「過去」のしがらみを切り離して新たな日韓関係へ
人口、女性問題への取り組みで共同歩調を

小倉 和夫【Profile】

[2017.04.19]

日韓両国が今、最も必要なことは共通の目的を持つことだ。北朝鮮や脅威や中国の台頭を前にして、日韓はどんな関係を構築していくべきか。元駐韓大使の筆者は、このような時代だからこそ、もっと日韓交流を活発にすべきだと考える。

日韓関係の亀裂

日本人の韓国に対する親近感あるいは好悪感情は、近年悪化あるいは低下した状態で停滞している。こうした現象は、いわゆる韓流ブームもあって日本人の対韓国感情が著しく好転した後に生まれており、しかも、日本側の親近感の欠如は嫌韓感情を超えて、韓国に対する基本的不信感にまで発展している気配がある。

最近の朴槿恵大統領弾劾事件とそれを巡ってあらためて明らかになった、韓国における保守政治家と財閥との癒着や政界における地域的対立の激しさ、さらには強大な大統領権限と政治における公私混同といった韓国の政治、経済、社会の構造的歪みは、日本人の嫌韓感を自ら合理化する要素すら生みつつある。

こうした傾向の根底には、いわゆる慰安婦問題に象徴される「過去」の歴史についての韓国ないし韓国人の、相も変わらぬ態度についての、日本側の「うんざり感」が強く影響していると考えてよいであろう。

けれども、「過去」についての大方の韓国人の見方と、日本人の多数の見方はそもそも同一ではなく、また、なかなか同一にはなり難いことを、直視せねばならない。

それはなぜか。

現代韓国の原点は、日本の植民地であったことからの解放、独立にある。それは完全な生まれ変わりであり、近代以降の「過去」は全て捨て去られなければならない。そのことを象徴する出来事の一つこそ、ソウルの朝鮮総督府の建物が完全に解体、撤去されたことであろう。

これに対して、しからば、近代以前、朝鮮半島を支配したり、侵略したりした中国との関係も同じように完全に否定されるべきものかと言えば、韓国の人々にとってそれはそうではない。なぜならば、中国文明は、長い間、朝鮮半島の人々にとって精神的支柱だったからである。

中国と地続きの朝鮮にとって、中国は決して「夷」国ではなかった。中国による征服は朝鮮にとって、中国という国家よりも中華文明への服従であった。それが証拠に、政治的、国家的には屈辱の事柄である李朝朝鮮の中国、すなわち清軍への降伏を「記念」する、巨大な、しかも中国風の石碑が、いまなおソウル漢江の南にある公園に堂々と残されている。

しかし、中華秩序に浸っていた朝鮮にとって、近代日本の進出、侵略は、西洋の夷秋の侵入と同一視され、日本の統治は収奪と抑圧の歴史としてのみ心に刻まれることとなった。

その一方、江戸時代の日本にとって中国は異国であり、日本は公には中華秩序の外にいた。明治維新による近代化は基本的には自律的近代化であり、その延長上にアジアへの侵略という反省すべき要素を含んでいたとしても、明治維新以来の日本は今日まで一つにつながった糸で結ばれている。

ポツダム宣言の受諾に当たって、日本が「国体の維持」を条件とし、連合軍側も少なくとも事実上これを認めたことは、戦前と戦後の日本の「連続性」を象徴して余りあるものである。その日本にとって、近代日本の「過去」の全面否定はとり得ない道である。

近代の「過去」の全面否定を掲げる韓国と、「過去」との連続性に自らのアイデンテイテイの象徴を見ている日本との間に、いつまでも「過去」を巡って亀裂があることは、言ってみれば自然の成り行きである。つまり、「過去」の問題を日韓の間で政治、外交問題化すれば、必ずや論争、紛争のもととなることは、必然ともいえる。

従って、日韓関係において「過去」の問題を政治、外交問題化することは、そのことによる国内政治上のメリットと外交的マイナスとの、功罪のバランスをどう考えるかの問題となるのが通例である。

このことは、韓国が、北朝鮮や中国などとの戦略的対決に当たって、どこまで日本を経済、外交、軍事戦略上のパートナーとして重視するか、という点と密接に関連してくる。また、日本にとっては北朝鮮の「脅威」や中国の台頭を前にして、韓国との戦略的関係をどこまで重視するかの問題となる。

しかし、これらの問題を巡っては日本も韓国も、双方の間の関係の在り方という要因もさることながら、米国のアジアへのコミットの強さと対応、中国の朝鮮半島政策という「外部」要因による影響が大きい。

韓国にしてみれば、中国との関係を良好に保つことによって中国の北朝鮮への傾斜に歯止めを掛け、合わせて米韓同盟を強固なものにすれば、日本との関係の冷却化は台頭する中国との関係もあって大きなマイナスにはならない、と考えることも十分あり得よう。

このように見れば、日韓関係の冷却化は当面不可避のものと考えられても不思議ではない。

世界的、長期的視野からみた日韓関係の在り方

けれども、日韓関係を「過去」のしがらみから切り離し、世界的かつ長期的視野に立って考えると、両国は国際社会においてかなりユニークな存在であり、また今後の経済産業社会の在り方を模索する上で貴重な貢献をなし得る国であることを忘れてはならないであろう。

第1に、日本と韓国は共に、人類史上例のない速度で高齢化社会に突入しつつある。欧州諸国が50年以上かかったプロセスを、日韓両国は20年から25年前後でたどっている。こうしたスピードに合わせて明日の福祉社会の在り方を模索することは、人類の明日を考える上で長期的には極めて重要な課題である。日韓両国は、共同してこの課題に取り組む必要がある。

とりわけ、同じような人口変動のプロセスは、2020年代には中国でも起こることがほぼ確実であるだけに、東アジアの将来像を考える上でも重要である。従って、できるだけ早く日本、韓国、そしてできれば中国を巻き込んで、東アジアの人口動態とこれからの対策について3カ国の対話フォーラムを創設、あるいは拡充すべきである。

第2に、いわゆる欧米文明の中心を成してきた国々において、民主主義の危機、個人主義の行き過ぎ、保護主義の台頭、社会的・経済的格差の拡大が大きな問題となりつつある現在、世界有数の貿易国としてグローバリゼーションの恩恵を受け、かつ欧米文明の吸収に成功しつつも独自の価値観を維持してきた日本と韓国が、アジアの伝統的価値観をも踏まえた上で、普遍的価値の共有を中国、インドなどの国々をも含めた国際社会へ強く訴える必要があろう。

そうした観点に立てば、例えば慰安婦問題にしても日韓間の「歴史」問題としてではなく、戦争や内戦などと関連して今日においても起こりがちな女性の人権蹂躙(じゅうりん)の問題と考え、日韓両国のみならず世界が取り組むべき問題のーつと認識すべきだろう。従って、例えば韓国と日本の女性が共に手を取り合って、女性の人権を守る姿を象徴的に表すような銅像を、日韓両国の市民が世界に先がけて建立するぐらいの意気込みがなくてはなるまい。

いずれにしても、日韓関係は今や、北朝鮮問題が中東情勢も絡んで世界的問題となっていることに象徴されるように、幅広い視野から考慮され、対処されなければならない関係である。そのためには両国の国民が、人口問題や女性の地位の問題のように共通の課題、共通の目標を持ち得る分野において、市民間の対話と交流を深めることが何よりも重要であろう。

また、こうした市民対話と関連して、両国の政治、外交面での対話、交流の在り方についても面会や対話、交流を否定し、コミュニケーションを断絶すること自体を政治的、外交的行動としてとることは、民主主義国家であり、経済的にも先進国である日韓両国がとるべき行動ではなかろう。

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  • [2017.04.19]

青山学院大学特別招聘教授。日本財団パラリンピックサポートセンター理事長。1938年生まれ。東京大学法学部、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。1962年外務省入省。文化交流部長、経済局長、外務審議官、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使などを歴任。2003年10月から 2011年9月まで独立行政法人国際交流基金理事長を務める。著書に『グローバリズムへの叛逆』(中央公論新社/2004年)『日本人の朝鮮観』(日本経済新聞社/2016年)など。

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