機械へのオマージュ—機械遺産にみる日本文化

柏木 博【Profile】

[2016.11.09] 他の言語で読む : ENGLISH |

日本機械学会は、生活の発展や社会に意義のある役割を果たした機械を「機械遺産」として2007年より認定してきた。そうした中で、デザイン的な観点から見て秀逸な機械たちを紹介し、日本人と機械の関係を考える。

機械遺産のリストを見ていると、そのいくつかは、いかにも日本の文化から生まれてきたと思われるものがある。その一つに「からくり人形」がある。「からくり」とは、ものを動かす精密な仕掛けのことだ。

日本機械学会が認定した主な「機械遺産(2007~2016年)」

2007年
(認定:全25件)
10A型ロータリエンジン
ホンダCVCCエンジン
カブ号F型(ホンダ自転車用補助エンジン)
オリンパスガストロカメラGT-I
東海道新幹線0系電動客車
旅客機YS11
2008年
(認定数:全6件)
三池港水圧式閘門と蒸気式浮クレーン
自働算盤(機械式卓上計算機)パテント・ヤズ・アリスモメトール
電機事業創業期の国産誘導電動機および設計図面
2009年
(認定数:全6件)
札幌市時計台の時計装置
ロコモビル(国内最古の自家用乗用自動車)
アロー号(現存最古の国産乗用自動車)
2010年
(認定数:全6件)
としまえん「カルーセル エルドラド」
旧金毘羅大芝居(金丸座)の廻り舞台と旋回機構
自動改札機
2011年
(認定数:全7件)
豊田式汽力織機
ファスナーチェーンマシン(YKK-CM6)
多能式自動券売機
2012年
(認定数:全5件)
吉野山ロープウェイ
卓上複写機リコピー101
ウォシュレットG(温水洗浄便座)
2013年
(認定数:全6件)
機械式立体駐車装置 ロートパーク
国産初の16ミリ映写機(エルモA型)
からくり人形 弓曳き童子
2014年
(認定数:8件)
南極点到達雪上車(KD604、KD605)
時代を画した国産腕時計
フジ自動マッサージ機―世界初の量産型マッサージチェアー
2015年
(認定数:全7件)
自動包餡機「105型」―世界の食文化を陰で支える―
「ミカサ」のオートマチック・トランスミッション―日本のAT車ここにはじまる―
全電気式産業用ロボット「モートマン-L10」
2016年
(認定数:全7件)
松川地熱発電所
スバル360-K111型
移動式ブラシ付門型自動洗車機

*青文字は、今回の原稿で言及された機械遺産

人型ロボットの原点―弓曳き童子

組み立てや溶接などを行ういわゆる産業用ロボットが使われるようになってすでに半世紀近くがたっている。この数年、ロボットの開発は、より細やかな人間の動きを代用するものへと向っている。例えば、介護ロボットや身体に装着して力を補強し増幅するような装置である。後者の装置は、人間と機械の融合型ロボットだ。

2003年のことだからだいぶ以前のことになるが、『ひととロボット――夢から現実へ』(Hommes et Robots – De l’utopie à la réalité)という展覧会をパリの日本文化会館(Maison de la culture du Japon à Paris)で開催したことがある。八谷和彦、岩井俊雄・ばばかよ、明和電機、椿昇、藤幡正樹・胴金裕司、ヤノベケンジ、宮島達男・立花ハジメといった10人のアーティストによるロボットをテーマとした作品の展示。そしてPaPeRo(日本電気)、PINO-2(科学技術振興機構)、ASIMO(本田技研工業)、HOAP-2(富士通オートメーション)、QRIO、AIBO(ソニー)によるロボットのデモンストレーションを行った。

いずれにしても、何かの生産に関わるわけでもないし、直接役に立つというわけでもないロボットばかりだった。いわば、労働に関わらない人型ロボットや犬型ロボットを、当時、これほど熱心に開発しているというのは、日本以外にはほとんど見られなかった。現在でもそうかもしれない。そうした開発が現在の介護ロボットや人間との融合型ロボットへとつながっている。しかし、当初それが目標としてあったわけではない。パリの展覧会を見に来たフランスの学芸員が、実利的には役に立たないロボットを作っている日本の文化が面白いと言っていた。

「機械遺産」の中では、最も古い時代のものの一つ、1820年代に製作された「弓曳き童子」は人形であるが、生産的に実利的な機能を持たない現代の日本のロボット開発の在り方へとつながっていったように思える。田中久重が製作したこの人形(童子)は、台座に座って、矢台から矢を抜き、弓につがえて的に向かって矢を放つ。首を動かし、一連の動作をするその動きは繊細なものである。久重は、輸入された機械式の時計を参考に、独自の「からくり」によってこの人形を実現した。人形は、生産的で実利的な機能を持つわけではない。久重は、精巧な「からくり」を作ることそのものに熱意を持っていたと言えるだろう。いかに人間に近い動きをする「からくり」を作るかが久重の目的であったという点では、日本の現代の人型ロボット開発の在り方の原点である。

「弓曳き童子」は、第一矢目を射るが、的には当たらない。次の矢で的に当てる。1回目は失敗するというところが、まさに人間の特性を捉えた「からくり」になっているのだ。

写真提供:久留米市教育委員会

盆栽のような自動車―スバル360-K111型(富士重工業株式会社)

日本では、ものを小さくコンパクト化することが好まれてきた。例えば、盆栽はその典型だろう。下駄に小さな物入れの抽斗(ひきだし)を付けた時代もある。ソニーは、当初、ものを小さくすることで、製品の独自性を出していたことはよく知られている。トランジスタ・ラジオ、8インチのトランジスタ・TV、そしてウォークマン。いずれも既存の装置をコンパクト化することで、その技術の特性を見せていた。

小さな自動車もそうした日本のコンパクト化の文化を反映している。1955年、通産省(現経産省)は「国民車構想」を提案した。当時の日本では自動車を持つことが人々の夢だった。通産省の提案では、定員4人または2人+100キログラム、時速60キロメートルで1リットル当たり30キロメートル、排気量350~500cc、販売価格25万円以下というものだった。それに応えて、58年に製作されたのが超小型の自動車スバル360-K111型(富士重工業)である。以後、軽自動車というジャンルができた。最大4人乗り、全長2.99メートル、全幅1.3メートル、全高1.38メートル, 空冷2サイクル2気筒356cc、最高時速83キロメートルという仕様の自動車だ。価格は残念ながら42万5000円と、通産省の提案にはかなわなかった。

当時、富士重工が主力製品としていたスクーターの発展型としての自動車だった。バイクと同じような356ccという排気量で4輪を実現したことは、ものをコンパクト化する日本の技術的特性の結果と言えるだろう。生産終了の70年までに33万4503台を販売した。その後、軽自動車は、マツダ、ダイハツ、三菱など多くのメーカーが手掛けるようになる。

軽自動車は、普通乗用車とは異なったものとして重量税が抑えられているため、公共交通機関が少ない地域では、家族構成に対応して一家で数台が保有される場合もある。現在、軽自動車の排気量の規定は660ccまで拡大し、普通乗用車と変わらないほどの車内空間を実現している。

こうした日本の軽自動車を定着させたのがスバル360-K111型である。そして、なによりもその外観フォルムの曲面の美しさは、かつてのフォルクスワーゲン・ビートルを思わせる。

写真提供:富士重工業

極小化技術が生んだ記録装置―ガストロカメラGT-I(オリンパス)

ものを小さくする技術ということでは、ガストロカメラGT-I(オリンパス)も同様である。ドイツの物理学者ウィルヘルム・コンラート・レントゲンによるX線の発見は、生体の内臓を見ることができるという画期的なものであった。しかし、その画像は生体そのものではなく、いわば陰影であった。食道から胃そして十二指腸にかけての状態をそのまま見て、写真に記録することのできるガストロカメラの開発は、従って、X線同様、画期的なものであった。

このカメラの開発は、東京大学医学部の要請を受けて、極小の撮影レンズを軟性管の先端に照明器具とともに取り付けた装置によって実現された。1950年のことである。

当初は、胃に送り込む軟性管は現在よりもはるかに太く、被験者の負担も大きく、軟性管を噛(か)んでしまわないように、管の通る穴のあいたプラスティックのマウスピースを使っていた。現在では、軟性管も撮影レンズもさらに小さくし、組織の一部を切り取る鋏(はさみ)も装備したものになっている。また、口ではなく鼻から挿入するものが一般的になっている。

こうした装置は、現在、内臓を見るためのものだけではなく、壁の裏や、人の入り込めない空間を見るための装置へと応用されている。これも、ものを極小化する日本の技術文化の特性が生み出したと言ええるだろう。

写真提供:オリンパス技術歴史館

お尻への心くばり―ウォシュレットG(TOTO)

日本の装置(機械)の特徴の一つに「心くばり」(Thoughtful)がある。1980年に登場したウォシュレットG(TOTO)はその典型的なものの一つだろう。もともと医療用洗浄便座としてあったものを、一般家庭用の便座として、洗浄ポイント、水量、噴射角度などを検討して作られた。排泄後の清潔さを実現するということは、使用者への「心くばり」という発想の結果である。

TOTOに加え、INAX(現LIXIL)、松下電工(Panasonic)などが、お互いに切磋琢磨(せっさたくま)してさらに進化させた便座をデザインしていった。ビデや夜中の使用に対応した照明、蓋(ふた)の自働開閉など多機能化している。こうした「心くばり」型の便座は、諸外国では例を見ない。まさに日本文化が生み出した装置だ。

写真提供:TOTO株式会社

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  • [2016.11.09]

デザイン評論家。武蔵野美術大学教授(美学美術史研究室)。編集者などを経て、1983年東京造形大学助教授に。1996年より現職。主な著作に『20世紀はどのようにデザインされたか』『「しきり」の文化論』など。

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