鴻海・郭台銘氏の剛腕に委ねられた「技術のシャープ」

経済・ビジネス

巨額の赤字で経営危機にあったシャープが、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に買収されることになった。カリスマ経営者として知られる鴻海・郭台銘会長の下で、シャープは再建を果たせるか。

グローバル時代の「合理的判断」

大手電機メーカーのシャープは4月2日、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業と出資受け入れの契約を結び、鴻海によるシャープ買収が正式に動き出した。経営危機に陥ったシャープ救済をめぐっては、経済産業省をバックにした官民ファンドの産業革新機構も業界再編成を織り込んだ支援策を提案していた。しかし、シャープは鴻海の傘下で経営再建を目指す道を選んだ。

この決着は二つの意味で注目された。一つは、日本の電機産業の一翼を担ってきた有力メーカーの外国資本による初の買収になること。もう一つは、産業革新機構による公的支援を退けて、民間企業の救済は民間企業がリスクを取って行うという常識的な線で落ち着いたことである。

半面、かつて日本経済を引っ張ってきた電機産業の衰退を象徴する動きである。またシャープは一時期、液晶で世界をリードしていたので、技術の海外流出になるのではないかと懸念された。

だがグローバル経済下では、企業にとっては市場原理に基づく経済合理性にのっとった判断がますます重要になる。国もグローバルな経済競争にさらされている。市場を開放して、海外から投資を呼び込まなければ、長い目で発展は期待できない。外資誘致は安倍晋三政権の成長戦略の柱の一つである。シャープが鴻海の買収を受け入れたことは日本の門戸開放を印象付けた。

鴻海がシャープに出資する3888億円は、国全体の収支で見ればプラスである。産業革新機構はシャープに予定した3000億円の資金を前向きな政策投資に回せる。では技術流出の懸念についてはどうか。実態的にほとんど意味がない。

韓国や台湾の多くの企業は大型ディスプレー用液晶パネルの生産でシャープを既に上回っている。韓国のサムスン電子などは次世代の有機ELパネルの開発で先行する。かつてシャープは技術の囲い込みを図ったが、無駄だった。開放経済下では市場原理による技術流出を止められるものではない。

カリスマのらつ腕で「経営が変わる」

とはいえ、産業革新機構と鴻海が競ってシャープに手を差し伸べたのは、その「技術」に引かれたからだ。ここまで追い込まれても、数々の独創的な開発で培った「技術のシャープ」のブランドはまだそれなりに輝きを保っている。それを持続できるかどうかは経営力にかかっている。

シャープが身売りする結果になった主な原因の一つは、経営者に適任者を欠いたためである。企業買収による救済では、資本注入による財務面でのテコ入れだけでなく、経営者の交代にこそ大きな意義がある。シャープの高橋興三社長は、鴻海への第三者割当増資と取締役の入れ替えを決議する6月下旬の株主総会をもって退くとの観測が出ている。しかし残るかどうかに関わらず、同社の実質的な最高意思決定者は鴻海の郭台銘董事長(会長)になる。

シャープは、らつ腕経営者のリーダーシップを得て、初めて経営が変わり、再生のきっかけをつかめる。テリー・ゴウの英語名を持つ郭氏は、売上高約15兆円、従業員約100万人の世界最大の電子機器製造受託サービス会社(EMS)の創業者である。意思決定も行動も速いカリスマ経営者として知られる。シャープの高橋社長は4月2日の共同会見で「今回、鴻海と交渉や協議をして、スピードとパワーのすさまじさを感じた」と述べている。その頂点に立つのが郭董事長で、交渉の過程でもすご腕ぶりをいかんなく発揮した。

交渉の「陰の主役」、郭氏が見抜く

鴻海の提案を受け止めて、シャープ買収交渉の方向性を決めた陰の主役は銀行である。資本市場から資金を調達できないシャープは、銀行融資が頼りで生殺与奪の権を握られていた。郭氏は銀行に最終的な決定権があると見抜き、今年初めから主取引銀行のみずほ銀行と三菱東京UFJ銀行に直接掛け合い、買収への協力を求めてきた。

高橋社長は会社存続のために懸命に努力してきたが、実態はいわゆる銀行管理である。ただし21世紀型である。20世紀型であれば、主取引銀行がトップ経営者を送り込み、全面的に支援して再建を図る。しかし現在はリスク管理上、そこまで深入りせず前面に出ない。

銀行からは2人が取締役に就任している。三菱東京UFJから13年に、みずほから14年に、それぞれ送り込まれた。2人の役割は高橋社長ら首脳陣を補佐して経営をモニターする役割で、経営を主導しているわけではない。

シャープは14年後半から業績が再び急激に悪化して、15年3月期の単独決算で債務超過に転落した。そのままでは財務的に行き詰まる。主力2行は融資以外に、2000億円の債権を優先株に転換して支援した。両行が出資している企業再生ファンドのジャパン・インダストリアル・ソリューションズも250億円を出資して優先株を取得し、同社の会長と社長が社外取締役になって経営をチェックしている。

銀行の最優先課題は、当然、債権の保全である。シャープ経営陣に15年度からの新中期経営計画を立てさせて、あらためて再建に取り組ませたが、液晶部門の悪化は止まらない。事態はもはや待ったなしだ。下手をすれば法的整理による倒産だが、それは避けたい。債権のほとんど、場合によっては全額を放棄させられるからである。

銀行が嫌った「日の丸連合」案

単独での再建が困難になったシャープを、経産省は産業革新機構を通じて液晶パネルの業界再編の中に取り込もうと動き出した。産業革新機構が支援して液晶事業を切り出し、ソニー、東芝、日立製作所の中小型液晶事業が12年に統合してできたジャパンディスプレイに合流させる構想だった。

これにより日本の液晶パネル事業をいわば日の丸連合に一本化して、競争力を強化するというもくろみである。併せて白物家電も東芝が分離する家電部門と統合する。しかし産業革新機構の案は、債権の保全を優先する銀行にとって受け入れにくいものだった。

機構はシャープに3000億円を出資する代わりに、みずほと東京三菱UFJの2行に、保有する優先株2000億円の消却や債権1500億円の株式化で、最大3500億円の金融支援を求めた。こうした中で鴻海の郭氏は、銀行に負担を求めない独自の提案をした。

4年前は提携「破談」。それでも買収に熱意

12年に鴻海は、業績悪化に苦しむシャープに出資して提携することでいったん合意した。ただしその時は、株価急落を理由に契約を履行せず、シャープの大赤字の原因になった大阪・堺の液晶工場に郭氏の投資会社が出資して共同運営とするにとどまった。

シャープをグループに加えたい郭氏の思いには並々ならぬものがある。再び巡ってきたチャンスを逃すまいと、機構案を大幅に上回る出資を含めた支援額を提案し、精力的に経産省などにも説明して回った。熱意は功を奏し、2月25日にシャープは鴻海の提案を受け入れることを取締役会で決めた。

ところが鴻海は前日に示された3500億円の偶発債務リストを精査する必要があると契約締結を延期。この金額は将来、債務になり得る場合があるというもので、すべてが必ず債務になるわけではないが、鴻海は条件変更を求めて再交渉に持ち込んだ。

結局、鴻海のシャープへの出資額は当初より1000億円減り3888億円になった。この第三者割当増資が実施されない場合には鴻海がシャープの液晶事業を買い取れるなどの新たな条件も付加されて、4月2日の契約調印となった。

鴻海もリスクを負うシャープ再建

シャープと銀行は鴻海に振り回されたように見えるが、産業革新機構が手を引いた後なので、選択肢はほかに無い。シャープを買った鴻海もリスクを負っている。調印後の記者会見で郭氏は「シャープ再建のロードマップは私の心の中にあるが、今日は具体的に話さない」と述べ、同社をどう変えるのか明かさなかった。企業文化の違いについても、「これは買収ではなく投資、出資案件で、互いに独立したグループとしてやっていく」と、隣にいる高橋社長を気遣う発言に終始した。

シャープは鴻海から得る資金のうち2000億円を、有機ELの事業化を目指す技術開発に投じる計画である。郭氏は高精細省エネ液晶の「IGZO」パネルを開発したシャープの技術力を高く評価して、ディスプレー事業を今後も中核に据えるつもりらしい。だが、今から有機ELで先行するサムスン電子などをしのぐのは容易ではない。鴻海自身も事業のほとんどは中国大陸にあり、中国経済の変調と賃金上昇により必ずしも安泰とは言えない。

鴻海の傘下に入ったからといって、シャープが再生するかどうかは未知数だ。すべてはリスクを取った郭氏の剛腕に委ねられた。

(バナー写真=買収契約締結後、記者会見に臨む鴻海精密工業の郭台銘董事長[中央]、戴正呉副総裁[左]とシャープの高橋興三社長、2016年4月2日、大阪府堺市/写真=時事)

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