東京五輪2020、猛暑というリスク

スポーツ 東京2020

2020年の東京オリンピックは、今夏を上回る猛暑の警戒が必要ともいわれる。オリンピックをはじめ、数々の国際大会の取材経験をもつスポーツライターが、選手たちへの影響を考察する。

欧米テレビの番組編成を最優先した真夏開催

2020年東京五輪は7月24日に開幕し、8月9日に閉会する。この日程で行われることが決まったとき、多くの人が「なぜ、よりによって最も暑い時期に開催するのだろう」という疑問を抱いたに違いない。

だが、開催時期は招致の時点で決まっており、今後日程が変わることは基本的にはない。なぜなら、国際オリンピック委員会(IOC)では、立候補都市は夏季五輪開催日を7月15日~8月31日までの間に設定することを大前提としているからだ。

では、IOCが開催時期をこの期間としているのはなぜか。それは、欧米のテレビで五輪競技の放送時間を多く確保するためである。IOCは欧米のテレビ局から支払われる巨額の放映権を収入の柱としている。そのため、欧米で人気プロスポーツが開催されておらず、テレビ番組の編成に余裕のある7~8月に五輪の日程を組み込むことで収入を得るという仕組みを作ったのだ。

五輪史上最も過酷な大会になるという懸念

1964年東京五輪は、夏の暑さを避け、気候の良い10月10日に開会式が行われていた。この日が数年前まで「体育の日」と定められていたことからも明らかなように、日本でスポーツに最適な時期の一つは10月であることは明白だ。

64年の東京と同じく暑さを避けるために9月~10月に日程を組んだ例としては、88年のソウル五輪がある。だが、今では当時のように柔軟なスケジュールを組むことはできなくなっている。92年バルセロナ五輪からは現在のように7~8月開催が前提となったからだ(例外は2000年9月開催のシドニー五輪)。

2020年東京五輪は、世界各国の選手に最高のパフォーマンスをしてもらうため、「アスリートファースト(選手第一主義)」を掲げているが、この時期の東京は1年中で最も暑く、特に屋外競技の選手たちにとっては五輪史上最も過酷な大会になるのではないかという懸念が強い。

近年の東京は特に酷暑化が顕著だ。今年の8月上旬は最高気温35度前後の日が1週間以上続く記録的な暑さだった。午前中から30度を超え、昼はスポーツどころか外に出るのもつらく感じるほど。就寝時は熱帯夜に快適な睡眠を奪われた。

マラソンの大敵は日本の湿度

五輪で最も暑さの危険にさらされる競技はやはりマラソンだ。日本の場合、高温もさることながら多湿がアスリートを苦しめることになる。実は、体にダメージを与えるのは気温以上に湿度だ。しかもマラソンランナーは高所でトレーニングを積むのが常識。必然的に涼しい場所で過ごす期間が長くなり、暑さへの耐性は高くない。

選手は給水所で水や、電解質や糖を含んだスペシャルドリンクを飲んだり、頭や太腿など熱の発しやすい部位に水をかけて冷やしたりして、体に熱がこもらないような工夫をする。

だが、それでも熱中症になる危険性はある。思い出すのは1984年ロサンゼルス五輪の女子マラソンのガブリエラ・アンデルセン(スイス)が、フラフラになりながらゴールしたシーンだ。後年、アンデルセンは「レース直前まで涼しい高所で練習をしていたため、カリフォルニアのような蒸し暑さには慣れていなかった」と述懐している。

このため、近年の五輪ではマラソンのスタート時間が早朝に設定されることが多くなっているのが現状だ。ちなみに、競技スタート時間などは大会組織委員会(東京五輪組織委員会は2014年初頭に発足する予定)が決める。

スタート時間の調整だけでは不十分

筆者の取材経験で最も早いスタート時間だったのは1998年12月にタイのバンコクで行われたアジア競技大会。暁暗(ぎょうあん)に包まれた早朝6時30分に号砲が鳴り、後にシドニー五輪で金メダルを獲得することになる高橋尚子が、当時の世界最高記録で優勝した。

ただ、高橋の場合は暑さへの耐性があったが、早朝スタートなら全員が大丈夫というわけではない。鍛え抜かれたトップランナーでも暑さを苦手とする選手はいる。

2004年アテネ五輪はスタート時間が夕刻に設定されていたが、リタイアする選手が続出。金メダルを獲得した野口みずきでさえ、ゴールイン直後に嘔吐(おうと)したという。野口は今年8月に比較的暑くないモスクワで行われた世界陸上でも、熱中症のために途中棄権している。

このほか、07年8月に大阪で行われた世界陸上ではスタート時間が朝7時に設定された。翌08年8月の北京五輪では朝7時30分スタート。しかし、そこまで対策を施したにもかかわらず、この2レースでは出場選手の4~5人に1人が競技を途中で棄権している。

20年東京五輪を安全な大会にするにはどういう対策が必要か。日本ではここ数年、コースの何カ所かでドライミストを噴霧するなどの対策を取っており、毎年8月に開催される北海道マラソンでは給水所を通常のマラソン大会より多く設置して円滑な水分補給をサポートしている。

だが、それだけでは足りない。マラソン以外にも陸上全般、サッカーやホッケーなどの屋外球技でも注意は必要だ。今年は、真夏の試合に慣れているはずのJリーガーでも、8月のナイターで熱中症の症状が出て救急車で搬送される選手がいた。

最大限の猛暑対策こそが「安全」な五輪への責務

東京五輪招致委員会は開催計画書に「この時期は温暖でアスリートに理想的な気候」と記載していたが、さすがに「温暖」という表現は改めるべきだろう。現実的には「厳しい暑さ」という表現が妥当だ。

では、海外からの不安の声はないのか。実は、東京の真夏の気候がどれほど過酷であるかということ自体があまり認識されていないせいか、世界各国からの大々的な反発は今のところ出ていない。だが、それでもやはり陸上競技を中心に暑さへの不安を訴える声はある。日本を含めた世界各国の選手、コーチ陣が暑さ対策に躍起になっていくのは間違いない。

一方で、アスリートに対してはもちろんのこと、世界各国から日本を訪れる観客に対しても、こまめに水分を摂る、なるべく日陰に入るといった対策法を周知する必要がある。また、いつでも水分を補給できるように、無料で水を提供する場所を数多く設置することも必要だ。

2020年東京五輪は、「安全である」という言葉を信用してもらったからこそ実現した。信頼を裏切らないために、最大限の猛暑対策を施す責任がある。

(2013年12月12日 記)

 

(参考)夏季五輪の会期

  都市 開会式 閉幕日
1984 ロサンゼルス 米国 7月28日 8月12日
1988 ソウル 韓国 9月17日 10月2日
1992 バルセロナ  スペイン 7月25日 8月9日
1996 アトランタ 米国 7月19日 8月4日
2000 シドニー 豪州 9月15日 10月1日
2004 アテネ ギリシャ 8月13日 8月29日
2008 北京 中国 8月8日 8月24日
2012 ロンドン 英国 7月27日 8月12日
2016 *リオデジャネイロ ブラジル 8月5日 8月21日
2020 *東京 日本 7月24日 8月9日

*リオデジャネイロと東京は予定

タイトル写真=ロサンゼルス五輪の女子マラソンで、ゴールを目指すガブリエラ・アンデルセン選手(1984年8月5日/アフロ)

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