「1票の格差」半世紀の不作為

土谷 英夫【Profile】

[2014.11.28] 他の言語で読む : ENGLISH |

また最高裁が国政選挙に「違憲状態」判決を出した。一向に改善する気配を見せない一票の格差問題の経緯とその背景とは。

衆議院の解散中に何か大事が起き国会の議決が必要になれば、参議院の緊急集会が国会の機能を果たす、と憲法にある。その参議院が「違憲状態」になっている。

最高裁大法廷は26日の判決で、都道府県単位の選挙区の「1票の格差」(議員定数1人あたりの有権者数比)が最大4・77倍の昨年7月の参議院選挙を「著しい不平等状態」とした。衆議院選の2回続きの「違憲状態」判決に加え、参議院選も2回続けて「違憲状態」になった。異常な事態と言わざるを得ない。

決着がつかなかった生涯をかけた闘い

これは長い物語である。日本で最初の1票の格差訴訟は、52年前の1962年に1人の司法修習生が起こした。

司法試験に合格し東京地裁で法律家になる研修を受けていた越山康さんは、指導役の服部高顕判事(後の第9代最高裁長官)に、米誌『ニューズウィーク』の記事を見せられた。米国の連邦最高裁が、1票の平等を求める訴えに司法審査の道を開いた、と伝えていた。

「日本でも」と思い立った越山さんは、さっそく62年の参議院選を提訴した。東京都民の1票が鳥取県民の4分の1(当時)なのはおかしいと。

戦後の新憲法下の最初の区割りでは、最大格差が衆議院(当時は中選挙区)で1・51倍、参議院地方区(現選挙区)で2・62倍だった。経済の成長につれ、農村から都市への人口の大移動が起き、格差は広がる一方だった。

半世紀前、東京五輪の年に下った最初の最高裁判決は、議員定数をどうするかは国会の権限、とにべもなかった。真正の「1人1票」の実現は、弁護士になった越山さんのライフワークになる。5年前に76歳で亡くなるまで20件以上の訴訟の原告になったが、生涯をかけた闘いに決着はつかずじまいだった。

動き出した司法の風向き

この半世紀、1票の格差是正はカタツムリの歩みだった。小手先の対応でごまかす国会と、その怠慢を見逃した最高裁。政治と司法の合作の不作為と言うほかはない。

この半世紀を司法サイドで見ると、①国会の幅広い裁量権をたてに訴えを退けた10年余、②76年に最高裁が初の違憲判決を出し、司法が格差圧縮に前向きだった時期、③80年代半ば以降の衆議院3倍未満、参議院6倍未満の格差を許した停滞の4半世紀、④ここ4、5年の司法が再び動き出した時期、の4つに区分できよう。

最初の画期は76年、最高裁が72年の衆議院選(同4・99倍)を「違憲」と断定したことだ。83年に80年の衆議院選(同3・94倍)を「違憲状態」、85年に83年の衆議院選(同4・40倍)を「違憲」と続いた。違憲と、違憲状態の違いは、国会の定数是正手続きに必要な「合理的期間」を過ぎたかどうか。過ぎてなければ違憲状態、過ぎたと見なせば違憲になる。

これらの判決には生ぬるいという批判もあった。違憲宣言しながら選挙自体は有効(やり直しせず)としたこと。83年判決で、過去の是正措置を合憲と見なし、衆議院で3倍未満の格差なら容認すると受け取れる“3倍基準”を打ち出したことなどだ。

ただ当時、司法担当記者だった私が退官後の裁判官らに取材して得た感触では、一挙に格差を圧縮するのは政治的に難しいので、とりあえず3倍未満をメドとし、将来さらに絞り込めばよい、と考えていた節がある。

また、85年判決では寺田次郎長官と、各小法廷を代表する3人の裁判官が連名の「補足意見」で、是正を怠ると将来、選挙無効にすることもあり得る、と警告を発している。ちなみに寺田次郎氏は寺田逸郎現長官の父君である。このころまでの最高裁は、何とかして国会に是正を促そうとする努力が見られた。

ところが88年の判決で、86年の衆参同日選(衆議院=同2・92倍、参議院=同5・58倍)を衆参ともに「合憲」にしたあたりから、最高裁の熱意が冷めたように見える。政界では「衆議院3倍未満、参議院6倍未満なら大丈夫」と、おおっぴらに語られるようになった。

実際、85年の違憲判決後の4半世紀をたどると、90年の衆議院選(同3・18倍)と92年の参議院選(同6・59倍)を「違憲状態」としたほかは、「合憲」判決ばかり続いた。

障害となっている参議院選挙区・県単位の区割り

一方、政治サイドでは衆議院が、中選挙区制から、小選挙区と比例代表制の組み合わせに変わり、96年の選挙から適用された。小選挙区は最大格差2倍未満を目指したが、議員数が急減する地方への配慮で、まず47都道府県に1議席ずつ配分し、残りを人口に応じて配る「1人別枠方式」をとったため、現実の選挙時には、ずっと格差が2倍を超えている。

しかし、衆議院3倍未満、参議院6倍未満という“高い天井”のおかげで、両院とも、その場しのぎの微修正で切り抜けてきた。

3倍や6倍の“基準”に何の論理的根拠があるわけでもない。「1票の格差の放置は住所による差別」「多数決が原則の民主主義で、投票価値が平等でないと何が多数かわからない」などの至極真っ当な批判に、到底応えられるものではなかった。

近年、弁護士グループが全国の高裁、同支部(選挙無効訴訟は高裁が一審)で、国政選挙のたびに一斉に訴えを起こし、また最高裁裁判官の国民審査の際に、格差是正に消極的な人物に「×」をつける運動が盛んになってきた。

そのせいもあるのだろう。高裁段階では、選挙無効に踏み込む判決も出てきた。最高裁も竹崎博允前長官の時代から明らかに変わった。2011年3月の大法廷判決で、09年の衆議院選を違憲状態とし「1人別枠方式による不平等が憲法に違反する」と具体的に指摘した。また、10年の参議院選を違憲状態とした12年10月の大法廷判決では、都道府県単位の区割りを改める抜本改正を求めた。

ところが、ボールを投げられた政治の側の反応は極めて鈍い。衆議院は、今回の選挙から適用される「0増5減」では、1人別枠方式が実質的に温存されている。議長の下に第三者機関の調査会を設け、定数削減を含むさらなる制度改革案づくりを託していたが、その作業の途中で解散してしまった。

一方、参議院は都道府県単位の選挙区割りのままの「4増4減」で前回選挙を迎えた。10~11年に西岡武夫議長(当時)が全国を9ブロックの比例選にする案や、9ブロックの大選挙区案を示したが、与野党が受け入れなかった。

16年の次回選挙までに「抜本改正の結論を得る」という公選法の「付則」を付けたが、参議院選挙制度協議会の作業は滞っている。座長だった脇雅史前自民党参議院幹事長が具体案を示したが、身内の自民党内の猛反発を受け、更迭された。改革案が絞られないまま、タイムリミットが迫っている。

政治に理解がありすぎる司法

こうした経緯に照らすと、今度の大法廷判決は、抜本改正に時間がかかることに理解を示しすぎている。まるで国会の言い訳を代弁するような、くだくだした判決文だ。時間切れで「違憲」と断じた4人の裁判官の反対意見の方が、明快で説得力がある。

衆参両院が、ともに2回続けて違憲状態判決を受けたことを、政治は重く受け止めなければならない。サッカーなら「イエローカード」2枚で退場である。野球なら「ツーアウト」で後がない。

このことは最高裁にもあてはまる。選挙から大法廷判決まで16カ月は、時間がかかり過ぎだ。次回はもっと早く、毅然とした判決を期待したい。

安倍晋三首相は「価値観外交」とやらで、「法の支配」をよく口にする。共産党が法の上にある中国などをけん制する狙いがあるのだろう。しかし、足元がこの体たらくでは、説得力を削がれよう。

カバー写真=最高裁大法廷(提供・時事)

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  • [2014.11.28]

nippon.com編集企画委員。ジャーナリスト。1948年和歌山市生まれ。上智大学経済学部卒業。日本経済新聞社で編集委員、論説委員、論説副主幹、コラムニストなどを歴任。著書に『1971年 市場化とネット化の紀元』(2014年/NTT出版)

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