トヨタ「カローラ」が発売50周年—日本車飛躍の原点

池原 照雄【Profile】

[2016.10.31] 他の言語で読む : ENGLISH | ESPAÑOL |

リーズナブルな価格で、快適に走り、故障が少なく長持ちする—日本車の代名詞というも言うべき名車カローラ。さまざまな意味で、日本車の象徴であるカローラの半世紀を振り返る。

トヨタ自動車の「カローラ」が1966年10月20日の初代モデル発表から50周年を迎えた。日本のモータリーゼーションをけん引したのみならず、2016年8月末までの累計グローバル販売は4407万台に達し、世界ナンバーワンの数字を更新し続けている。カローラの半世紀は、日本の自動車産業の挑戦と飛躍の歴史でもある。

トヨタ・カローラの生産1000万台達成で、トヨタ自動車高岡工場で行われた1000万台目ラインオフ式=愛知県豊田市、1983年3月(時事)

初代カローラは排気量1100cc、2ドアセダン、価格は43万2000円(スタンダード、東京地区)で発売された。1966年は後に、日本の「マイカー元年」と呼ばれるようになる。日産自動車はカローラに先行して同年4月に「サニー」(1000cc、2ドアセダン)を発売しており、最大のライバルとなる両モデルを中心に、自動車各社の大衆向けモデルが花開いたのだった。同年の日本の新車販売は200万台レベルだったが、4年後の70年には倍の400万台を突破しており、カローラやサニーなどが、いかに急速な市場拡大をけん引したかがうかがえる。

日産サニーとの激しい競争を勝ち抜く

トヨタにとっての初代カローラは、新技術へのチャレンジや開発手法の確立といった後の同社の業容拡大につながる、まさにエポックメーキングなモデルとなった。生みの親は、開発主査で元専務取締役の長谷川龍雄氏(1916-2008年)。今から20年ほど前、すでにトヨタをリタイアしていた長谷川さんに取材する機会があり、開発当時の面白いエピソードも伺った。

カローラの生みの親、長谷川龍雄氏(写真提供:トヨタ自動車)

カローラは1100cc という中途半端な排気量で登場したが、これは65年に車名を公募したサニーが1000ccのクルマだと判明したためだ。カローラも当初は1000ccで開発を進めていたが、サニーより発売が遅くなるため、対抗措置として急きょ、100cc大きいエンジンにした。開発チームは設計変更や生産準備などを数カ月の突貫工事でやり遂げた。発売後は「プラス100ccの余裕」という露骨にサニーを意識した広告コピーでアピール。消費者の多くはカローラに軍配を上げた。

「80点主義+α」の大衆車

ところが、長谷川さんが一番苦労したのはこのエンジンの変更ではなく、前輪用に日本で初採用した「マクファーソン・ストラット式」というサスペンションの採用だったという。コイルばねとショックアブソーバーで車輪を受け止めるこの方式は、現在では大半の乗用車で採用されているスタンダードとなっている。米フォード・モーターの技術者、マクファーソン氏が1950年に開発し、英国フォードによる欧州向けモデルから実用化が始まった。それまで主流の板ばね式より格段に乗り心地が良く、省スペース、軽量といった利点もある。

長谷川さんはこの技術を何としてもカローラに採用したいと考え、海外での技術調査だけでなく、フォードの日本法人にも赴いて、資料提供を依頼した。するとフォード側は「国産化するのですか。役に立つものがあれば利用してください」と、快く協力してくれたという。

当時の両社の体力差は余りにも大きかったとはいえ、このエピソードをうかがった時は、ほのぼのとした気持ちになった。もっとも、開発の苦闘は続いた。長谷川さんは「最初の試作品が、わずか500㎞走行で使用不能となった時には慌てたものです。その後、設計変更を繰り返し完全なものにしました」(「トヨタ自動車75年史」)と振り返っている。

カローラについて長谷川さんは、「80点主義+α」のクルマづくりという表現も残した。大衆に受け入れられるためには、あらゆる面で80点の合格点に達する必要があるが、さらに90点を超えるようないくつかの特徴を持たせなければならないというものだ。初代カローラではストラット式のサスペンション採用のほか、変速機のレバーをスポーティーなフロアシフトとした。また、前進3段が普通だった変速機を4段にしたことなどが、「プラスα」の魅力となった。

海外では今でも人気

トヨタは1955年に発売した初代「クラウン」の開発で、初めて「主査」制度を導入した。航空機開発でのチーフデザイナー制を参考に、合議制ではなく、開発の全権と責任を1人のリーダーに持たせる仕組みだ。主査制度は初代カローラの開発から、同業他社にも知られるようになり、現在では日本の自動車メーカー全てが主査制度を元にした仕組みで新モデル開発を進めている(ちなみにトヨタでは「チーフエンジニア」という呼称になっている)。

日本向けのカローラは2012年に全面改良した現行モデルで11代目となった。15年の日本での販売数は11万台で、かつての国内ベストセラーカーもハイブリッド専用車の「プリウス」や「アクア」には及ばない。だが、海外においてトヨタ車では最多の150を超える国と地域に投入され、15年には海外販売のほぼ6台に1台に相当する123万台が売れた看板車種だ。海外現地生産は13カ国・地域に及んでいる。

開発が進む12代目カローラのチーフエンジニアを務める小西良樹氏は、「信頼性、実用性、バリュー・フォー・マネーというカローラの世界各地域での役割を守りながら、環境、エネルギー、安全性でしっかりと答えを出していきたい」と話す。その上で、「100周年を迎えられるよう乗って楽しい、そしてカッコいいクルマを目指す」と宣言した。

現行の11代目カローラ

バナー写真:1966年発売の初代から9代目までのトヨタ自動車「カローラ」が勢ぞろい(時事)

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  • [2016.10.31]

経済ジャーナリスト。1950年生まれ。北九州市立大卒業後、自動車専門紙や全国紙の経済記者として、自動車、エネルギー、金融などを担当。2000年からフリーとなり、雑誌やインターネットでの執筆や講演活動を行っている。40年に及ぶ自動車産業ウォッチャーであり、経営だけでなく商品、技術にも精通。著書に『トヨタVS.ホンダ』(日刊工業新聞社、2002年)など。

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