人工知能による「ものづくり」の復権

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最先端の人工知能技術をめぐり、欧米や中国による研究投資、人材獲得合戦が熱を帯びている。日本トップクラスの研究者である筆者は、人工知能は「日本に向いた技術分野。実は、底力も潜在力もある」と主張する。

人工知能研究、3回目のブーム

人工知能がブームを迎えている。1956年に人工知能(Artificial Intelligence)という言葉が作られたのが人工知能分野のはじまりと言われているから、約60年の歴史のある研究分野であり、今回は3回目のブームである。

将棋のプロ棋士に勝つプログラム、クイズのチャンピオンに勝ったIBMの「ワトソン」や、iPhoneに搭載された音声対話システムSiri(シリ)などが人工知能の分かりやすい例だが、技術的にはディープラーニングという技術が注目を集め、破竹の勢いで研究が進んでいる。

例えば、「画像認識」という技術は、画像に映っているものが「花」であるか「ヨット」か「コーヒーカップ」か、などをあてるようなタスクだが、コンピュータはこれが非常に苦手であり、この先何十年も人間に勝つことはないだろうと言われてきた。

人工知能の大家であるマービン・ミンスキーは「子供の得意なことほどコンピュータは苦手である」と表現し、積み木で遊ぶようなことはコンピュータがこなすのが難しかった。画像に映っているものが何かを当てる画像認識もこうした「人間にはやさしいがコンピュータには難しいもの」の典型例であった。(だから、インターネットを使っているときにたまに現れる「CAPTCHA(キャプチャ)」という技術では、ログインしようとしているのが人間かスパムか、つまり悪意をもったコンピュータプログラムかを見分けるために、ゆがんだ数字を入力させる。)

画像認識プログラム、人間の能力を超える

ところが、2012年のディープラーニングの躍進をきっかけに、わずか3年たらずの間に、人間の認識精度をすでに超えてしまったのである。今年の2月にはマイクロソフトが、3月にはグーグルが、それぞれ人間の精度を超える画像認識プログラムを開発したことを発表した。コンピュータはもはや、写真に何が映っているか、あるいは誰が映っているかを人間よりも正確に見分けることができる。飛躍的な進歩である。

ディープラーニングが解いているのは「特徴表現の学習」であり、現実世界のどこに目をつければいいかということ自体を学習するものである。

従来の人工知能の仕組み(あるいは、すべての工学的なモデルや手法と言ってしまってもいいかもしれない)は、現実世界から重要なところだけを取り出し、重要でないところは捨象し、そしてモデル化することによって、効率的な計算を可能にしてきた。そして、現実世界の何に注目するかは、人間が決めてきた。これが大きな問題であった。つまり、「自動的に計算ができる」さまざまな手法も、最初の部分は人間の手がどうしても必要だったのである。ここにディープラーニングの技術は切り込み始めている。その意味するところは大きい。

躍進する海外の企業と大学

こうした技術革新の主役は、米国とカナダを中心とする研究者たち、そしてシリコンバレーを中心とする企業群である。フランスも持ち前の理論数学の強さを活かして急速に追い上げ、中国資本も何とか食い込もうと目論む。

グーグルは、もともと人工知能研究に非常に力を入れている。2012年のディープラーニングの躍進以来、ジェフリー・ヒントン教授という第一人者を2013年には早々に手に入れ、また、2014年初頭にディープ・マインド・テクノロジーという英国の少人数のベンチャー企業を400億円で買収した。当時は多くの人が驚いたが、今となっては全くもって正しい投資であった。

Facebookもニューヨークとパリに人工知能研究所を作り、その予算規模は莫大(ばくだい)であると聞く。所長にニューヨーク大学のヤン・ルカン教授を迎えているが、彼はフランス生まれである。フランスはもともと理論数学が強いが、ディープラーニングには理論数学がかなり重要なこともあって、その存在感を強めている。東海岸からヨーロッパへ、がFacebookの戦略であろうか。

日本は大きく遅れた2番手集団

一方で、中国検索最大手のバイドゥ(百度)は、ディープラーニング研究所を作り、スタンフォード大学のスター研究者アンドリュー・エン准教授を所長に据えた。彼は中国系のアメリカ人であり、香港とシンガポール、米国で教育を受けている。全米各地に散らばった中国系の研究者と大資本の組み合わせが中国の戦い方である。

こうしたインターネットの巨人以外にも、先進的な人工知能技術(あるいはディープラーニング)を活用しようとするさまざまなベンチャー企業が、雨後のたけのこのごとく生まれている。インターネットで圧勝した米国が、次の時代を担う人工知能技術に対しても着実に先手を打ち、圧倒的有利を保ったまま戦いを進めている。それになんとか追いすがろうとするアジア勢は、バイドゥや清華大学などの中国勢、そして香港大学やシンガポール国立大学。日本ははるかに離された2番手集団の一角である。

ディープラーニングの元祖は、実は日本人

しかし、日本には底力がある。

実は、ディープラーニングの元祖とも言えるアイデアを世界で最初に提唱したのは日本人だった。1980年、当時NHK放送技術研究所にいた福島邦彦氏が、「ネオコグニトロン」という仕組みを発表した。これは文字認識をうまくやるものといった評価でそれほど評判にならなかったが、時代が進み現代の計算機技術をもって、初めてその真髄が世に示されたのであった。あるいはディープラーニング技術のベースとなるニューラルネットワークの先進的な研究者である甘利俊一東京大学名誉教授。来年80歳を迎えるが、バイタリティにあふれ、いまだに甘利氏の名をディープラーニングの学会の発表のなかで聞くことも多い。

これらは要するに、日本人が個人プレーで世界と善戦しているという、よくある話だろうか。いやそうではない。次の文章を読んでどう思うだろうか。

「ホワイトカラーの生産性を上げる。そのために、テキストのみならず、画像や音声等も活用する。」

一見すると、最近のベンチャー企業のミッション・ステートメントのようにも思える。ディープラーニングを使ったいま流行りのベンチャー企業だろうか。あるいは、グーグルのミッション・ステートメント「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」を思い出した人もいるかもしれない。

世界が一目置いた日本の“第5世代コンピュータプロジェクト”

実は、これは1982年に始まった人工知能の大規模な国家プロジェクト、第5世代コンピュータプロジェクトの提案書に書いてある文言なのだ。まだパーソナルコンピュータも出回っていなかった時代、当時の通産省は570億円の予算を投じ、人工知能研究を進めた。海外から一流の研究者が多く日本を訪れた。この日本の動きに対してどういう戦略で対抗するか、米国や欧州では本気で論じられたと聞いている。

それにしても、1982年当時にしては、あまりに先進的な思想ではないだろうか。今の時代でも十分に通用する、いや、今の時代でこそ通用する思想ではないだろうか。第5世代コンピュータプロジェクトは、あまりに先走り過ぎ、結果的には技術開発の方向性を誤り、失敗したと言われている。当時はどうしたってデータがなかった。インターネットが広まっておらず、ウェブもなかった。ホワイトカラーの生産性を上げようがなかった。しかし、30年の時を経てもう一度振り返ったときに、この方向性は、極めて正しかったと言えるのではないだろうか。

歴史に「たられば」はないが、もし、ウェブの出現があと10年早かったら、いまのシリコンバレーの座は日本だったのかもしれないと夢想する。高度経済成長に沸く日本の、あの時のあのプロジェクトが、最も「王者」に近づいた瞬間だったのではないか。第5世代のことを聞き、調べる中で、私はその技術的な内容よりも、むしろそのプロジェクトが持っていた王者たるための強い意思と、そのための戦略を感じることができる。

その結果には否定的な意見も多いが、私は、あのプロジェクトは、確実にあの時代「勝つために振る価値のあるサイコロ」だったと思う。当時の書類を読んでも、強い意志とそのための戦略が伝わってくる。この意思が、今の日本に最も欠けているものではないか。

日本の人工知能の潜在力

今後、人工知能は発展し、自動車や産業用機械などの製造業、交通・物流などの社会インフラ、防犯などのセキュリティ、ロボット、医療・介護などさまざまな分野で大きなインパクトをもたらすだろう。生まれる付加価値は極めて大きいはずである。

国粋主義になるつもりはないが、実は人工知能は、日本と相性がいい。そのいくつかの理由を上げよう。

1:少子高齢化しており、ニーズが高い
人口が減るなかで生産性を上げる必要があり、人工知能(あるいは人工知能を備えたロボット技術)に対する社会的なニーズが高い。

2:人工知能に関連する人材が多い
第5世代コンピュータプロジェクトのおかげで人材がそろっている。当時学生だった人が今は教授になり、後進を育てている。人工知能学会の会員数は3000人であるが、世界の人工知能学会であるAAAIは5000~6000人の規模であり、ひけをとらない(情報系はだいたい一桁違うのが通常である)。また、社会全体でも第1次、第2次の人口知能ブームを経験した人が多く、理解度が高い。

3:「賢さ」と「まじめさ」が重要な技術である
インターネットの世界では、情報がつながることによる価値が追求され、世の中のニーズをすばやくつかんでビジネスを作り上げたものが成功した。ところが、人工知能では価値観は変わらない。そのかわり、数理的な背景をしっかり理解し、またコツコツとパラメータをチューニングするようなところが必要である。まさに、製造業の技術者が持っているような素養である。

4:言語が関係ない
インターネットでは、どうやっても言語の壁が高く、難しかった。人工知能はアルゴリズムなので、言語による不利益が少ない。

5:ハードウェアとの関連が強い
製品に組み込んで販売するという、日本の従来の勝ちパターンに持ち込める可能性も高い。ディープラーニングは、センサの技術やロボティクスとも関連があり、日本の強みを活かせる可能性が高い。

また、さらに言えば、思想的にも人工知能は日本人の考え方や日本の文化に向いていると思う。知能とは何かというのは、ただ一つの答えがあるものではない。多くの考え方が存在する。必ずしも、一つの視点だけが重要なわけではなく、複数の視点が混在し、系をなし、全体としての知能的なシステムを構成している。人工知能が活用される社会を考えていく上では、日本的な価値観や世界観は重要になるだろう。

画像センサ、セキュリティなど、ものづくり復権のチャンス?

こうして考えると、日本のものづくりが再び輝きを取り戻す道がないわけではない。特に画像、センサ、セキュリティ、物流、ロボティクス、インフラに関連する企業は大きなチャンスを迎えることになる。これを活かせるかどうか。まさに日本の行く末を左右する鍵だろう。

おそらく、人工知能の産業においては、日本が強かった時期の戦い方と近い戦い方ができる。少なくとも、インターネットによって世界の価値観が多様化した中で苦しめられた環境よりは、よっぽど戦いやすいはずである。ただし、気をつけなければならないこともたくさんある。

まず、第一に、情報産業における日本の遅れは、人工知能という技術の持つ日本との相性やポジティブな要因を補って余りあるほど、とてつもなく大きい。これは、「集団としての不作為」とでもいいようがないほど、日本全体を蝕んでいる。情報技術に対する重要性の集団的な無視、情報技術において必要な学びからの逃避と怠惰、現状を肯定し変化を受け入れない傲慢(ごうまん)さが長年続けられた結果である。

これは日本文化としての年功序列や流動性のなさ、言語の壁など、さまざまな問題とからみ合っているので、一概に切り捨てることもできないと思うが、いずれにしても、情報技術は昨今の日本のGDPの伸びの大半を作り出しているにも関わらず、あまりに国全体での扱いが軽すぎる。したがって、いくら人工知能が善戦したとしても、なんとか勝負に持ち込めるかどうかというレベルであって、基本的には圧倒的に不利な状況にあることは理解したほうがよい。

第二に、ディープラーニングをきっかけに次々に新しい技術が生まれている。これに一刻も早くキャッチアップできるか。そして、「本当に勝つ」つもりで動いていけるか。企業も国も、「勝つために振る価値のあるサイコロを振れるか」。投資したふりをするのは簡単である。大企業でも大きな組織でも、責任を取らないような中途半端な意思決定が横行している。

勝負するのなら、思い切っていくしかない。あるいは、思い切ってできる人に任せるしかない。若い世代へ責任と権限を委譲していくことも必要だろう。次の時代に本気で勝ちにいくために、行動することが必要だろう。

第三に、日本の中いかにイマジネーションを高め、人工知能が切り拓く新しい未来のイメージを社会で共有していけるか。人工知能は、社会のための技術である。しかし、さまざまな価値観の問題を改めて問い直させる。これを日本が真っ先に捉えることが必要だろう。そして、次々と新しいものが(ガラパゴス的になったとしても)生まれてくるようになれば、一つの勝ちパターンに持ちこめるのではないだろうか。

ドワンゴなど国内で加速する動き

これまでのところ、国内での動きはそれほど悪くない。国も企業も、比較的早いスピードでこの動きに追随し、チャンスを活かそうとしている。企業では、ドワンゴがいち早く人工知能研究所を立ち上げ、リクルートをはじめとして大手の企業でもこれに追随する動きが活発だ。

ベンチャーも次々に立ち上がっている。最も技術力のあるPFI(プリファードインフラストラクチャ)は、PFN(プリファードネットワークス)という、ディープラーニングと「モノのインターネット」(Internet of Things:IoT)に特化した会社を立ち上げた。日本の産業界における期待の星である。

経産省は、産総研AIセンターを立ちあげ、中国のマイクロソフト研究所にいた元東大教授の辻井潤一氏をトップに据え、着々と人材の獲得と体制づくりを進めている。文科省でも科学技術における次の大きな流れとして人工知能についての検討が進んでいる。総務省は、通信と知能の新しい未来を見据えて、シンギュラリティまで含んだ議論を展開している。私自身も東京大学のなかにいち早く人工知能(ディープラーニング)の教育プログラムを作ろうとしているが、企業からの支援の声も暖かい。

人工知能技術で世界をリードする気概を!

予断は許さないが、チャンスは大きい。これまでのところの動きも悪くない。我々は、自分たちの子孫の時代に大きな負債ではなく、大きな資産を残せるかもしれない状況にいる。

このチャンスを活かせるだろうか。もう一度、世界に立ち向かう意思があるだろうか。人工知能の技術を、日本が拠点となって世界をリードしていく意思はあるのだろうか。あるいは、戦いに加わらず、米国を、シリコンバレーを後追い、評論家の立場として安全なところから物語るだけの存在で良いのだろうか。

人工知能ブームを正しい方向に花開かせたい。日本のものづくりの復権のチャンスは、人工知能にある。少ない人口でも、生産性が衰えずに快適な暮らしを実現できるかもしれない。社会全体が便利で安心・安全になり、人間はより人間的な仕事や生活を行うことができるようになる、そういった未来社会を日本が中心になって作り出せるかもしれない。

しかし、実現するのはいつの時代も意思の力である。そのために、どうしたらいいか。一人ひとりが考え、動いていこう。

バナー写真:2011年、IBMが開発した人工知能「ワトソン」(中央)は、米国の人気クイズ番組「ジョパディ!」で、人間の回答者を次々に破って優勝した=写真は練習ラウンドの様子(AP/アフロ)

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