半世紀を迎えた気象庁の海洋観測

中野 俊也【Profile】

[2017.04.28]

気象庁は、2隻の海洋気象観測船により海洋気象観測を行っている。1967年から、東経137度に沿った三重県の志摩半島沖からニューギニア島までの海水成分を毎年調べている。このような50年を超える継続した海洋観測は世界的にも類がなく、ここで得られた各種データは、国内外における海洋環境変動の研究に大きく貢献している。

137線観測の先見性

気象庁の海洋観測は、日本周辺から北西太平洋域に測線を定め(以下、定線)、毎年同じ時期(季節)に観測を行っている。気象庁を代表する定線である東経137度に沿った測線(以下、137度線)の観測は、凌風丸Ⅱ世が就航した翌年の1967年の冬季に開始された。そして、72年に夏季の観測が始まり、それ以降年2回の観測となり、今年の1~2月の航海で冬季の51回目の観測を終了した。

東経137度線の観測を開始した凌風丸Ⅱ世(1967~1995年)

この137度線は、後年、気象庁長官や日本海洋学会長を務めた増澤譲太郎博士が「できるだけ大規模な現象の一般的変動を調べるため、島や海山などの局所的影響が少なく、北太平洋を代表する黒潮や北赤道海流等の海流系を具合良く横断する測線」として選定されたものだ。この測線の観測は、ユネスコ政府間海洋学委員会(UNESCO–IOC)の公式計画として、黒潮を含んだ西太平洋の海洋循環を調査するため日本が中核となって計画した「黒潮およびその隣接海域の共同調査(CSK)」に参加する形で始まった。

増澤譲太郎博士

増澤博士は、137度線の観測を開始した頃のことについて、「大規模な長期変動を調べることが目的だとしても、年1回の観測で成果が得られるのかという疑念が常につきまとい、価値判断は30年くらい経ってからという思いを抱いていた」と回想している。しかし50年を経た137度線の観測データは、北西太平洋の海洋構造や、エルニーニョなどの気候変動・物質循環変動に関する海洋物理・生物地球化学の長期変動に関する100編以上の論文に使用され、多くの知見をもたらした。同データを用いた論文は、2013年に出版された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書にも引用されている。

これほど長期間にわたって継続された定線観測は、世界的にも類をみない。また、観測開始からの全てのデータを公開し、全ての研究者が利用可能であることから、国内外の海洋関係機関から高く評価されている。地球温暖化の進行や地球環境の変化が大きな社会問題となっている現在、増澤博士をはじめとする関係者が、長期的な視野に立って137度線観測を開始した先見性や構想力には、あらためて感心させられる。

長期観測で「海の酸性化」が明らかに

137度線は、志摩半島大王崎の南東沖の北緯34度からニューギニア島沖の北緯3度までの約3400kmにおよぶ。観測は、緯度1度毎(約110キロメートル)に停船し、測器を海中に降ろす作業を、昼夜を問わず繰り返す。全測点の観測に約2週間を要する。通常2000メートルの深さまでの観測であるが、最大6000メートルの深さまでとなると、測器の投入から揚収まで約5時間かかる。そして、次の測点に向かうまでの約4~5時間の航走中(船速は時速約25キロメートル)に、採水分析作業を行う。

東経137度沿った測線(137度線)の観測を、気象庁は半世紀以上行ってきた

技術の進展に伴い観測機器や分析装置は変更されてきたが、開始当初から現在も「水温」「塩分」「溶存酸素」「栄養塩」「クロロフィルa」といった、観測項目は変わっていない。その後、1980年代に社会的な動向を反映し、地球温暖化の原因物質である温室効果ガスの監視のため、「洋上大気」と「表面海水中の二酸化炭素」を観測項目に追加しており、これらのデータも30年以上蓄積されている。さらに炭素循環の変動を解明するため、二酸化炭素に関連する海水中の炭酸系パラメーター(全炭酸、アルカリ度、pH)やフロン類の観測も行っている。

CTDと36本の採水器を一体にした装置をケーブルにつないで海中に降下させる。CTDは海水の塩分、水温、深度を計測するセンサーで構成された観測装置で、データは船上のパソコンにリアルタイムで送られてくる。また船上のパソコンから指令を送ることで任意の深さで採水することができる。

50年にわたる137度線の観測から、北西太平洋における海洋内部の水温や塩分の分布が、数年から十年規模の周期で変動している様子が明らかになっている。この変動は、日本南岸を流れる黒潮が沿岸近くを直進したり沖側を蛇行したりする流路の変動や、太平洋赤道域で数年おきに発生するエルニーニョ/ラニーニャ現象の影響によるものである。

また観測機器が発達し高分解能のデータが取得できるようになるとともに、繰り返し観測を行っていることから、増澤博士が考えていたような大規模な長期変動だけでなく、時空間的に細かなスケールで起きる現象の理解にも役立っている。例えば、最近、日本南岸を流れる黒潮と共に北太平洋の時計回りの循環(亜熱帯循環)を構成する北緯10~20度付近の西向きの流れ(北赤道海流)の下層に米西海岸まで続く東向きの流れ(北赤道潜流)が存在することが確認された。今後もこのような新たな発見があるかもしれない。

一方、二酸化炭素に関する観測から、表面海水での二酸化炭素濃度の変化だけでなく、海洋内部への蓄積量の長期変化が捉えられるようになった。また海洋が二酸化炭素を吸収してきたことにより、海洋内部の二酸化炭素濃度が増加し、海面だけでなく海洋内部でも水素イオン濃度指数(pH)が低下する「海洋酸性化」が着実に進行しているということが明らかになった(※1)。さらに、海洋中の二酸化炭素濃度も周期的に変動し、それがエルニーニョ/ラニーニャ現象や亜熱帯循環の変動と関連していることが明らかになりつつある。

CTDが導入されるまでのナンセン採水器・転倒温度計による観測風景。採水器に取り付けられた温度計の値を読み取り、手前に並んでいる瓶に観測項目ごとに採水する。つまり、水温と塩分も採水した深さのデータしか得られなかった。

今後の137度線の観測への期待

近年、海洋観測の主役は、アルゴフロート(10日間隔で2000mの深さを上下する自動観測装置)や人工衛星のような自動観測プラットフォームに移りつつある。しかしながら、水温、塩分などの物理パラメータや、炭酸系に関することをはじめ多くの生物地球化学パラメータの観測データを、海面から海底直上まで高い精度で取得できるのは、今も船舶観測をおいて他にない。地球温暖化や海洋酸性化が進行する現在、海洋の微小で重要な変動を検知し、長期変動・変化の実態とメカニズム解明を進める上で、今後も船舶による長期観測の重要性は、微塵(みじん)も揺らぐことはない。

また、スーパーコンピュータなど計算機資源が急速に増大し、高解像度の精緻な数値モデル実験が可能になったことから、137度定線の測定によって明らかになった知見を基に、より詳細な北太平洋の立体的な海洋変動の実態やそのメカニズムの解明、さらに気候や地球環境の将来予測モデルの検証データとして、今後さらに活用されていくことが期待される。

同時に137度線の観測は、国内外の観測プロジェクトの一翼を担ってきている。その代表が、1990年代に行われた世界海洋循環実験計画(WOCE)への参加である。この計画の中での北西太平洋域における測線の一つとして位置づけられ、94年に通常の半分の測点間隔(緯度30分ごと)で、パプアニューギニア沿岸まで全測点海底直上までの観測を実施した。その後、2010年と16年に再観測を行い、現在は全球海洋各層観測プログラム(GO-SHIP)の高頻度測線や、全球海洋酸性化観測ネットワーク(GOA-ON)の一部に位置づけられている。

137度線の観測データは、人類の貴重な財産として未来に引き継ぐべきものであり、気象庁の海洋観測の中心として今後も継続していきたいと考えている。

気象庁が運用するもう一隻の海洋気象観測船「啓風丸Ⅱ世」

写真提供:気象庁

バナー写真:海洋気象観測船「凌風丸Ⅲ世」

(※1)^ 海洋酸性化とは、海水がpH7以下の酸性になるということではなく、現在の弱アルカリ性(約pH8.1)が徐々に酸性の方に変化(pHが低下)していくことを言う。

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  • [2017.04.28]

気象庁地球環境・海洋部海洋気象課海洋環境解析センター所長。博士(理学、東北大学)。1962年佐賀県生まれ。84年東海大学海洋学部海洋科学科卒業。85年気象庁長崎海洋気象台海洋課に採用。98年気候・海洋気象部海洋課技術専門官、2001年気象研究所海洋研究部研究官、08年地球環境・海洋部海洋気象課調査官を経て、16年より現職。気象庁の海洋気象観測船のデータを中心に北西太平洋域における海洋環境の長期変動の解析を行っている。

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