「職業政治家」率いるインドネシア新政権が直面する課題

白石 隆【Profile】

[2014.08.22] 他の言語で読む : ENGLISH |

インドネシアでポスト・スハルト時代の申し子である庶民派大統領が誕生した。東アジアの外交・安全保障において、ジョコ新政権が大きな存在感を示すための課題を考察する。

民主制の定着を印象付けた選挙結果

インドネシアの大統領選挙の全国集計結果が、7月22日、選挙管理委員会によって、予定通りに公表された。公式結果は以下の通りである。

投票総数 133,574,277票
当選:ジョコ・ウィドド/ユスフ・カラ(副大統領候補)
得票率 53・15%
得票数 70,997,833票

落選:プラボウォ・スビヤント/ハッタ・ラジャサ(副大統領候補)
得票率 46・85%
得票数 62,576,444票

得票差は約840万票と大きく開いたが、プラボウォ・スビヤント、ハッタ・ラジャサ組は選挙に不正があったとして憲法裁判所に異議を申し立てた。8月21日に判決が下され、裁判官全員一致でプラボウォ氏の訴えを棄却、ジョコ氏の勝利が確定した。

インドネシアの国内ではもちろん、国外でも、7月9日の大統領選挙から22日の公式発表まで、集計のプロセスで大規模な不正行為が行われるのではないかという懸念があった。選挙の当日に実施された出口調査では、ジョコ、ユスフ組が3パーセント程度の差で勝利したと予想されていた。しかし、ふたを開けてみるとプラボウォ、ハッタ組が勝利したとの結果となり、インドネシア各地で大規模な暴動がおこるのではないかという懸念である。

しかし、結果的に、選挙管理委員会の集計プロセスはきわめて透明度が高く、選挙監視のNGOの活動もあって、不正行為は選挙結果を左右するほど大規模なものとはならなかった。これはインドネシアにおける民主制の定着を如実に示すもので、大いに喜ばしい。

「中所得国の罠」にはまらぬ成長政策が第一の課題

新政権は10月20日に発足する。新政権の経済政策チーム、安全保障チームの陣容が固まるまでには、まだしばらくかかる。しかし、新政権の取り組むべき重要政策課題ははっきりしている。第一の課題は経済である。インドネシア経済は大きな転機を迎えている。2008年の世界金融危機以降、インドネシアは、米国の量的緩和の金融政策と、石炭、パーム油など一次産品輸出ブームに乗って、高い経済成長を享受した。しかし、米連邦準備制度理事会の量的緩和政策はすでに終了に向かいつつあり、中国経済の減速に伴い、一次産品価格も低下している。

一方、インドネシアの1人あたり国内所得は2012年ですでに3500ドルを超え、次期政権にとって、「中所得国の罠」にはまることなく、いかに経済成長を続けていくかが大きな課題となる。ここで、中所得国とは1人あたり国内所得が3千ドルから1万2千ドル程度の国のことで、こうした国の経済が、かつて1980~90年代のブラジルのように伸び悩み、いつまでたっても高所得国の仲間入りができないとき、これを「中所得国の罠」という。

インドネシアがそういう罠にはまることなく成長を続け、質の良い雇用を生み、格差を拡大することなく、国民の生活水準を上げていくには、一方で、農林水産業を振興するとともに、インドネシア経済を今まで以上に地域的な生産ネットワークに組み込み、国際的価値連鎖の中でより大きな付加価値を取れる製造業部門を育成するしかない。そのためには、電力、道路、港湾、空港等のインフラ整備と規制緩和、中小企業育成・産業高度化、そして教育、特に産業人材育成がきわめて重要となる。

海洋の安全保障強化は日米豪との連携で

もう一つの課題は外交・安全保障である。これから10年、新興国の経済成長によって、世界的にも地域的にも、富と力のバランスは大きく変わる。スハルト時代(1966−1998)、インドネシアにとって最大の安全保障上の課題は国内の治安維持で、日米同盟を与件として構築されたその安全保障戦略において、海軍、空軍はほとんど重視されなかった。しかし、現在では東ティモールは独立し、アチェの分離独立運動も終えんした。スハルト体制崩壊直後、マルク、中部スラウェシなどで起こった宗教紛争も沈静化し、また、バリ事件はじめ一連の自爆テロを行ったイスラム主義武闘派も警察力でほぼ封じ込められた。

その一方、南シナ海では中国が一方的、大国主義的に行動するようになっており、インドネシアは中国と南シナ海における領土紛争を抱えているわけではないが、排他的経済水域の実効的管理については深刻な懸念がある。したがって、インドネシアとしても、海洋の安全保障にもっと資源を投入し、日米豪と静かに連携し、ASEANにおいてリーダーシップを発揮していかなければならない。

大統領選挙の公約等から判断する限り、新政権はこういう課題に正面から対処しようとするように見える。インフラ整備、農林水産業振興は重要課題として取り上げられているし、防衛予算の増加、海空軍の近代化も課題と認識されている。つまり、政治的意思はある。問題はできるかどうか、できるとして、どれほどのスピードで、どれほど包括的、体系的に課題に対処できるかである。

職業政治家としての実行力に期待する

インドネシアの政治体制は、スハルト体制崩壊以降、大きく変わった。その結果、現在の地方分権的民主制の下では、かつてのスハルト大統領のような強い大統領は制度的に許されず、国政においては強い議会と弱い大統領、中央地方関係においては地方自治体が大きな権限をもつようになった。

また、今回の国会議員選挙の結果を見れば、国会における多数党並立はこれまで以上に顕著となり、たとえ大統領が議会で安定的多数派を占める与党連合の形成に成功しても、国会が大統領の思い通りに動くことはありえないし、労働法、鉱山法など、外資の期待する法律の改正はきわめて難しい。さらに、第1次スシロ・バンバン・ユドヨノ政権の経験に照らして見れば、ジョコ・ウィドド大統領と、第1次ユドヨノ政権で副大統領として政治的手腕を発揮したユスフ・カラ副大統領の役割分担がどうなるか、副大統領が大統領をさしおいて「独断専行」するのではないかとの懸念もある。

ジョコ・ウィドドは1961年生まれ、スハルト体制崩壊後、中部ジャワの古都、ソロの市長として、地方経済振興に見事に成功した実績をもつ。その意味で、彼は、ポスト・スハルトの時代に登場した新しいタイプの政治家、地方自治体首長として行政経験を積み、中央政界に躍り出た職業政治家で、「大衆の心」を見事につかむ政治的センスと政策におけるプラグマティズムを持ち味とする。彼の指導下、インドネシア経済が順調に成長し、インドネシアが東アジアの外交・安全保障においてさらに重要な役割を果たすことを大いに期待したい。

(2014年8月22日 記)

タイトル写真:10月にインドネシア大統領に就任するジョコ・ウィドド・ジャカルタ特別州知事(提供=AP/アフロ)

  • [2014.08.22]

nippon.com編集企画委員会顧問。政策研究大学院大学学長、ジェトロ・アジア経済研究所所長。1950年愛媛県生まれ。1974年東京大学大学院国際関係論修士課程、1977年米コーネル大大学院博士課程修了。コーネル大歴史学科・アジア研究学科教授、京都大学東南ア ジア研究センター教授を経て2005年から政策研究大学院大学教授。2007年、紫綬褒章を受章。2009年1月から2013年1月まで内閣府総合科学技術会議議員。2011年10月から2014年3月までnippon.com編集長。著書に『海の帝国―アジアをどう考えるか』(中央公論新社/2000年/吉野作造賞受賞)、『帝国と その限界―アメリカ・東アジア・日本』(NTT出版/2004年)など。

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