、だからメタンハイドレートは資源ではないという。

石井氏と同じような考えは、少し前まで多くの研究者が持っていた。ところが開発グループによる技術革新が予想以上に進み、ついには連続生産に成功したことに加え、シェールガスやシェールオイル、オイルサンド、超深海の石油や天然ガスのような生産コストの高い化石燃料が市場に投入されてきたことが大きな追い風になってきた。なにしろ原油価格は1999年から2008年の間に16倍にもなったのだから、エネルギー資源の値段は従来の常識では考えられなくなってきている。となると、コスト高が予想されるメタンハイドレートの商業化だってまったく可能性がないわけではない。

それでも、今回の海洋産出試験では、予想より多く土砂が抗井内に入り込んだことから実験期間を短縮して終了したり、メタンハイドレートの分解を確認できたのが生産井から約20メートルしか離れていない地点であったことを考えると、今後、解決しなければならない課題は多そうだ。そしてそれらをすべてクリアしたうえで、市場におけるライバルであるシェールガスや深海からの天然ガスにコストで勝てないと商業生産は行えない。

開発計画では2015年度までのフェーズ2の間に、もう1度、海洋産出試験を行い、それらの成果を2016~2018年度のフェーズ3で検討してから商業化が可能かの最終評価を行うとしていた。冒頭で紹介した新しい海洋基本計画でもその流れを踏襲し、

  • 平成30年度(2018年度)をめどに、商業化の実現に向けた技術の整備を行う。
  • 平成30年代後半に、民間企業が主導する商業化のためのプロジェクトが開始されるように、国際情勢をにらみつつ、技術開発を進める。

――と明記しているのだが、これを報じたニュースでは、なぜか2つの文を強引に短縮し、「平成30年度をめどにメタンハイドレートの商業化を目指すことなどを盛り込んでいます」(NHK「NEWS WEB」2013年4月5日放送)と、まるで5年後に資源としての生産が始まるような表現をしているケースが多かった。派手な内容にして耳目を集めたかったのかもしれないが、資源開発の難しさを知らない記者たちの勇み足だろう。

開発レベルはまだ「レベル1」

エネルギー資源に限らず、あらゆる商品は次のようなレベルをクリアしながら市場で力を発揮していく。例えばハイブリッドカーは長くレベル0にとどまっていたが、トヨタやホンダの努力によって今やレベル3に達している。ただし世界の自動車市場で占める割合はまだわずかなのでレベル4にはなかなか進めない。

レベル0: まったく商品価値がない
レベル1: 科学的に生産が可能(試験生産)
レベル2: 技術的に生産が可能(実験生産)
レベル3: 経済的に生産が可能(商業生産)
レベル4: 世の中を変えるほど商品力が高い

メタンハイドレートは石井氏にいわせれば永遠にレベル0なのだろうが、現実には陸上産出試験でレベル1に達し、今、レベル2を目指して開発中という段階だと思う。したがってあまり悲観的になる必要はないが、といって「これで日本のエネルギー問題はすべて解決した」と大騒ぎするのは論外だ。まずは安定して連続生産できる技術を確立するのが今の課題であり、商業化は2段階先の目標であることを頭に入れるべきである。

最後に、日本の一次エネルギー(≒全エネルギー)における天然ガスの比率は、多くなってきたとはいえ20パーセント前後と石油の半分にすぎない。また現状では天然ガスを自動車の燃料として安定的に使うのは難しく、石油を完全に代替することは不可能だ。従って、もしメタンハイドレートが日本周辺に大量に存在し、資源化できたとしても、わが国で必要なエネルギーの一部をまかなうにすぎない。そういう意味でも、冷静さを失わずに今後の推移を見守ることが大切だと思う。

(2013年4月8日 記、タイトル写真=燃焼する人工メタンハイドレート[写真提供=メタンハイドレード資源開発研究コンソーシアム])

  • [2013.04.19]

ジャーナリスト、作家、編集者。1958年生まれ。東京理科大学理学部卒業。週刊誌記者を経てフリーランスのライター&編集者に。書籍や雑誌記事の制作および小説の執筆を行っているほか、30年近くにわたって企業を取材し、技術やビジネスに関する解説記事を書いている。主な著書に『海底資源 海洋国日本の大きな隠し財産』(オーム社/2012年)、『化石燃料革命 「枯渇」なき時代の新戦略』(日刊工業新聞社/2012年)、『メモリ技術が一番わかる』(技術評論社/2012年)、The Manga Guide to the Universe (No Starch Press/2011年)、『自然エネルギーの可能性と限界』(オーム社/2010年)など。

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