「平和主義」と「国際協調主義」の両立へ向けて

細谷 雄一【Profile】

[2014.06.02] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | العربية | Русский |

安保法制懇委員として集団自衛権の行使を含む安全保障政策についての提言づくりに参加した筆者が、日本の安保法制の「空白」を突く。

2014年5月15日の午後に首相官邸において「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)が開かれて、柳井俊二座長から安倍晋三首相へと報告書が手渡された。これは、歴史的なことである。第一に、この有識者会議が設立されたのは、第一次安倍政権時の、2007年4月のことである。それから7年もの長い時間を隔てて、最終的な報告書が成立したことになる。第二に、この報告書の提言によって、従来の内閣法制局の解釈では全面禁止とされていた集団的自衛権の行使について、限定的な行使の容認を提言する内容となっており、これが実現すれば日本の安全保障政策において、国際協調が飛躍的に進歩することになる。

私は、第二次安倍政権でこの有識者会議を再開した後の2013年9月から、新たにこの会議の委員に加わることになった。イギリスの外交や安全保障政策を専門にする立場から、日本の安全保障の法制度が、より適切なものへと整備されることが必要だと感じており、そのような立場から報告書作成に参加させていただいた。

私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)で座長の柳井俊二国際海洋法裁判所長(中央右、元駐米大使)から報告書を受け取る安倍晋三首相(同左)。右端は座長代理の北岡伸一国際大学長、左端は菅義偉官房長官=5月15日午後、東京・首相官邸/ 時事

法制懇―安全保障をめぐる法制度の「空白」点検が課題

2007年4月にこの有識者会議を立ち上げる際、安倍首相は次のように述べている。「我が国をめぐる安全保障環境が大きく変化する中、時代状況に適合した実効性のある安全保障の法的基盤を再構築する必要があるとの問題意識の下、個別具体的な類型に即し、集団的自衛権の問題を含めた、憲法との関係の整理につき研究を行う」。

また、2013年2月に第二次安倍政権でこの有識者会議を再開する際には、安倍首相は「我が国周辺の安全保障環境が一層厳しさを増す中、それにふさわしい対応を可能とするよう安全保障の法的基盤を再構築する必要がある」と述べた。共通しているのは、安全保障環境が大きく変化する中で、それに適応した安全保障の法制度が必要だということだ。

また、日本の安全保障の法制度に欠陥がないか、あるいは法の「空白」がないかを点検することが、大きな課題となっていた。集団的自衛権の問題はそのなかの一つであって、それのみがこの懇談会で議論されたわけではない。もしも日本の安全保障の法制度に欠陥があり、法の「空白」があるとすれば、国民の生命や安全を十分なかたちで守ることはできず、また平和のための貢献を行うこともできないであろう。集団的自衛権行使の容認がこの有識者会議の目的だと位置づけるのは、正しくない。より幅広い課題を検討してきた。

「個別的自衛権」への拘泥と不自然な法解釈が阻む国際協調

それでは、日本の安全保障の法制度には、どのような問題があったのだろうか。私は、最も大きな問題は、内閣法制局がこれまで不適切なほど過剰に「個別的自衛権」という枠組みに拘泥しすぎたことによって、さまざまな支障が生まれたことだと考えている。そしてもう一つは、内閣法制局の考える「集団的自衛権」の発想が、国際的な標準的理解とはかけ離れていることである。それはどういうことであろうか。

「個別的自衛権」にあまりにも拘泥することは、他国と協調する余地を奪うことを意味する。グローバル化が進み、またアルカイダのような国際テロリストネットワークが国境を越えたテロリズムを行う時代において、幅広い国際協調は不可欠となっている。サイバーテロへの対応においても、国際協調は重要な前提となっている。また、軍事技術が発展し、大量破壊兵器が拡散する時代において、一国のみで自国の防衛を担おうとすることは極めて困難となっている。したがって、先進諸国間では、北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)に見られるように、安全保障における国際協調が大きな潮流となっている。

また冷戦後の世界では、国連の平和維持活動が活発化し、「人間の安全保障」や「保護する責任」という人道主義的な国際的連帯が強まっている。日本だけがそこから離れているわけにはいかない。しかしながら、現在の日本の安全保障法制度では、内閣法制局の上記のような窮屈な憲法解釈の影響を受けて、自国を守る「個別的自衛権」を越えた国際協調を行うことができなくなっている。そのことが多くの場面で支障をもたらしてきた。

さらに、1997年に「武力行使との一体化」という概念が、大森政輔内閣法制局長官の答弁から生まれたことが、国際協調をよりいっそう困難にした。これは、「自らは直接武力の行使をしていないとしても、他の者が行う武力の行使への関与の密接性等から、我が国も武力の行使をしているとの評価を受ける場合」を指している。この不自然な内閣法制局の法解釈によって、日本が武力行使をしていない場合の、他国に対する輸送や医療などの後方支援活動さえもが「日本の武力行使」だと憲法解釈上位置づけられ、禁止されるようになった。

これは、国際的な標準的理解からは、かけ離れた日本独自の不自然な法解釈である。朝鮮半島有事のような場合に、在日米軍が韓国を防衛するために行動する際において、日本が米軍に燃料や医療品などの後方支援をすることさえもが、憲法上禁止される「日本の武力行使」の概念に基づいて「集団的自衛権の行使」とみなされてしまうのだ。同盟国であるアメリカに、燃料や医療品を提供することが、なぜ「日本の武力行使」になってしまうのか、理解に苦しむ。

武力行使伴うPKO参加容認から一転した内閣法制局の見解

これらの内閣法制局による過剰に窮屈な法解釈によって、日本はNATOと実効的な協力をしたり、より広い範囲で国連の平和維持活動(PKO)に参加したり、平和を回復するためのアメリカの行動を後方支援したりすることができなくなってしまった。日本の自衛隊は、自国の防衛以外に用いてはならず、それは過度に利己主義的な姿勢といわざるをえない。

それは、本来憲法が想定していた理想ではないはずだ。日本国憲法前文では、「いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」と書かれている。また、1959年の砂川事件での田中耕太郎最高裁長官の補足意見では、「自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められるのである」と述べた。このことを田中長官は、「憲法前文の国際協調主義の精神」と呼んだ。

このような「憲法前文の国際協調主義の精神」からすれば、1981年以降に内閣法制局があまりにも過剰に、「個別的自衛権」に拘泥した憲法解釈を行ってきたことは、本来の憲法の精神からの逸脱といわなければならない。日本国憲法はそもそも、平和主義の精神と国際協調主義の精神の両立を期待していたのである。「自国のことのみに専念」して、「他国の防衛への協力」という「義務」を放棄するような利己主義的な安全保障政策は、「憲法前文の国際協調主義の精神」に背いたものである。

1960年代には内閣法制局でさえも、このような国際協調主義の精神に基づいて、自衛隊が国連PKOに参加することを憲法上問題ないとしていた。最近の外務省開示文書に基づいた研究が明らかにしたように、内閣法制局は、憲法第9条が禁ずるのは日本自身の武力行使であって、国連が自らの意志で行う武力行使は同条の適用範囲外であり、したがって日本が国連憲章上の国連軍に参加しても憲法上問題ないとした。また国連決議があることなどの一定の条件を満たせば、武力行使を伴うPKOでも憲法上問題ないとした。(※1) しかしながら、PKOへの自衛隊派遣を行おうとした政府内での動きは、政局に巻き込まれた結果、棚上げにされてしまった。それが、自衛隊海外派遣が全面禁止に向かっていき、1981年には集団的自衛権行使の全面禁止という内閣法制局の見解に帰結する。

「法の支配」を重んじる国家としての良識を踏まえて

安保法制懇報告書では、憲法の根本原則として、「国際協調主義」と「平和主義」を指摘している。それは、1960年代まで政府内で確立していた「国際協調主義」の精神を、安全保障政策においても回復しようとする試みである。安倍首相が繰り返し、「積極的平和主義」という言葉で語るように、これからの国際社会で日本はより幅広い平和への貢献をしていかなければならない。

そのような、報告書で明記されている理念が無視されて、集団的自衛権行使によって日本が「戦争ができる国」になるという懸念が一部では広がっている。しかしながら、日本国憲法9条1項でも、国連憲章2条4項でも、戦争を行うことは禁止されている。日本が憲法を守る立憲主義的な国家で、また国際法に従う「法の支配」を重んじる国家である以上、自衛権の行使を越えて日本が自ら戦争を行うことは考えられない。あくまでも、戦争を抑止して、平和を確立するためにも、より実効的な安全保障法制度と国際協調が求められているのだ。

安全保障の論議において欠かすことができないのは、良識である。安保法制懇の報告書が幅広く読まれ、そこで記されている基本理念が理解されて、より健全な安全保障法制度の整備へ向けて国民の理解が深まることを願っている。

(2014年5月27日 記)

タイトル写真=国連安全保障理事会(提供=The United Nations/AP/アフロ)

(※1)^ 村上友章「国連安全保障理事会と日本 一九四五~七二年」細谷雄一編『グローバル・ガバナンスと日本』(中央公論新社、2013年)200-201頁。

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nippon.com編集企画委員。慶應義塾大学法学部教授。1971年千葉県生まれ。立教大学法学部卒業。2000年慶大大学院政治学専攻博士課程修了。北海道大学法学部、慶大法学部などの専任講師を経て2006年慶大法学部助教授。2011年から現職。著書に『戦後国際秩序とイギリス外交——戦後ヨーロッパの形成、1945-51年』(創文社/2001年/サントリー学芸賞受賞)、『大英帝国の外交官』(筑摩書房/2005年)、『倫理的な戦争——トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会/2009年/読売・吉野作造賞受賞)など。

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