ウクライナ問題を活用した積極外交を

河東 哲夫【Profile】

[2014.04.18] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

ウクライナ情勢をめぐる米ロの対立が激化する中、オバマ米大統領が来日する。安倍政権下でロシアとの関係強化を図ってきた日本が取るべき方策は何か。旧ソ連圏での経験が長い元外交官の河東哲夫氏が考察。

ウクライナは米ロ角逐の天王山

「ソ連」という帝国が崩壊したのは約20年前だが、ロシアの周縁諸国はいまだに不安定性を抱えており、今はウクライナ情勢が荒れている。これはロシアの後退を確定的なものとするか、それともプーチンのもくろむソ連復活を助けるものとなるか、天王山ともいえる事件なのである。

ウクライナは人口4000万(その中ではロシア語人口が半分弱)を超える旧ソ連第2の大国、しかも農業・工業の一大中心地であるばかりでなく、実はロシア軍の装備を今でも支える。核戦力の主力であるSS-18ミサイルはウクライナで作られ、戦闘機装備の空対空ミサイルの半分はウクライナ製、大型輸送機アントノフもウクライナ製というありさまなので、製造根拠地の東・南ウクライナを西側に抑えられることはロシア軍部にとって悪夢となる。

従ってロシアはウクライナを「連邦制」にすることを提案しているのだが、それは「国家連合」に近いものだ。東・南ウクライナに独立格を与え、自陣営に取り込もうとしているのである。それゆえに連邦制導入をめぐるウクライナ・ロシア・欧米間の話し合いは簡単にはまとまらず、5月25日にウクライナ政府が予定する大統領選は延期される可能性もある。東ウクライナの諸都市では、親ロ勢力が役所を占拠して、一触即発の情勢が続いている。このような情勢の中で、4月23日からオバマ大統領が来日することになる。日本はウクライナについて、どのように対処するべきか。

日ロ関係の停滞はやむを得ない

中国と切り結ぶので頭が一杯の日本にしてみれば、ウクライナに米国の関心を取られる上に、中国けん制のために強化してきたロシアとの関係まで後退させなければならないのは、有り難くない話である。しかしこうなってしまった以上、日本は西側の一員として対処する以外に道はない。日ロ関係は停滞せざるを得ない。この1年間多大な努力で築いてきた安倍晋三首相・プーチン大統領間の「萌え」関係も、しばらく冷蔵庫入りだ。

西側から制裁を受けたロシアは孤立して(中国も米国とロシアの間で二股をかけている)、実際には日本に対して弱い立場に置かれるのだが、軍用機による日本領空侵犯を増やすなどして日本を威嚇してくるだろう。その裏では北方領土問題解決の餌を見せ、日本を引き寄せようとするだろうが。今秋に予定されているプーチン来日は、このような虚々実々の取引の中で決まっていくものなので、今から実行、延期のいずれかを決めることなく、むしろ日本のカードとしてとっておけばよい。

対ロ制裁については、「ロシアのような大国に制裁とは恐れ多い」という感情も日本人の一部にあるようだが、これは西側の一員として平静に措置を取ればいい。1979年ソ連のアフガニスタン侵入や、1981年ポーランドでの民主化運動の弾圧措置の時には、日本も随分「制裁」をやっている。もっとも、日本がロシアにできる「制裁」は、レパートリーがかなり限られているのだが。

欧米諸国の場合でも、ロシアを制裁して返り血を浴びないものはあまり見当たらない。欧米の金融市場・金融インフラはロシアの企業にとって不可欠なものになっているのだが、これとて対ロ制裁においそれとは使えない。制裁の結果ロシアの資金が西欧に入らなくなると、西欧の金融機関も困るのだ。そして西欧は、ロシアの石油・天然ガス輸入を停止するという極端な措置にも踏み切れまい。

有効な制裁は石油・天然ガスの暴落

結局、一番抵抗が少なく、かつロシアに対しても有効な制裁措置は、世界の石油・天然ガス価格の暴落を演出することであろう。1991年のソ連崩壊も、その引き金は1985年のサウジアラビアによる原油大増産の決定と価格の3分の1への大暴落なのである。現在1バレル110ドル程度の原油価格が、米国のシェールオイル生産を阻害しない80ドル程度に下がっただけで、ロシア財政は大きく逼迫(ひっぱく)し、ルーブルは下落し、インフレも亢進(こうしん)して社会は不安定化するだろう。イランと対立し、そのからみでシリアのアサド政権転覆をめざすサウジアラビアにとっては、アサド大統領を助けるロシアを窮地に追い込む絶好の機会ともなる。またイランのシーア派が勢力を伸長するイラクにおいて、北方の産油地域のクルド族が「住民投票」をして独立し、原油の大増産を図るというシナリオも十分可能である。

今後、西側とロシアの関係悪化がどのくらいの期間続くかはわからない。2008年のグルジア戦争の場合、米ロが「リセット」を宣言するまでわずか半年しかかからなかった。今回も、中国が尖閣諸島や南シナ海で一方的行動に出れば、米国はロシアとのより・・を早期に戻そうとするだろう。しかし関係悪化が長期にわたる場合、日本は北方ではロシア・北朝鮮、南方では中国への対処を迫られる。北方だけ念頭に置いていた冷戦時代より安保環境はさらに悪化するのであり、米軍が欧州方面への対処も迫られることを考えると、日本は自衛隊の戦力をかなり大幅に増強せざるを得まい。クリミアや東ウクライナに対するロシアの行動は「国際無法時代」の到来を告げるものでもあるので、日本は尖閣の守りを強化し、南西諸島・沖縄などについては中国などによる策動――「独立をめぐっての住民投票」実現運動など――を防ぐべく、同地の経済・民生向上に努めるべきであろう。

欧州がロシアの石油・天然ガス輸入を控えると、中東などの原油・液化天然ガス(LNG)価格が急騰しよう。米国のシェールガス・シェールオイル大量輸出のためのインフラ、法制度が整うまでにはまだ時間がかかる。原子力発電所の安全確保、事故時の指揮体制の確立などを行った上で、必要最小限の原発を再開することが必要になる。ただし、20年間ほどかけて現行型原子炉の全廃とトリウム原子炉の開発、石炭発電の活用など、将来へ向けての工程表を示すべきである。

日米欧による「新マーシャル・プラン」提案も

4月23日のオバマ来日までもう時間はほとんどない。オバマ大統領との日米首脳会談では、ウクライナについては、国際通貨基金(IMF)が先頭に立つ金融支援に日本も本格的に加わる姿勢を明らかにしておけば十分であり、対ロ制裁措置については問題意識を米国と共有することを明らかにした上で、具体的措置はG7内部の調整に待つという姿勢でいいだろう。

日本にとっては、ウクライナ情勢に直接的な関与度を高めるより、東アジア地域の繁栄と安定維持における日米の役割・負担の分担割合を定める方がはるかに重要な問題であり、それによって日米関係がより緊密化することで、ひいてはウクライナ問題における西側の立場を強化することになるだろう。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)もその文脈で語ることができるのである。

現在の世界の課題は、イラク戦争とリーマン危機を乗り切った米国がまだ回復途上にあり、対外介入を避けている時期に、世界の安定をどのように保持していくかにある。米国はこれまでその非政府組織(NGO)を先頭に、旧ソ連・中東諸国などでの「民主化」運動を支援することで勢力の維持を図ってきたが、それは今回のウクライナや「アラブの春」に見られるように、混乱を生むだけでなく、米国に対する失望感と警戒感も生んでいる。世界を安定させるには、やはり産業振興による中産階級の創出と、それを基盤とした民主主義の醸成を図ることが王道なのであり、その方向で「新マーシャル・プラン」的なものを日米欧が打ち出し、BRICsもドナーとして含めれば、世界の雰囲気も変わってくるであろう。

今回のオバマ来日の際には、現行の国際秩序を力によって変更しようとする試みに日米は反対するという趣旨を両国で声明すれば、それはウクライナへのロシアの介入、尖閣・南シナ海での中国の一方的な行動、そして「日本は戦後の合意をくつがえそうとしている」という中国の奇妙な対米キャンペーンを封じ込めるとともに、安倍政権は戦後秩序に挑戦しようとしているという、米国の一部に見られる誤解を正すものにもなるだろう。

ウクライナのような国際問題は、これまでのようにただ受け身で対処を考えるより、この機会をむしろ活用して日本の立場を向上させることを考えていくべきである。

(2014年4月15日 記、タイトル写真=親ロシア派勢力による行政施設の占拠が続くウクライナ東部ドネツク州で、親ロ派住民に取り囲まれて進路を妨害されるウクライナ軍の装甲車と兵士[2014年4月16日、撮影=Sergei Grits/AP Photo/アフロ])

(編集部注:2014年4月25日追記) 4月24日に行われた日米首脳会談で、安倍晋三首相とオバマ米大統領はウクライナ情勢をめぐって、力を背景とする現状変更が許されないことを確認し、G7諸国で連携していくことで一致した。また、安倍首相は、3月24日に発表した約15億ドルの経済支援を含め、ウクライナ安定のための支援を継続することを表明した。

この記事につけられたタグ:
  • [2014.04.18]

ウェブサイト「Japan and World Trends」代表。1947年東京生まれ。1970年東京大学教養学部卒業後、外務省に入省。ハーバード大学大学院ソ連研究センター、モスクワ大学文学部への留学を経て、東欧課長、在ロシア大使館公使、在ウズベキスタン・タジキスタン特命全権大使などを歴任。退官後は東京大学および早稲田大学の客員教授、東京財団上席研究員などを務める。著書に『ロシアにかける橋―モスクワ広報・文化交流ノート』(かまくら春秋社、2006年)、『意味の解体する世界へ』(草思社、2004年)など。(プロフィール写真=国際交流基金・高木氏撮影)

関連記事
最新コンテンツ

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告