家庭の和食―今そこにある危機

岩村 暢子【Profile】

[2014.02.07] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

食と現代家族の研究を続ける岩村暢子氏が、「日本人の伝統的食文化」としての和食の無形文化遺産登録を機に、現代日本人にとっての「家庭の味」とは何なのかを問い直す。

2013年12月に和食がユネスコ無形文化遺産に登録され、話題となっている。料亭の会席料理や茶席の懐石料理ではなく、“家庭の和食”がその対象となったことが、そのひとつのポイントであろう。

そこで、家庭の食卓を調査してきた当室(200Xファミリーデザイン室)にはテレビや新聞の取材が相次いでいる。みな同じように「いま家庭の食事はどうなっているのですか」と尋ねてくるのだが、質問の本当の意図は家庭の食実態を知ることではない。「和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたのは日本人としてうれしいが、本当はもうその実態がないのではないか」と心配なのである。取材に来たある記者が「僕は、昨夜はカレーライスで、今朝はパンにコーヒー、ランチはスパゲティだった」と自嘲的に語ったが、こんな日常は彼だけではあるまい。

手放しで喜べた同年7月の「富士山」の世界遺産登録とは違って、今回の「和食」登録は、どうやら一人一人の日本人に家庭の食卓の見直しを迫っているかのようだ。

和食離れと「ワンディッシュ型」の増加

私が食卓から日本の家族を見つめる調査を始めて、今年で17年目になる。昨年末までに353世帯、7413食卓の日記記録、13012枚の食卓写真を収集・分析してきた。それらを見ても、確かに家庭の食卓から、和食は明らかに減少している。

たとえば煮魚やおひたし、酢の物やあえ物、出汁(だし)を使った煮物などを和食メニューとするなら、それらは大変少なくなっているし、洋風のから揚げやフライならよく見るが、和食の天ぷらはめったに見ない。茶わん蒸しなどは、家庭料理からすっかり消えている。

そして、今挙げたような和風のおかずをいくつか用意し、ご飯とみそ汁とともに食べる「一汁三菜」の献立を探そうとすれば、10年分のデータを遡っても見つけ出すのは極めて難しい。焼き魚の隣にクリームシチューがあったり、パンのオカズに和風煮物を食べていたり、おにぎりを食べるのにミルクやジュースを飲んでいたり、和洋混在している。一汁三菜の型も崩れて、夕食にもワンディッシュ型が増えてきている。

そして、どの家庭にも1週間の調査期間中にカレー、ラーメン、チャーハン、焼きそば、パスタなどが決まったように登場し、朝食も米よりパンを食べる人の方が圧倒的に多くなっている。

いつごろから、なぜ、私たち日本人は和食離れし始めたのだろうか。

官民挙げての“食の洋風化”

経済の富裕化とともに海外からさまざまな食べ物が入ってきて、日本人の味覚や嗜好(しこう)が変化してきたからだ、とよくいわれる。それは、本当だろうか。

実は、1950年代半ばから1960年代、日本は食の洋風化を目指し、意図して大改革を行った歴史的経緯がある。米やイモ、豆などを中心とする旧来型食生活から脱し、粉食(パンなど)で、肉・乳・卵などの動物性タンパク質や脂肪をとる洋風の食生活を望ましいあり方として目指し、官民挙げて推進したのである。

その背景には、米国の余剰農産物を受け入れる「余剰農産物協定」(1955年)があったが、米国の側にはこのとき既に自国の農業政策上有利な食生活を日本人に浸透させていこうとする狙いがあったとされる。

ただ、当時の日本は何事も欧米流に倣い、そのレベルに追いつくことを目指していたから、それを機に厚生省や文部省や農林省、そして都道府県や日本栄養士会などさまざまな団体も協力して、食の洋風化に向けて動き出したのである。戦争に負けた小さくて弱い日本人から、大きくて強く優秀な日本人への指向があった。

その代表的な例として「食生活改善運動」(厚生省外郭団体[財]日本食生活協会)などがあった。米国の資金援助を受けた「キッチンカー」が、パンを食べ肉や油脂を使う欧米型食生活への転換を説いて全国を回ったり(1954~1960年)、テレビから「タンパク質が足りないよ~」(1963年)と歌うコマーシャルソングが繰り返し流れていたことを記憶する人もいるだろう。

当時の『国民生活白書』(1962年版)では、家計調査に表れ始めた肉・乳・卵類の消費量の増加や加工食品の増加、米消費の低迷などを「食生活の高度化」と呼んで、大いに歓迎している。この時代の官民挙げた圧倒的な施策を契機として、日本人の日常食は洋食化へと転じていったのである。

インスタント食品の洗礼を受けた60年代生まれ

この動きを加速化させた重要なファクターとして、私は当時の加工食品の興隆も無視できないと思っている。

1960年は、「食のインスタント元年」とも呼ばれるが、インスタントラーメンがブレイクし、インスタントコーヒーや即席カレールーなどが次々と登場した。

加工食品市場はここから急拡大していくのだが、それらの商品は、和食しか作れなかった普通の主婦に、缶入りミートソースでスパゲティを、カレールーでカレーライスを、シチューの素(もと)でクリームシチューやビーフシチューを、ドレッシングで生野菜サラダを、マーボ豆腐の素でマーボ豆腐を、作れるようにしていく。こうして、日本の家庭に急速に洋風(中華風)料理が浸透していったのである。それさえあれば、最初から誰でも簡単に作れたからだ。それらがなかったら、洋食の浸透にはもっと時間がかかったに違いない。

だがその一方で、日本人の味覚の基本であった「かつおぶし・削り節」「みそ」「しょうゆ」など和風調味料の家庭消費量は、大きく下落し始める(「家計調査」)。

このように家庭料理の洋食化が進んだ1960年以降に生まれた人々は、既に上が50代となって、日本人全体の約6割を占めている。

彼らは、前世代に比べて和食の食べなじみが少なく、洋食志向なだけではない。作れる和食レパートリーも減って、得意料理や自慢料理を聞くと、イタリアンやフレンチ、エスニックなど外国の料理ばかり挙げる。親からの伝承も減っているのに、最初から簡便な調理法で広がった洋風料理に比べると、「和食」を作ることは、どうも苦手のようだ。

無形文化遺産登録が突きつけた問い

「おふくろの味」「手作り」イメージと結びついた和食は、「きちんとした食事」といわれる反面、主婦が「自分にゆとりがある時にしか作る気になれない」と語る料理になっている。

家庭における「和食」は、日本の家庭料理が本来的に持っていた「家庭の味」「手作り」のイメージをいまだに内包しているため、洋食を中心に急進した簡便化時代にあって、日常から衰退してきたという皮肉でもある。

こうしてみると、家庭における「和食」出現率の減少は、「家庭料理とはなんだったのか、日本の家庭が食をめぐって大切にしてきたものはなんだったのか」を私たちに問うているのであり、世界無形文化遺産への登録は、その危機を日本人一人一人に突きつけているのではないかと思う。

(2014年1月24日 記)

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総務省の家計調査(2011年)によると、パンへの支出がコメを初めて上回った。この逆転現象は何が原因なのか。1998年から家庭の食卓調査を行っている岩村暢子氏がその背景を探る。

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  • [2014.02.07]

キユーピー(株)顧問/200Xファミリーデザイン室室長。首都圏に在住する、1960年以降に生まれた子供を持つ主婦を対象に、1998年から「食DRIVE」定性調査を実施してきた。著作に『変わる家族 変わる食卓――真実に破壊されるマーケティング常識』(中公文庫、2009年)、『日本人には二種類いる 1960年の断層』(新潮社、2013年)などがある。

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