「法治国家の屋台骨が揺らいだ」参院選挙制度改革

政治・外交

参議院の選挙制度改革は、「鳥取・島根」「徳島・高知」を1つの選挙区に「合区」する「10増10減案」で決着した。一票の格差が2.97倍となるこの案を「違憲のおそれがある」とし、自民党会派を離脱した脇雅史・前参議院選挙制度協議会座長にインタビューした。

脇 雅史 WAKI Masashi

参議院議員(自民党、比例代表選出。当選3回)。1945年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業。1967年建設省(現・国土交通省)に入り、河川計画課長、近畿地方建設局長などを歴任。97年に同省を退官。98年の参議院選挙で比例区・自民党から初当選。自民党参議院幹事長、参議院選挙制度協議会座長を務めた。2015年7月、参議院自民党会派を離脱、自民党と野党4会派が提出した「10増10減」の公職選挙法改正案に反対票を投じた。

「抜本改革」の義務果たせず

——参院幹事長、国対委員長などの要職を歴任した脇さんが、この選挙制度改革をめぐって会派離脱の決断までされて反対した。どのような信条、思いがありますか。

脇 雅史 まず、参議院が置かれていた状況について話したい。2度にわたって最高裁から「違憲状態」と言われていた。「違憲状態」というのは直す時間が限られていたということで、中身は違憲ということだ。合憲と言える状態に変えなければ選挙は出来ない。

それに加えて、私たちは3年前に「4増4減案」というものを通したのですが、その時に次回選挙までに「抜本改革をやります」と法律の附則に書いた。立法府にとってこれほど重たい義務はないだろう。私たちは法律をつくる立場で、その自分で言ったことを守れないほど無責任なことはない。今の時点までに、抜本改革をするしか道がない。そういう状況だった。

選挙制度協議会座長として昨年4月、議論を前に進めるために“たたき台”の案(注:22都道府県を「合区」して格差を1.83倍にする座長案)を提示し、各会派にそれぞれの案を出してほしいと求めた。自民党はびっくりして、最後まで案を出さなかったわけだが…。

格差是正、「合区」か「比例」しかない

脇 格差を是正するためには、「合区」か「比例」にするかの2つしかない。自民党、民主党はもともと“地方代表と比例代表と分けていた方が、多様な人材が出てきていいだろう”という考え方。だから、比例(だけ)では多数はとれない。したがって座長案としては「合区」案を採用した。

私は国会議員の一人として、合理的に「合憲ですよ」と言えなければ、賛成できないと考えた。「それはちょっと真面目すぎるのでは」という人もいる。だが本業で法律をつくる立場の者が、立法過程で「真面目でない」というのはあり得ないでしょう。違憲立法になるような法案を提出する立場にはなりたくないと考えて、会派を離脱することにした。

——会派離脱の記者会見で、自民党議員らの日ごろの発言ぶりについて「順法精神の感覚が非常に乏しい」とまで指摘されています。

脇  ちょっとひどいのではないかと思う。よく総理が「法の支配」というが、私たちは3年前から「法の支配」によって抜本改革をしろと命じられた立場だった。だが、口だけで、実際はやらない。まがりなりにも他の野党は抜本改革案を出した。自民党は出さなかった。また、「10増10減」案に(相乗りしたことに)ついて、まったく反省の念がない。「法治国家の屋台骨が揺らいでいる」とさえ思う。国会議員が自ら法律をつくって、その法律を破って平気でいる。ここまで国会議員の質は落ちたのかと感じている。

“安全弁”の役割もある参議院。多様で優れた人材が必要

——「良識の府」としてスタートした参議院だが、1990年代に衆議院でも比例選挙が導入され、両院の差もあまりなくなった。一方で、参議院が強すぎるとの意見もある。参議院のあり方、独自性についてどう考えているか。

 2つの院があることによって、熟慮する時間が持てるという意味はあると思う。一院制を主張する人もいるが、“一発で決められる”ことができたら民主党政権では大変だった。あのまま行っていたら。全てがとは言わないが、とんでもない価値観や主張を持つ人もいて、このままいったら「国がつぶれてしまう」と思った。国民も見ていて、次の参院選では与党に過半数を与えなかった。

政策をしっかりやっていくのはもちろんだが、いざという時の安全弁の働きがある。衆議院だけ、選挙は4年に1回だけではなく、2、3年に一度選挙があれば、それほど(政権は)長続きしない。民主主義とはいっても「多数をとったものが勝ち」という風潮になるのは怖い。それだけでも参議院の意味はある。

また本来、参議院は衆議院と違って「息の長い、しっかりとした見方」ができる場のはず。“常在戦場”ではなく、議員は6年に一度しか選挙がないので、政策をじっくり学べる。そこで大事なのは、いかに多様な人材、優れた人材を出していくかということだ。

よく「両院のそれぞれの役割を考えて、それに合った選挙制度を」と言う人がいるが、その2つはあまり関連がないと思っている。私は選挙区、比例代表の2本立てである現行の制度は否定していない。そこに多様性が隠されている。比例は、組織・団体がふさわしい候補者を選ぶ、選挙区は都道府県の党組織が候補者を選ぶ。党本部は追認するだけだ。目配りができて、知恵のあるやり方だと思う。

「地方は大事」の議論は理解、ただし改憲で

——今回の「合区」については、「地方を軽視している」、「憲法を改正して、都道府県の代表をきちっと出すべきだ」という声も出ているが。

 わたしは、その点で憲法を変えるのもいいのかなとは思っている。都道府県単位で代表が必要だという議論には、一定の合理性もある。ただ、それは憲法が変わってからの話だ。

だが現在、最高裁は(現行の選挙制度を)「憲法違反」だと言っているわけで、だからこそ従わなくてはいけない。法治国家として、最高裁の決めたことは絶対だ。判決では明確に「都道府県単位(の選挙区に固執するの)はダメ」と言い切っている。

「1県に1人を置くべきだ」と、国民の皆さんが言うのはいい。しかし我々が、公務員が言ってはいけない。すでに最高裁の最終判断があるのに、閣僚が「でも、私は県に1人必要だと思う」と言ったりする。国家としての意識が欠けている。

「やる気」がもともとなかった自民党

——衆議院では選挙制度改革を、第三者機関(衆院選挙制度に関する調査会)に委ねる形で行っている。両院の性格の違いからなのだろうか。

 院の性格の違いというよりも、その時々にいる人間の違いだろう。私が座長を引き受けた時、最初の(参議院選挙制度)協議会で申し上げたことは、「我々は国権の最高機関である国会の一員だ。それが自分のことも決められないというのは恥ずかしいことです」と。最大限の知恵を出していい案をつくろうと提案した。各会派も了解してくれた。

衆議院に対しては当時、党の執行委員会で「自分(の身分)に関わるから第三者に投げるというなら、国会議員を辞めてしまえばどうか」とも申し上げた。どんな法律だって大なり小なり、自分にも関係する。関係すればするほど、そのことを投げ捨てて、国家国民のために大事なことを決めるのが国会議員だ。

参議院は衆議院とは違って、議員任期は6年なので、それぞれ気心が知れているところがある。民主党だから自民党だからということではなく、野党とも十分組めるし、議論ができる。今回もしっかりやれるところまでは来ていたと思う。昨年の9月に格差が2.5倍を切る座長調整案というのを出したのだが、結局自民党は乗ってくれなかった。抜本改革へのやる気がもともとなかったということだ。

危うい今回の法改正:「違憲立法」なら資格問題に

——今回の「10増10減」による法改正。危惧されるように今後「違憲」の判決が出た場合、参議院にとって極めて不名誉な事態になるが。

 今回の法改正が「合憲」であるという合理的な説明はない。「たぶん大丈夫でしょ」というレベルの話だ。最高裁の判決を読むと、補足意見を出している5人の判事と反対意見の4人、9人は完全に「アウト」となるおそれがある。相当危ない。

「違憲立法をした」と最高裁に判断された国会議員は「政治家の資格がないから辞めなさい」と、そういう訴訟が今後起きるかもしれない。今回法案に賛成した議員は、もし違憲判決が出た場合には「国会議員失格」だと、私はそう思う。辞めるべきだ。

(2015年7月28日都内にてインタビュー)
聞き手:一般財団法人ニッポンドットコム代表理事・原野城治

一票の格差