「豊洲へ本当に行けるのか」—混迷深める築地市場の移転問題

川本 大吾【Profile】

[2016.10.03] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

世界に知られる「東京の台所」築地市場。小池百合子・東京都知事が豊洲新市場への移転延期を決めた後、豊洲で土壌汚染対策の盛り土が行われていなかったことが判明した。地下水から基準値を超える有害物質も検出され、関係業者は不安を募らせている。

日本一の魚市場、東京・築地市場(中央区)の江東区・豊洲への移転問題が大きく揺れ動いている。業界団体が苦渋の選択の上、15年前に正式決定した新天地での市場整備だが、開場まで2カ月余りに迫った8月31日、東京都の小池百合子知事は移転延期を発表。その後、土壌汚染問題や不可解な建築計画などにより、先行きが見えない状況となっている。

関係業者、200億円かけ準備

「冗談じゃない。(都は)われわれをからかっているのか」。水産と青果の卸・仲卸業者団体で組織する築地市場協会の伊藤裕康会長は小池都知事の移転延期決定を受けて、怒りをあらわにした。豊洲新市場の開場を控え、関係業者は既に大型冷蔵庫や廃棄物処理施設の設置、事務所内の回線工事や食堂やロッカーといった設備の準備など、総額200億円を超える費用を投じて準備を進めていた矢先の出来事だった。

小池知事は移転延期の根拠として(1)安全性への懸念(2)巨額で不透明な費用(3)情報公開の不足-の3点を挙げた。同時に有識者で構成する「市場問題プロジェクトチーム」を設置し、これまでの経緯を検証して今後の対策立案に着手する考えを明らかにした。

豊洲への移転について、これまで最も不安視されていたのが安全性の問題だ。移転先は東京ガスの工場跡地で、2008年には土壌から基準値の4万3000倍に当たる有害物質のベンゼンが検出されるなど、大規模な土壌改良が必要となっていた。

「なぜ最終調査の前に移転決定」―小池知事

都はこれまで、専門家らの協議を基に土壌改良を行う一方、「安全宣言」に必要な地下水のモニタリングの調査を2014年11月から実施。調査は2年間続けられるが、最終調査は移転予定日となっていた11月7日以降となるため、小池知事はなぜその前に移転時期を定めたのかと問題視していた。

8月末までの過去7回のモニタリング調査の結果は「問題なし」だったものの、最終調査の結果が出るのは来年1月。その前に豊洲新市場開場というのはいかがなものか、ということだ。

開場日については、都と市場関係業者が協議の上で決めた。ただ、2020年の東京五輪・パラリンピック開催を控え、築地市場の跡地を通らせる予定の道路「環状2号線」の整備を急ぐ都の意向が強く反映されたとする見方が多い。

市場業者の間では、年末に向けた準備が始まる11月よりは、年が明けて一段落する2月ごろが移転時期として適当ではないか、といった声が多かったが、「都の意向を尊重し、何とか11月7日に開場をと、各業者団体も結束を固めた」と関係者は話す。

土壌汚染対策の「盛り土なし」が発覚

小池知事の移転延期決定を受けて、築地市場協会は「多くの混乱を招いている」と直ちに反論し「再考」を求めたが、知事から「要望にはお応えしかねる」と返された。

ただ、延期に伴う業界の負担について都は「皆さんへの影響が最小限になるよう適切に対応したい。具体的にはこれから相談させていただく」とし、補償問題に対し前向きな姿勢を示した。

新たな移転時期について業者サイドは「できるだけ早くしてほしい」と、都に求めたものの、9月10日に大きな問題が明らかになった。その後、連日報道されている「盛り土なしの地下空間」の存在だ。

豊洲市場の土壌汚染対策として、これまで敷地の表土を2メートル取り除いた上で、4.5メートルの盛り土を施すことになっていたが、市場内の水産卸、仲卸など主要施設棟の地下、敷地全体の3分の1で盛り土が行われていなかったことが分かった。

「無責任」の連鎖、真相はやぶの中?

都はこれまで、土壌汚染対策を議論してきた専門家会議の提言を踏まえ、敷地全体に盛り土をしているとホームページなどで公表。施設建設前に行った環境影響評価(アセスメント)でも、盛り土を想定した評価書を提出している。

盛り土のない地下空間について都は、配管を通したり地下水の汚染状況を確認したりする作業に必要だと説明をしているが、専門家の提言に反している上、「いつ誰が決めたのか」といった点も分からないまま。都で中央卸売市場を管轄する市場長の歴代5人も知らぬ存ぜぬを通している。

これに対し小池知事は「無責任体制」とばっさり。徹底調査の方針を打ち出したが、組織内の連携不足といった理由により、真相が葬り去られる可能性が指摘されている。

盛り土なしの謎の地下空間では、数センチから20センチ以上の水がたまっている場所もあった。その水からは鉛やヒ素が検出されたが、環境基準を上回るものではなかったとされる。

地下水から基準値超えの有害物質、移転中止の声も

こうした中、築地市場の関係業者は都の対応に大きな不信感を抱きながら、事態を見守っている。豊洲市場で安心・安全が確保できるのか。9月29日には敷地全体を対象にした8回目のモニタリング調査(速報値)で、初めて環境基準を上回るベンゼンとヒ素が検出されたことが明らかになった。

「豊洲へ本当に行けるのか」。築地の卸や仲卸業者などは不安を募らせている。仮に都がこの先、安全を宣言しても「豊洲の魚が売れるのか」と風評被害を心配する声も少なくない。

既に共産党都議団からは移転を中止すべきだとする声が上がっているほか、築地市場の移転反対派グループからは「もう一度築地で改修工事を行うべきだ」との指摘も出始めている。

かつて築地での再整備を途中まで進めた末に断念し、苦渋の決断として業界一致して求めた移転整備が実現直前で延期に。先行きが見えないまま、築地ではサンマやサケ、戻りカツオにカキなど、秋から冬の旬の魚介で忙しい商いが行われている。

予期せぬ築地での年末・年始の商戦を控え、豊洲への移転問題がどう決着するのか、「都民ファースト」を掲げる小池都知事の手腕に対する期待も高まる一方、東京のみならず首都圏の台所と呼ばれてきた築地市場の移転問題の行く末は、全国の漁港や、世界の水産物流通にも影響を与える恐れがある。

バナー写真:築地市場を視察する東京都の小池百合子知事(右手前)=8月16日、東京都中央区(時事)

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  • [2016.10.03]

時事通信社水産部長。1967年東京生まれ。専修大学を卒業後、91年時事通信社に入社。水産部で築地市場の取引を25年にわたり取材。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社、2010年)。

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