楽天イーグルスが東北に日本一を持ってきてくれた

ジェイソン・コスクリー【Profile】

[2013.12.19] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL |

11月3日、東北楽天ゴールデンイーグルスが日本シリーズ第7戦に勝利し、初めて日本のプロ野球界の頂点に立った。この優勝は東北の住民にとって、単に地元のプロ球団の成功という以上の意味合いがある。2004年の球団創設以来、チームが築いてきた地元との絆について、ジェイソン・コスクリーが考察する。

チームの優勝に歓喜する東北

東北楽天ゴールデンイーグルスが読売ジャイアンツを下して初の日本シリーズ優勝を果してから数週間、マーティ・キーナート氏が仙台の街を歩いていると、周りに人だかりができる。朝、愛犬のコディを散歩させているときも、またそれ以外のときもだ。イーグルスの初代ゼネラルマネジャーで、現在も球団の社長補佐を務めるキーナート氏に、お祝いの言葉をかけようと人々が集まってくる。

イーグルスと関わりのある人、過去に関係のあった人の多くが同じように、周囲から感謝の言葉を浴びせられている。イーグルスのエース田中将大投手が、打席に立った矢野謙次選手にフォークボールを投げ込み、日本シリーズ最後の三振に打ち取った瞬間から、東北の住民は夢見心地に浸っているのだ。

「チームと少しでも関わりを持ったことのある人は、それがどんなに昔のことでも、周りから祝福の言葉をかけられる」とキーナート氏は語る。「みんなの興奮ぶりがよく伝わってくる。それほど彼らにとっては人生の大切な部分なのだ」

地元にしっかりと根を下ろしたチーム

東北の人々の興奮と熱狂は、イーグルスと東北を結ぶ強い絆から生まれたものだ。その結びつきは恐らく、プロ野球の他球団11チームと地元との関係よりもはるかに強い。

楽天イーグルスが宮城県を本拠地として球団を創設したのは2004年。イーグルスは、大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併によって誕生したオリックス・バファローズとの間で「分配ドラフト」を行い、獲得した選手たちを軸に球団を立ち上げた。そして地元との密接な関係を育もうと、チーム名の先頭に「東北」の2文字を掲げた。

当時、日本のプロ球団は特大の広告塔としての役割を担うケースが多く、チーム名も親会社の企業名だけを冠するのが通例だった。だが、サッカー「Jリーグ」の各チームが地域名を優先し、企業名を入れないネーミングを採用して成功したことで、近年はその流れがやや変化しているようだ。

「宮城県は人口からいうとあまり大きな県ではない」とキーナート氏は言う。「実のところ、東北地方全体の人口をまとめて考えない限り、球団を支えるだけの人口基盤は得られなかった。だからマーケティングの観点から、東北6県全体のための球団を作ろうというのが我々の意図だった」

「地元の側も、みんな自分たちの球団が欲しかったんだと思う。だから我々を受け入れてくれた。これで互いに願いが叶ったことになる。だが、東北カラーはとても強い。実際、ファンがいつもレフトスタンドで歌う応援歌のなかでは、チームのことを『東北ゴールデンイーグルス』と、『楽天』を抜かして呼んでいる」

「楽天の側からいえば、今でも会社の広告に役立てたいという気持ちがあると思う。その思いは(三木谷浩史オーナーが)球団を買った理由の重要な部分を占めているのは確かだ。でもファンは、チームを自分たちのものだと心の底から思っている」

苦しい時期を乗り越えて頂点へ

この9年には山よりも谷のほうがはるかに多かったものの、イーグルスファンはチームを支え続けた。それだけに、今シーズンの快挙は東北中を歓喜の渦に巻き込んだ。

「みんな有頂天になった」とキーナート氏。「私たちが2004年の終わりに仙台にやって来たとき、そして2005年の最初のシーズンには、仙台や宮城県の人々、いや東北全体が、自分たちは田舎者に見られているというコンプレックスを恐らく少しは持っていたと思う」

「仙台が野球チームを持つことで、2005年に地元の人々は誇りを抱くようになった。それは、仙台が今や大都市になったことを意味していたから。大都会の仲間入りを果したのだ」

2011年の東日本大震災と津波を経験して、その絆はますます強くなった。

イーグルスの選手たちは被災地を見舞い、三木谷オーナーはさまざまな寄付を行った。避難所にテレビを寄贈したのは、家を失ったファンたちにチームを観てもらい、一時なりとも平常の感覚を取り戻してもらうためだ。

「その経験は選手たちの心に消すことのできない印象を残した」とキーナート氏は言う。「球場へ戻ってきても被災地で目にしたものを忘れたわけではなかった。彼らは、現地を自分の目で見たのだから。どの選手も決して忘れないと思う。みんな心の底から、東北の人々のためにプレーしていると感じているはずだ」

この数年に大きな苦難を体験した人々にとって、チームの快挙は、大局的に見ればどれほど些細なことだとしても、心を一つにできる素晴らしい出来事になった。

「今なお試練と苦しみを味わっている人々のことを考えると、本当によかったと思う」とキーナート氏は語る。「被災した人たちはこれからも長い間、仮設住宅で暮らさなければならない。特にそういう皆さんのためには、本当によかったと思う。今回のことは住民を元気づけ、一つになって声援を送る機会を作った。だから、優勝できたことを全員がうれしく思っている」

(2013年11月25日 記、原文英語。タイトル写真=2013年11月24日に仙台で行われた優勝パレードで、ファンに手を振る田中将大ら楽天の選手たち/産経新聞社提供)

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  • [2013.12.19]

2007年からジャパンタイムズのスポーツライター。アラバマ大学バーミンガム校卒業後、ジョージア州でマリエッタデイリージャーナル紙(Marietta Daily Journal)に寄稿。現在は日本のプロ野球を中心にスポーツ関連の記事を執筆している。ツイッター名は@jcoskrey。ジャパンタイムズのコラムはこちら

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