「歴史的」日台漁業協定締結―その意義と課題

川島 真【Profile】

[2013.05.14] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS |

尖閣諸島の主権問題を事実上棚上げして、漁業協定を締結した日本と台湾。東シナ海の秩序形成に向けた第一歩とはいえるが、紛争の火種は残る。協定の主な課題を検討し、今後の取り組みを考える。

「東シナ海平和イニシアチブ」と漁業協定締結の背景

尖閣諸島問題でなかなか出口が見いだせない中、日本と台湾の間で長年の懸案であった日台漁業協定(「公益財団法人交流協会と亜東関係協会との間の漁業秩序の構築に関する取り決め」)が2013年4月10日、台北で締結された。宝塚歌劇団の初の台湾公演初日(4月6日)までに、と関係者の間で言われていたそうであるが、ちょうどその公演期間中の締結となった。

この協定が妥結に至ったのは、台湾の馬英九総統が提起している「東シナ海平和イニシアチブ」に基づく外交路線と、中国と台湾が連携しないよう楔(くさび)を打ちたい日本の思惑が重なったという背景がある。また米国の後押しもあろう。この協定は日台双方にとって有意義なものであり、肯定的な評価も少なくないが、まだ多くの課題を残している。

主権問題は事実上棚上げ、官邸主導の交渉

2012年8月5日に馬英九総統が提起した「東シナ海平和イニシアチブ」は、関係国が尖閣諸島をめぐる争議を棚上げにし、東シナ海行動規範を策定したうえで、それに基づいて資源の共同開発と平和を実現しようとするものだった。また馬総統は9月7日、「東シナ海平和イニシアチブ」推進綱領を発表した。ここには二国間、多国間の漁業協力も含む、多様な提案がなされていた。この馬総統の路線は、少なくとも結果的に今回の漁業協定締結の足掛かりをつくったとみることができる。

だが、この後、日本政府によるいわゆる“国有化”がなされることで日台間にも緊張が走り、宜蘭(ぎらん)県の漁民が抗議活動を行った。これは日本政府をも動かし、10月には異例ともいえる「交流協会を通じた台湾の皆様への玄葉外務大臣のメッセージ」が出され、漁業交渉の再開が提起されたのだった。その後、台湾側が主権問題に拘泥するのではないかとの報道もあったが、最終的には主権問題を事実上棚上げし、「和平」と「資源の共同開発」という点を重視した交渉になったようである。

交渉それ自体は日本と台湾の「外交」交渉だけでなく、国内における関係諸官庁、関係各方面との交渉も伴っていた。とりわけ日本では、交渉を推進しようとする外務省に対して、漁業権を守ろうとする水産庁の抵抗が強く、また現場の漁業団体や沖縄県も「頭越しの交渉」にいい顔をしていない。それらを乗り越えて官邸主導で話を進めたというところのようである。

「北緯27度以南」で広がる台湾漁船の操業範囲

主権問題は事実上棚上げ、つまり日台双方が主権を主張しあっているという状態を維持し(実際には台湾側には統治実績は無い)、領土と領海を除く空間、そして日中漁業協定で定められた北緯27度よりも南側について、日台双方の漁業権を定めたものとなった。

その協定の内容は、第1条で「この取り決めは、東シナ海における平和及び安定を維持し、友好及び互恵協力を推進し、排他的経済水域の海洋資源の保存及び合理的な利用並びに操業秩序の維持を図ることを目的とする」としているように、馬総統のイニシアチブに一定の配慮をしている。台湾側関係者も、日本側が馬総統のイニシアチブを評価し、尊重する姿勢を示したことが台湾側を安心させた、としている。

第2条で定められた「取り決め適用水域」では、以後、台湾側は自由に漁ができ、「特別協力水域」では、ルールを遵守する台湾の漁船を日本側が取り締まることはなくなる。この水域は、台湾側の設定していた暫定執行線よりもより広く、台湾側の担当者からは交渉上の勝利と受け止められる。また、ここで定められた水域以外も今後協議するという条文(第2条第5項)もあり、この水域があくまでも暫定的なもので、以後も交渉は継続する可能性もある。今後、今回決まった水域に関しての具体的交渉は、「この取り決めを達成するため」に設置された日台漁業委員会が行うことになる。

漁業協定をめぐって残る火種

この協定が締結されたことは、多くの意義をもつ。ここでは3点挙げたい。第1に、紛争の続く東アジアの海において、和平や秩序形成に向けた第一歩を建設的に踏み出せたこと、またそのようなことが決断可能なことを内外に示したことである。第2に、国交の無い台湾を外交上のアクターとして捉え、台北と北京の過度な接近に対して楔を打ち込めたことがある。南西諸島の安全保障に高い関心を有している日本にとって、台湾をアクターとして捉えることは重要である。これは、日本と台湾の「1972年体制」に新たな一面を加えるものだ。台湾は2013年2月8日の声明で尖閣をめぐる中国との連携を否定し、日米との連携を打ち出し、4月17日には中国を意識した実弾演習を実施し、馬総統もそこに駆け付けた。そして、第3に、そもそも尖閣諸島は台湾の一部であると主張している中国に対して、その台湾と日本が島の周辺海域における漁業協定を結ぶことで、一定の反駁(はんばく)効果が期待できるということである。

一方、この協定締結に至る過程、また今後については、多くの課題が残されている。ここでは4点挙げよう。第1に、この協定は主権問題を事実上棚上げしている。従って、今後も「保釣(ほちょう)運動」(尖閣諸島は中国固有の領土であるとして、中国・香港・台湾の活動家などが行っている「領土奪回」運動)は継続される。馬英九政権は、運動船に対しては一定の取り締まりを行うであろうが、それでも突発的事故への対応枠組みが必要である。無論、領海内部に入った台湾漁船への取り締まりに際しての事故、また中国側が行う取り締まり行為により生じる突発的事故も考えられる。

第2に、この協定の交渉過程において、日台双方がどれほど現場の漁民とやりとりをしながら交渉を進めたか、ということがある。その納得のプロセスが伴わなければ、今後も禍根を残すことになろう。筆者も4月に宜蘭県で漁業関係者から話をうかがったが、そこでも多様な意見、不満、要求があがっていたし、報道で沖縄県からの不満、抗議も伝えられている。

第3に、日台漁業委員会がいかに機能するのか、しないのかということである。1998年に締結された日韓漁業協定でも同様の委員会の設置が定められているが、その委員会の役割や果たしうる機能については、さまざまな議論があるところである。日台の委員会が、今回の協定の適用海域、また今後協議される海域について、適切に機能する場となるよう、双方が努力する必要があろう。

長期的な交渉で多角的な枠組み作りを

最後に、中国の認識である。中国にとって、台湾は「核心的利益」の代表であり、尖閣諸島が台湾に含まれるとしている以上、理論上は、尖閣諸島も核心的利益の一部となる。尖閣諸島を核心的利益に含めるか否かについて、中国は態度を曖昧にしているが、その位置づけが南シナ海の島々と異なることは間違いなかろう。そのため、今回、台湾と協定を結んだ意義は大きいが、逆に中国側を刺激した側面もある。中国は目下のところ、この協定に不快感を示すにとどまっているが、今後、中国側の出方を注視する必要があろう。また、台湾も中国と東シナ海について何かしらの協定などを締結しようとする可能性もある。台湾が中国と日米の間のバランスをとろうとすると、その行為が新たな火種となり、漁業委員会設置などに影を落とす可能性もある。また、台湾自身も今年、国民党主席選挙、来年に主要都市選挙を控えており、政局が流動化する可能性もある。台湾側との丁寧なやりとりが求められるだろう。

いずれにしても、日台漁業協定締結は着地点ではなく、今後のための第一歩に過ぎない。継続的な交渉と多角的な枠組み作りが必要となろう。

(2013年5月1日 記、タイトル写真=尖閣海域を目指して出港する台湾の漁船[2012年9月24日台湾宜蘭県蘇澳、写真提供=AP/アフロ])

  • [2013.05.14]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

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