商船三井差し押え事件の教訓と中国の選択的執法リスク

鈴木 賢【Profile】

[2014.07.14] 他の言語で読む : 简体字 | 繁體字 |

商船三井船舶の差し押さえ事件は、特殊な事例であった。しかし、中国共産党政権がナショナリズムから統治の正統性を獲得しようとする限り、日本企業に対する選択的な法の執行が行われるリスクは消えない。

大阪商船三井船舶貨物船差し押え事件の顛末

2014年4月19日、上海海事法院が商船三井が所有する鉄鉱石運搬船を差し押さえたというニュースが報じられ、その後、4月23日には同社が約40億円もの供託金を同法院に納めて、差し押えが解除されたという。日本さらには一部の中国メディアでも、日中の政府間関係が緊張するなか、いわゆる戦後民間賠償の一環として中国側が日本企業の在華財産を差し押さえたとの報道も見られた。日本船差し押えのニュースが報じられると、中国のネット掲示板には、「日本が中国内に有するすべての財産を差し押さえて、中国侵略に対する賠償に充てるべき」との極端な書き込みも現れたという。

もっとも、中国政府は公式には本件が通常の商事案件であり、政治的、歴史的な意味合いのある事件、ましてや戦後賠償を担保するための差し押えではないとしている。しかし、このタイミングで1930年代の船舶の賃料債権に起因する巨額な賠償にかかわって、戦前の借り主の地位を継承している商船三井に対して、中国の法院が現役の貨物船を差し押さえたことに、政治的な思惑がまったくないはずはない。この国の裁判制度の運用からして、これほど大きな案件(係争額の大きな渉外事件)の処理をめぐって、共産党上層部の承認なしに純粋に法律的な手続としてなされることはありえない。

日本海軍が接収、戦時中に沈没

実はこの事件は、古くから日中両国の裁判所で長い間、争われてきた中威輪船公司事件として知られる著名な事件の結末である。中国メディアの報道によると事件は以下のような経緯を辿ったとされる。中威は1930年代に「中国船王」として名を馳せた陳順通が経営する船会社で、日本の大同海運に対して二隻の貨物船を賃貸していたところ、船は日本海軍によって接収されてしまった。その後、戦時中に船はいずれも沈没し、船主の陳順通は1949年に物故。遺書で息子の洽群に日本側への賠償請求を続けるよう託したという。

香港に移住した陳洽群は、50年代、60年代を通じて大同海運と交渉を続け、また1962年からは日本政府にも賠償を求めるようになり、1964年には東京地裁に日本政府を相手に訴訟を提起した。1974年、請求権が消滅時効により消滅したとして訴えは退けられている。1987年から中国で民法通則が施行されたことを承けて、今度は1988年に大同海運を継承した日本海運を相手に、上海海事法院に訴えを提起した。

1989年には正式に受理され、その後、20年間に5回にわたって口頭弁論が開かれた。この間、原告は陳順通の孫である陳春、陳震に、被告側も日本海運から商船三井へと引き継がれ、2007年12月7日に被告に対して29億円余りの賠償を命じる判決が下された。双方が上海市高級法院に上訴したが、2010年12月23日にいずれの上訴も棄却され、1審判決が維持されて、それが発効判決となった。商船三井が支払いに応じなかったため、原告側が強制執行を申請、その後も交渉が続いていた。2013年12月には交渉決裂を理由に、再度、上海海事法院に対して執行を申請していたところ、今回の差し押えに至ったものである。

特殊な事件、類似ケースはありえない

一部にこのように日本企業の在華財産が今後も続々と戦前の賠償のために差し押えにあうのではないかとの懸念の声があるが、本件はきわめて特殊な事件であり、同じようなケースが続くことはないであろう。

というのも、本件が中国の法院で受理されたのは、民法通則施行後2年以内であったために、訴訟時効の適用を免れたからであった。最高人民法院の「民法通則の貫徹執行の若干の問題に関する意見」(試行)165条は、民法通則施行以前に権利者がその民事権利が侵害されていることを知っているか、知るべきであった場合には、訴訟時効の起算点を1987年1月1日とするとしていたのである。民法通則135条により、訴訟時効は通常2年とされているので、本件についても1988年末までは裁判上の権利保護を求めることが可能であった。原告はこのわずかな隙をねらって本訴を提起したのであり、今後これを利用することはできない。

「選択性執法」の餌食、懸念は消えず

以上のような理由から本件のようなケースが今後も繰り返されることはないとは言えるものの、日本企業にとってまったく懸念がないわけではない。

そもそも本訴提起の2年後の1989年になって本件が上海海事法院によって受理され、事件として取り上げされていること、しかも1審の審理になんと20年もの時間を要していることは、本件が中国側の深遠なる政治的な考慮を経ていることを物語る。日本と違って中国の裁判で20年もの時間を要することは異例中の異例と言える。加えて、原告からの強制執行の申請が受け付けられ、法院が日本の会社の在華財産への差し押えをすることにも、政治的な意味合いが込められているであろう。尖閣問題などで対立する日本政府に対するプレッシャーを意図していないはずはない。単なる民事事件とされる中威事件の処理も、両国の領土をめぐる確執も、ともに中国側の司令塔が共産党であることには変わりはない。

中国では法律はしばしば選択的にしか動員されない。いわゆる「選択性執法」と呼ばれる現象であり、違法行為や合法と違法の間に広範に放置されているグレーゾーンに対する取り締まり、摘発は、一律に行われるわけではない。普段は黙認されている違法とも評価しうる行為が、何らかの政治的な必要性や政策的意図のもとで跛行的にしか取り締まられないことは日常茶飯事である。合法性に自信の持てない者にとっては、グレーゾーンは当局に対する「弱み」であり、日頃からその傷をなめながらひっそりとやり過ごしている。当局側はこれを人質に取りながら、バーゲニングのための有利な所与条件として活用する。しかし、情況によっては当局が「整頓」(一斉取り締まり)へとチャンネルを切り替えれば、途端に一網打尽にされかねない。法はそうした恣意的な抑圧の口実として都合よく動員される。

中国の個人や法人同士で、今日に至って戦前の契約関係などに起因する賠償問題が法廷で争われることはまずない。その意味で本件が事件として取り上げられ、しかも敗訴したうえに、おまけに差し押えまでされたのは、債務者が日本企業であり、その後継企業が存続し、中国内に財産をもっていたからである。まさに「選択性執法」の餌食になったと言えるが、これも中国法の日常的情景の一コマに過ぎないことになる。

神的正統性から物的正統性へ、変容する統治の正統性基盤

選挙という民主的な手続に統治の正統性の根拠をもたない中国共産党にとって、日本をはじめとする列強による侵略から中国を解放したとする歴史神話は、支配の正統性の貴重な源泉であり続けた。去る7月7日、盧溝橋事件77周年記念の式典で習近平総書記が、安部晋三首相を念頭に「侵略の歴史を美化する者を、中国と各国人民は決して認めない」と述べたのも、そうした神話を風化させてなるものか、という意図が込められている。日本による侵略の歴史の記憶は、共産党の輝かしき功績と表裏一体であり、首相や閣僚による靖国神社への参拝や南京事件否定発言などが論壇をにぎわせることは、共産党にとっては実にありがたいことに違いない。

建国して60年を超える年月が経過し、解放神話の記憶が色あせていくなか、共産党は経済発展を図ることで政治的正統性の減摩を食い止めようとしてきた。1989年天安門事件以後、計画経済システムからの完全な決別、そして際限なき市場経済化へと舵を切ったのは、神的な正統性を相対化し、それに代えて物的な正統性に依存しようとする決断でもあった。政権の維持を金儲けの自由の解放、経済的な豊かさへの渇望を満足させることにかけることとしたのである。

したがって、中華人民共和国65年の歴史を大きく二つに時期区分するならば、その境界線は、一般にいわれる改革開放路線への起点となったとされる1978年12月、党の第11期3中全会ではなく、むしろ天安門事件後の1992年年初の鄧小平による南巡講話による市場経済への転轍宣言にあったと見るべきであろう。

その後、中国経済が驚異的な高速発展を遂げたことは、周知の通りであるが、他方で政治の民主化は見事に置き去りにされた。いわば南巡講話路線とは、政治の民主化をしないことを条件に、押さえつけられていた金儲けへの欲望を解き放つという共産党と中国人民との間の「悪魔の取り引き」であった。それは天安門事件で民主化要求を突きつけた知識人、学生を血の弾圧で押さえ込み、ソ連、東欧の社会主義圏が崩壊していくなかで、共産党が選択した生き残り戦略でもあった。

30年以上を経た今日、環境破壊や貧富の両極分化など深刻な社会問題を抱えているとはいえ、経済の規模的繁栄、軍事大国化への躍進ぶりを見れば、この戦術は見事に当たったと評し得よう。しかし、その経済的成長にも今日、陰りが見え始めている。こうして今後も独裁政権の維持を図るには、物的正統性に代わる第3の正統性を見いだす必要に迫られることになる。抜け目ない共産党はこれをとうに察知しており、江沢民時代から愛国主義、すなわちナショナリズムの昂揚にあい務めてきた。

中国の夢とナショナリズム

2012年秋、習近平の総書記就任とともに彼が訴えたのは、果たして中華民族の偉大な復興、すなわち「中国の夢」の実現であった。これを支配の正統性根拠の軸足を、物的正統性からナショナリズムへと移すことを宣言したものと解することができる。もちろん、経済力の一層の増強が夢の実現に不可欠なことは間違いないが、それも最終的にはナショナリズムの求めに応じることに貢献するという意味で重要だという位置づけに変わっているのである。こうして今日の共産党政権は、投票箱という民主的な手続を拒否しながら、独裁政権を維持するために、ナショナリズムにしがみつくこととなった。

最近、バブル崩壊の足音がひたひたと忍び寄ってくるなか、習近平体制がことのほか寛容性を失っているように見える。天安門事件25周年にもあたる今年、人権擁護活動にかかわったり、民主化を訴える弁護士、学者、ジャーナリストが相次いで拘束され、一部には刑事処罰をもって弾圧を加えようとしている。

そんななか、神的正統性ばかりか、ナショナリズムをも裏から担保してくれる日本の存在が逆に重要性を増している。共産党にとっては日本軍国主義の復活を思わせるイベントくらいありがたいものはない。尖閣列島をめぐる軍事的緊張も集団的自衛権を認める憲法解釈の変更も、かつての「宿敵日本」を彷彿とさせる格好のネタにほかならない。

低くならないチャイナリスク

その意味では、今後も日本企業をねらった「選択性執法」が、商船三井事件とは違った形で繰り返される可能性は高い。まさに今、そのための素材仕込みが着々と進み、出番を待っているのかも知れない。反日によってナショナリズムを煽ることで、独裁政権が正統性を獲得するというグロテスクな構造を変えない限り、日本にとってのチャイナリスクは低くはならない。民主化された中国とこそ、真の友好関係を築く可能性が開けることを、今こそ日本人、日本政府は自覚すべきである。ツイッターで実に的を得た中国語のつぶやきを見かけた。以下に掲げて、小論の締めくくりとしたい。

「日本という魚は中国共産党に3度食われている。抗日戦争の時には日本を利用して国民政府を打ち、改革開放では日本を利用して経済を発展させ、いまは日本を利用して愛国主義を煽っては、人民の忠君感情を高揚させている」

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  • [2014.07.14]

北海道大学大学院法学研究科教授。1960年北海道生まれ。北海道大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学、法学博士。著書に『現代中国相続法の原理――伝統の克服と継承』(尾中郁夫・家族法学術奨励賞、発展途上国研究奨励賞受賞)。

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