やっとSpotifyが始まった「世界2位」日本の音楽市場の現状と展望

山口 哲一【Profile】

[2016.10.26] 他の言語で読む : ENGLISH | ESPAÑOL |

世界で1億人以上が利用する音楽ストリーミング配信「Spotify」が日本でサービスを開始した。依然としてCD売り上げが大きいという独自の特徴を持つ日本の音楽市場にどのような影響をもたらすだろうか。

「黒船ではなく緑船」

2016年9月29日、定額制(サブスクリプション)の音楽ストリーミング配信で世界最大のSpotify(スポティファイ)が日本でサービスを開始した。日本法人設立から4年。レコード会社などパートナーへの打診は米国でサービスを始める11年以前から行っていたので、日本でのローンチに5年以上をかけたことになる。その間に「Apple Music」と「Google Play Music」は日本を含むワールドワイドでサービスを開始。国内ではその他にも、日本発の「LINE MUSIC」「AWA」、台湾発の「KKBOX」など、多くの定額制音楽ストリーミングが提供されている。他国とは違い、Spotifyが後発になる。

サービス開始が遅れた理由はレコード会社との許諾交渉だ。自社のサービスに自信を持つSpotifyは、無料(フリー)と有料(プレミアム)のプランを組み合わせる「フリーミアムモデル」にこだわり、無料部分の取り扱いが日本のレーベルとの交渉の難易度を上げていた。また、ユーザーの立場を大切にするSpotifyは楽曲の品ぞろえについてもこだわりがあり、主要レーベルの楽曲なしでともかく始めてしまうような姿勢は取らなかった。Spotify日本進出の動きは「黒船来襲」と騒がれたが、同社の担当者は自社のテーマカラーである緑色の船の折り紙を持って、「僕らは黒船ではなく緑船です」と言って交渉に出向いたと聞く。北欧発のこのサービスは、ローカルの事情をくみ取り、歩み寄ろうとする文化を持っている。

日本のレコード業界側も、スマートフォン用通信アプリを提供するLINEが主導するLINE MUSICにソニー・ミュージック、エイベックス、ユニバーサルミュージックが資本参加するほか、AWAはエイベックスがIT企業大手のサイバーエージェントと共同で設立するなど、昨年からストリーミングに積極姿勢を見せており、Spotifyを拒絶するよりは、音楽市場全体の活性化を選ぶという状況に変わっていた。

9月29日に東京都内で行われた記者会見に出席したSpotifyのダニエル・エク最高経営責任者(CEO)。同社はスウェーデンで2008年にサービスを開始し、世界展開は日本で60カ国目になる

CD売り上げが7割超、特異な音楽市場・日本

本稿ではSpotifyが日本の音楽市場に与える影響を考えてみたいと思うが、まずはここで現状を確認しよう。世界2位の音楽市場である日本は、他国に比べて珍しい特徴をいくつか持っている。

(1)パッケージ市場が大きい

2015年の日本の音楽パッケージメディア(CD、DVDなど)市場は3208億円。下落傾向にはあるが、09年に米国を抜き、売り上げは世界一になっている。音楽産業の売り上げ全体に占める割合は7割を超え、他国よりもかなり高い。

市場を下支えているのは、再販制度と特約店制度だ。日本では書籍、新聞、CDはメーカー側が定価を決め、どの店でも同じ価格で販売することが認められている(CDは発売後の一定期間内)。新譜アルバムの平均的な価格は3000円で、米国の2.5〜3倍だ。ジャケットのパッケージや歌詞が載っているブックレットが美しく、音質の安定度や不良品の少なさといった品質の高さはあるものの、国際的に見て高額となっている。

CD専門店の全国網が残っているのも強みだ。海外ではほとんど姿を消しているチェーン店が、タワーレコード、HMV、TSUTAYA、新星堂と4社もある。他にも地域特化型の専門店があり、ヴィレッジヴァンガードなどの雑貨店でもCDコーナーが充実している。日本では、CD専門店がレコード会社から直接商品を仕入れる特約店契約を結んでおり、販売手数料は一律なのが一般的だ。商品に関して密な情報共有もでき、共存共栄の関係が作られている。近年、蜜月関係は揺らいでいるものの、この関係性がパッケージメディア生き残りの理由と言えるだろう。

パッケージ売り上げについては、「AKB商法」にも触れなければならないだろう。

日本では、シングルCDに初回出荷分の特別盤という形でDVDなどのおまけを何種類か作り、コアなファンに複数枚を買わせるという販売促進方法が以前からあった。これは、シングルCDの売り上げで「オリコン週間チャート」が決まり、発売初週の順位がヒット曲の最大の指標だった時代のやり方だ。それを徹底したのが「AKB商法」だ。AKB48とその姉妹グループは、アイドルとCD1枚につき1回握手ができる「握手券」や各メンバーのグループ内でのフィーチャー度合いをファンの投票で決める「選抜総選挙」の「投票券」をシングルCDに封入するというやり方で、熱狂的なファンの購買をあおっている。1人で数百枚購入するケースも珍しくないといわれている。既にヒット曲の指標としての機能は果たさなくなっているオリコンチャートへの偏重が、この過剰な複数枚販売を生み出している。投票券目当てにたくさんのCDを買い、中古店に売ったり、廃棄物として捨ててしまったりする現象は社会問題にもなっていて、そろそろ見直されることになるだろう。

(2)CDレンタルという業態がある

世界的に音楽流通の主流となったAppleのiTunes Storeは、日本ではあまり普及しなかった。最大の理由は、CDレンタルという業態があったことだ。アナログレコード時代の1980年代に広まり、法律で貸与権も認められた。レコードをカセットテープに録音して聞いていた時代から、レコードがCDに移行し、さらにパソコンでリッピング(デジタル複製)できるようになった後も、業界団体間のルールが温存されている。89年には全国に6000を超えたレンタル店は、減少したとはいえ現在でも2000以上が残っている。海外でiTunesが普及した理由の一つは価格の低さだったが、日本ではアルバム300円、シングル200円程度でレンタルでき、iTunesでダウンロードするよりもずっと安い。生活圏にあるレンタル店でCD とDVDを借りるという消費習慣は若者を中心に根付いていて、インターネット音楽配信の普及を妨げていた。

今後、ストリーミングの普及でCDレンタル業は役割を終えると思われるが、これまで日本の音楽市場において無視できない存在であった。

(3)携帯電話向け「着うた」が普及も、スマホ化で市場縮小

iTunesに代表されるネット音楽配信サービスの普及が進まない中で、日本ではフィーチャーフォン(従来型携帯電話)向けに楽曲の一部分を着信音として販売する「着うた」が大きな市場を作っていた。携帯電話の着信音にアーティストの楽曲を使う市場が主流になった例は、他国にはない(海外の携帯電話向け音楽配信は、日本では「待ちうた」と名付けられた呼び出し音の販売が中心)。2002年の開始当初は着信音のみだったが、04年からは1曲まるごと配信する「着うたフル」も提供するようになった。

ただし、この日本特有の着うた市場も08年の1773億円をピークに、スマホの普及に合わせて、一気に縮小している。スマホはiTunesなどのネット音楽配信に対応しているが、単価は1曲150〜250円で、シングルを350円で販売していた着うたフルよりも下がっている。

(4)コンサート市場がパッケージを上回る

ちなみに、全体的に低迷傾向の音楽市場の中でも、コンサート市場は伸長を続け、2015年はパッケージを上回る3405億円に達した。日本人の音楽好きはこのような形でも証明されている。インバウンドが好調な流れに乗って、訪日外国人を取り込むことができれば、この市場はさらに有望であろう。

音楽×SNS・日本独自の展開に期待

日本ではこのように、パッケージメディアが粘りを見せ、CDレンタル店がネット音楽配信の普及を妨げ、フィーチャーフォン向けの着うた配信が伸長した後に、スマホの普及で縮小している。一方で、2015年から定額制ストリーミングサービスが本格的に立ち上がりつつある。日本の音楽市場はそんな状況の中、Spotify参入で変わっていくのだろうか?

AppleがSpotifyへの対抗策、レコード業界へのアピールとして、フリーミアムモデルを取らなかったことは広く知られているが、海外ではフリーミアム型を採用しているGoogle Play MusicやKKBOXも、日本ではレーベルへの気遣いからプレミアムのみのサービス形態となっている。これに対し、Spotifyは欧米とは若干設計が異なるものの、日本でも自社のアイデンティティーであるフリーミアム型でサービスを始めた。これは国内の他のストリーミングサービスにも波及していくことだろう。

Spotifyのようなフリーミアムでオンデマンド型のストリーミングサービスが音楽産業に与える最大の功績は、ユーザーの音楽に関するコミュニケーションの活性化だ。近年の音楽サービス各社のテーマは「MUSIC DISCOVERY」で、ユーザーに新しい楽曲やアーティストとのセレンディピティ(幸運な出会い)をもたらすことに注力している。導入時の障壁が低いフリーミアム型のストリーミングは、一部で指摘される若者の「音楽離れ」への対策としても有効だ。

Spotifyには、インフルエンサーと呼ばれるミュージシャンや著名人が作成したプレイリストによってユーザーに楽曲を推奨する仕組みがある。このプレイリストプロモーションは海外で新たなスターを生み出しているが、良質でレベルの高いSNSユーザーがいる日本独特の発達が期待できる。ストリーミングサービスがSNSと結びつくと、新しい音楽普及の形ができることだろう。

ユーザーにとって、音楽を気軽に楽しむためのストリーミングサービスの利用とコレクションの喜びやアーティストとの関係性の証しであるパッケージ購入は、欲望のベクトルが全く違う消費行動である。ストリーミングサービスのパッケージ市場へのマイナスの影響は軽微で、音楽への接触の増加というプラス面が大きいということは欧米では証明済みである。ユーザーのパッケージ志向が強いといわれる日本ではこの傾向はより強まると予想する。

何事にも慎重な日本人音楽家は、ビッグネームであればあるほどステークホルダーが多いこともあり、新しいデジタルサービスに対しては様子見をするケースが多い。ただ、ストリーミングはパッケージの代替ではなく、むしろラジオやジュークボックスの発展系と捉えるべきサービスだ。新しいユーザー獲得へのプラス面と、YouTubeと違って収益の音楽家サイドへの分配率が高いことが認知されれば、そうしたアーティストの楽曲が提供されるのも時間の問題だろう。

音楽ストリーミングサービスの本家であるSpotifyが始まることで、SNSとの組み合わせで日本独特の音楽コミュニケーションが発達し、強固なCD店ネットワーク、好調なコンサート市場との相乗効果で、国内の音楽市場が成長発展することを大いに期待したい。

Spotifyは邦楽を含む4000万曲以上が聞き放題。音楽の合間に広告が流れ、機能に一部制限がある無料版、広告や機能制限がなく、高音質な月額980円の有料版がある。日本独自の機能として、楽曲再生時に歌詞を表示することができる。再生履歴を基に楽曲やプレイリストが推薦されるのは海外と共通。公式プレイリストの中には、日本のアーティストの楽曲を世界に発信する「Tokyo Rising」というリストも作成されている

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  • [2016.10.26]

音楽プロデューサー、エンターテック・エバンジェリスト。1964年生まれ。89年、バグ・コーポレーションを設立し、アーティストマネジメント業務を始める。近年は音楽とITの関係についての執筆活動なども行う。2011年から『デジタルコンテンツ白書』(経済産業省監修)編集委員。著書に『新時代ミュージックビジネス最終講義』(リットーミュージック、2015年)など。

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