「Suica」対応のiPhone 7:ソニーの「FeliCa」を世界に羽ばたかせるか

経済・ビジネス

新しいiPhone 7は、電子マネー「Suica」などが用いる非接触IC規格「FeliCa」に対応した。日本市場を重視するアップルとJR東日本の連携の結果だが、ソニーが主導する同規格の世界展開に向けた第一歩になり得る。

日本市場を意識したiPhone 7

9月16日、米アップルの新型スマートフォン「iPhone(アイフォーン)7」と「7 Plus(プラス)」が発売となった。国内ではNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクという3つのキャリアが販売するが、この日の発売記念イベントでは3社のトップとも「過去最高の予約が入っている」と鼻高々に語っていた。iPhone 7/7 Plusは世界的に人気が高いが、日本では特に品薄状態が続いているようだ。

新iPhone は、アップルが日本市場を意識したものといわれている。今回初めて防水・防塵(ぼうじん)性能を備えたが、もともとこれは日本から広まった技術だ。日本は風呂に漬かる習慣があるため、ケータイの頃から日本メーカーはこぞって防水性能を実装した。その技術力を生かし、ソニーが世界向けスマートフォン「Xperia(エクスぺリア)」で防水を実現。スマホで世界トップシェアを誇る韓国・サムスン電子も「Galaxy(ギャラクシー)」シリーズで追随した。アップルとしては、世界市場全体での最大のライバルであるGalaxyが防水性能に標準対応したこともあり、iPhoneの防水対応は避けて通れなかった。

アップルが新機種でもう一つ日本市場を強く意識したのは、非接触決済サービス「Apple Pay(アップルペイ)」だ。同サービスはすでに米国や英国、中国で提供されているが、日本での開始が遅れていた。

9月7日に米サンフランシスコで行われたアップルの発表イベントでは、わざわざ日本でのサービス開始がアナウンスされた。筆者も会場にいたのだが、世界の多くのメディアがしらけたムードの中、日本人記者だけが喜び、声を上げるという状況だった。

「FeliCa」に対応した日本専用モデルを投入

日本でApple Payを提供するに当たり、アップルは自社の技術ではなく、すでに日本で普及している技術をiPhoneに取り入れるという前代未聞のやり方を展開した。

Apple Payは非接触IC規格「NFC TypeA/B」をベースにしているが、日本ではソニーがライセンスを持つ「FeliCa(NFC-F)」が広く普及している。JR東日本が開発した駅の自動改札対応の交通系電子マネー「Suica(スイカ)」はFeliCaベースだ(2016年3月末のICカード発行枚数は約5700万、FeliCa対応ケータイ・スマホを使う「モバイルSuica」会員数は約373万)。国内のコンビニやタクシーなどで支払える電子マネーサービスもほとんどがFeliCaを用いている。

アップルは通常、世界に向けて統一された設計のiPhoneしか製造していない。地域によって通信規格の対応を変えることはあるものの、基本的には同一モデルを全世界で展開するやり方を貫いている。そうすることで開発・製造コストを大幅に下げ、利益を稼ぐというわけだ。

しかし、今回アップルは日本市場に向けて専用モデルをあえて開発してきた。無線規格は世界でNTTドコモしか持っていない周波数にも対応しているし、FeliCaも日本で販売されるモデルしか使えないようになっている。

アップルの業績を見ると、米国や稼ぎ頭の中国では成長が鈍化しつつあるが、日本においてはいまだに伸びが続いている。同社としては、日本のユーザーが欲しいと思える機能を載せることでますますのシェア拡大を狙ったのだろう。

日本市場におけるiPhoneのシェアは、全スマホ出荷台数の53.4%となっているという(2015年、MM総研調べ)。すでに過半数のシェアを確保しているが、防水とFeliCa対応でさらなるユーザー獲得をもくろんでいるようだ。

これまでは、iPhoneが防水とFeliCaに対応しないので、米グーグルの基本ソフトAndroid(アンドロイド)を搭載したスマホの中から両機能に対応する機種を購入するというユーザーも多かった。しかし、iPhone 7/7 Plusはこれらの機能がないという弱点を完璧に克服した形となる。もともと日本ではGalaxyのシェアが決して高くないので、iPhoneからの強烈な逆風は、ソニー、シャープ、富士通といった日本勢の機種によりきつく吹くことは間違いない。

アップルとJR東日本の極秘プロジェクト

Suicaサービスを提供するJR東日本にとって、iPhoneのFeliCa対応は悲願だった。7日のアップル発表会に参加した同社の小縣方樹副会長は「これまでアップルと一緒にやってきたが、お互い信頼し合って密に連携してここまで来た。アップルに感謝している。われわれ自身としても期待している」と語った。

ケータイやAndroidスマホは多くの機種がモバイルSuicaに対応していたが、FeliCaに対応しないiPhoneがシェアを拡大すると、モバイルSuica利用者が減少してしまう。JR東日本としては莫大な投資をしているだけに、アップルに頭を下げてでも、なんとかFeliCaを搭載してもらいたかったのだ。

アップルとしては、自社で提供するNFC TypeA/BにJR東日本側が対応してもらうという考えもあったかもしれない。

しかし、Suica(およびSuicaと連携する交通系電子マネー)はすでに日本全国4710駅だけでなく、バス3万台、コンビニなどの35万店舗にまで普及している。いまさら、既存のFeliCaベースのシステムからNFC TypeA/Bに切り替えるのは無理な話だ。

さらに国内では、通勤時間帯に1つの改札を1分間に最高60人が通過するとされている。FeliCaは認証やデータのやり取りをNFC TypeA/Bよりも高速で処理できるのを強みとしており、それだけの数の乗客をさばくことが可能だ。

これが仮にNFC TypeA/Bで運用するとなると、高速処理ができないため、朝のラッシュに改札が大渋滞を起こしてしまう。JR東日本としては、NFC Type A/Bは検討にも値せず、FeliCaを継続することしか頭になかったはずだ。

iPhone7/7 Plusのほか、同時に発売された腕時計型端末「Apple Watch(アップルウォッチ)」の第2世代もFeliCaに対応。このApple Watchと組み合わせると、iPhone 5以降の機種でSuicaなどの非接触決済を利用できる

アップルもJR東日本もお互いにプライドが高く、頑固な会社というイメージが強い。しかし、両社は固い絆で結ばれ、水面下で極秘にiPhoneのFeliCa対応プロジェクトを進めていった。ここまでアップルがJR東日本に協力した背景には、日本が世界で最も非接触決済が普及している国という点が大きい。

FeliCa対応スマホのユーザーは朝、通勤するのにモバイルSuicaを使い、会社近くのコンビニで朝食を買うときも、レジで電子マネーを使って支払う。ランチやカフェでの休憩ももちろんスマホで電子マネーだ。飲み会が長引き、タクシーで帰宅するときも現金ではなく、電子マネーで支払う。

ただ一方で、日本にはクレジットカード払いを嫌い、現金払いを好む人も多い。

日本は非接触決済の先進国である一方で、現金払い派も多いため、その人たちを引き付けることで非接触決済がまだまだ伸びる余地があるとアップルは見ている。だからこそ、日本市場に合わせる形でiPhoneを開発して、そのノウハウを世界で生かしたい考えもあるようだ。

2020年、訪日客もiPhoneのSuicaで成田空港から東京駅へ?

今回のiPhone 7/7 Plusは、日本市場向けだけFeliCaが使えるようになっている。他の市場向けモデルもハードウエア的にはFeliCaが搭載されているものの、ソフトウエア的に使えないように制限がかかっている模様だ。

JR東日本は、「今後もアップルとは交渉を続けていきたい」(小縣副会長)として、全世界向けのiPhoneでFeliCaを使えるようにしてもらうようアップルに働き掛ける考えだ。なぜなら、2020年東京五輪・パラリンピックに向けて、海外からの旅行客が成田国際空港からすぐにiPhoneのモバイルSuicaを使って成田エクスプレスに乗り、東京駅に向かえるようにしたいからだ。

現状の成田空港駅では、成田エクスプレスの切符を求めて訪日外国人が大行列を作ってしまっている。この状況の緩和に向けてアップルと交渉していくというわけだ。

FeliCaは日本国内に加えて、香港などアジアの一部でも普及が進んでいるが、グローバルに展開できているとはいえない状況。ただ、ソニーの平井一夫社長は「いろんな形で大事で育てていきたい」と語る。

日本でケータイ時代から人気があった「絵文字」は、ソフトバンクがアップルに頼み込み、iPhoneに標準的に搭載された。その後、絵文字は「emoji」として世界的に人気を博し、いまではemojiクッションやemojiをテーマにしたアニメ映画がハリウッドで製作されるほどになった。

FeliCaも同様に、iPhoneに搭載されたことを契機として、アップルの力を借り、世界に羽ばたいていけるかが注目されている。

バナー写真:Suicaに対応したiPhone 7で駅の自動改札を通過(アップルのプレスリリースから)

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