「アベノミクス」の農協改革 これで終わらせてはならない

山下 一仁【Profile】

[2015.03.11] 他の言語で読む : ENGLISH |

安倍政権が約60年ぶりとなる農協組織の改革に着手し、農協側の同意を得た。改革の背景にある日本の農協の特殊性と今後の課題を考える。

2014年、戦後日本政治における最大の圧力団体である農業協同組合(農協=JA)の改革が、とうとう政治のアジェンダに載った。安倍晋三政権が推進する環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉の最大の障害である農協の政治力を削(そ)ぐ必要があったのだろう。

今回の農協改革については本稿の後半で詳しく述べるが、その前に、改革の背景にある日本の農協の特殊性について説明したい。

農協の組織原理が作り上げた高コスト体質

第2次世界大戦後の日本の農協は、終戦直後の食糧難の下でコメを農家から政府へ集荷するために、金融から農産物集荷まで農業・農村の全ての事業を行っていた戦時中の統制団体を衣替えして作った組織である。このため、他のどの法人にも許されない銀行業(貯金や融資などの信用事業)の兼務が認められ、また、農家の職能団体であるはずなのに、地域住民なら誰でも組合員になって農協の事業を利用できるという“准組合員”制度が認められた。しかもその後、生命保険や損害保険の事業(共済事業)も追加された。農協は、日本で唯一の万能の法人組織となった。

本来、協同組合は組合員が自主的に作る組織である。しかし、農協は、中央の意向を末端に及ぼすために作った戦時統制団体をルーツに持つため、中央の組織から地域農協へと指揮・命令が下るトップダウンの組織となった。協同組合原則からすれば、地域農協は組合員によってコントロールされるはずなのに、全国や都道府県の農協中央会や連合会によってコントロールされている。

また、農協は、農業資材を安く購入するために農家が作った組織であるはずが、独占禁止法の適用を受けないという特権を利用して、米国の倍もする肥料、農薬、農業機械、飼料などの資材を農家に押し付けてきた。農業生産に必要な資材が高くなれば、コストが高くなるので、農産物価格も高くなる。国内の農業資材や農産物の価格を高くすれば、農協はそれに比例して多くの販売手数料収入を得ることができる。農協が、日本農業の高コスト体質を作り上げてきたのだ。国際価格よりも高い価格を維持するためには、輸入農産物に高い関税をかける必要がある。

進まなかった農地集積と規模拡大

所得とは、価格に生産量をかけた売上額からコストを引いたものである。売上額を増やすか、コストを下げれば、所得は増える。日本の農家には、規模拡大によってコストダウンを図り、所得を増加させる道もあった。

しかし、農地面積全体が一定で増えない中で農家1戸当たり規模を拡大することは、戸数を減少させるということであり、政治的に人気のない政策である。コメ農家戸数を維持したい農協も、構造改革に反対し、1960年代以降、米価引き上げを所得増の手段として選び大政治運動を展開した。

戦時中から1995年まで続いた政府によるコメ全量管理という原則の下で、生産者米価(政府が農家から買い入れる価格)の引き上げによって、本来ならば高コストで農業生産から退出するはずの零細農家も、農業を継続してしまった。零細農家が農地を出してこないので、農業で生計を立てている主業農家に農地は集積せず、規模拡大は進まなかった。主業農家の販売シェアは、酪農で95%、野菜や畑作物では82%にもなるのに、コメだけ38%と極端に低い。

米価引き上げが米作農業をむしばむ

米価引き上げが、兼業農家の滞留、コメ消費の減退、コメ過剰による減反政策の実施などをもたらし、米作農業をむしばんでいった。農家の7割がコメを作っているのに、農業生産の2割しか占めていないことは、いかに米作が非効率な産業となってしまったかを示している。

図は、さまざまな農業の中で、コメ農家だけ農業所得の割合が著しく低く、農外所得(兼業収入)と年金の割合が異常に高いことを示している。実態として、コメを作っているのは、サラリーマン(兼業農家)や年金生活者である。コメの販売農家の中で主業農家の戸数は10%にも満たない。

農業を衰退させて農協は発展した

実は、コメの兼業農家や高齢農家を滞留させたことも、農協の発展につながった。これらの農家は農業から足を洗おうとしている人たちなので、農地を宅地に転用したいので高く売ってくれと持ち掛けられると、喜んで売ってしまう。このことは、銀行業務を行える農協の経営には好都合だった。兼業収入や年金収入だけでなく、農地を転用して得た年間数兆円に及ぶ利益も、農協の銀行部門「JAバンク」に預金してくれた。こうして、JAバンクの貯金残高は2014年3月時点で91兆円まで拡大し、みずほ銀行(102兆円)や三井住友銀行(85兆円)と国内銀行2位を争うメガバンクとなっている(みずほと三井住友の預金残高は2014年9月時点)。

農業は衰退しているので、JAバンク貯金のうちの1~2%しか農業に融資されない。しかし、非農家の地域住民を准組合員とすることで、貯金の3割を住宅ローンなどに貸し出した。今では、准組合員が正組合員を75万人も上回っている(2012年度末)。貯金の残り7割はJAバンクの中核である農林中央金庫がファンドとなってウォール街などで運用している。農業を弱体化し、自らは脱農化することで、農協は発展した。農協はもはや農業金融のための組織ではないのである。

関税がなくなり、高米価が維持できなくなれば、農協の存立基盤がおかしくなる。だから、農協はTPP反対運動を展開した。高米価こそ、日本の農業を犠牲にしても農協が守りたい利益である。

どの国にも農業のために政治活動を行う団体はあるが、その団体が経済活動も行っているのは、日本の農協をおいて他にない。しかも、農協の政治的・経済的利益が高いコメ価格維持とリンクしている。農協が守ろうとしているのは、組合員である農家や日本農業にとっての利益というより、農協組織の利益である。

「アベノミクス」の農協改革

こうした状況の中で、TPP参加を推進する安倍政権は、経済政策「アベノミクス」の一環として、約60年ぶりとなる農協改革に着手した。2014年5月、政府の規制改革会議は次の農協改革案をまとめた。

第1に、1954年の発足以来、農協の政治活動の中心だった全国農業協同組合中央会(JA全中)や都道府県の中央会に関する規定を農協法から削除する。全中は80億円、都道府県中央会が徴収するものを含めると300億円超の賦課金を地域農協から徴収してきた。農協法の後ろ盾がなくなれば、全中などは義務的に賦課金を徴収して政治活動を行うことも、強制監査によって傘下の農協を支配することもできなくなる。

第2に、農産物の販売や農業資材の供給などを行う全国農業協同組合連合会(JA全農)やホクレン(北海道の農協経済事業連合会)などの株式会社化である。これは、協同組合ではなくすということである。全農を中心とした農協の経済事業は、肥料で8割、農薬・農業機械で6割のシェアを持つ巨大な企業体であるのに、協同組合という理由で、独占禁止法が適用されてこなかった。さらに、一般の法人が25.5%なのに19%という安い法人税、固定資産税の免除など、さまざまな優遇措置が認められてきた。

第3に、准組合員の組合利用を、正組合員の2分の1以下とする、とされた。

しかし、翌6月に政府が自民党と折衝して作った合意文書においては、選挙で農協の支援を受ける自民党の議員たちの意向が強く反映され、これらの点について判断するのは農協だとされて、完全に骨抜きにされた。

また、11月に全中が公表した自己改革案では、地域農協に対する全中の監査権限は維持するとともに、全中などの中央会を農協法に措置することが重要だとされた。

全中の統制弱まる

しかし、農協改革を断行したい安倍首相の意向を受けて、自民党農林関係議員幹部と全中会長との間で協議が行われた結果、①全中に関する規定を農協法から削除し、全中を日本経済団体連合会(経団連)と同様の一般社団法人とする、②地域農協は全中監査と監査法人の監査を選択できるようにする、③都道府県の中央会は引き続き農協法で規定する、④全農などの株式会社化は農協側の選択とする、⑤准組合員への事業の規制は見送る、という内容で2015年2月に決着した。この合意に基づいて、3月以降、農協法の改正案が国会に提出される予定だ。

全中監査を強制でなくしたことで、全中の統制が弱まり、地域農協の自由度は増すだろう。しかし、全中の政治力は排除されない。全中は一般社団法人に移行するものの、手つかずの都道府県の中央会は、依然として強制的に賦課金を徴収できる。都道府県の中央会は全中の会員なので、都道府県の中央会が集めた賦課金は従来通り、全中に流れていく。また、協同組合であり続けるメリットの方が大きいので、全農などがあえて株式会社化を選ぶとは思えない。

規制改革会議の改革案で示された准組合員への事業の規制は、政権側の見せ球だったのだろう。准組合員が少なくなれば、地域農協は融資先に困ってしまう。これを提案したとたん、農協側にとって、准組合員が維持できるのであれば、全中監査を捨てることなどどうでもよいという判断になったのだろう。

しかし、非農家の准組合員の方が多い“農業”協同組合というのは異常である。今の地域農協の農業部門は解散させ、銀行・保険事業や生活資材供給を行う地域協同組合とすべきだ。農協は必要があれば主業農家が自主的に設立するだろう。それが本来の協同組合である。

また、今の地域農協では、主業農家も零細な兼業・高齢農家も同じく1票の決定権を持つため、少数の主業農家ではなく、農業をやっているとは言えない多数の零細農家の意見が、農協の意思決定に反映されてしまう。この1人1票制の改革や農協の地域協同組合化など、本質的な部分はまだ提案もされていない。これで農協改革を終わらせてはならない。

ただし、今回の改革もその意味は決して小さくない。農林水産省、農協、農林族議員の間に、これまでも争いはあったが、表面化したことはなかった。しかし、農協改革をめぐり、農協側は、農水省の変節を激しく指摘するなど、農水省と全面対決の様相を呈している。この三者の関係に大きな亀裂が生じている。今回、農協改革がたとえ期待する成果を上げなかったとしても、これに亀裂を生じさせたことの意義は大きい。

バナー写真=時事

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  • [2015.03.11]

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、経済産業研究所上席研究員。1955年生まれ。1977年農林省(現・農林水産省)入省。欧州連合日本政府代表部参事官、農水省地域振興課長、農村振興局次長などを歴任。2008年農水省退職。著書に『TPPが日本農業を強くする』(日本経済新聞出版社、2016年)、『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎、2016年)、『農協解体』(宝島社、2014年)、『日本の農業を破壊したのは誰か 「農業立国」に舵を切れ』(講談社、2013年)など。

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