トランプ重商主義に危険なにおい:日米貿易摩擦再燃も

谷 定文【Profile】

[2017.04.21]

日米貿易摩擦が20数年ぶりに再燃する気配が漂ってきた。1980年代後半~90年代前半のジャパン・バッシング(日本たたき)が再現されかねない。しかし、通商交渉で貿易不均衡は是正できるのだろうか。

2国間アプローチを選択

トランプ米大統領が通商政策の司令塔として新設した国家通商会議(NTC)のナバロ委員長は、ウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで「米国が多額の貿易赤字を抱える国は製品ごと、業界ごとに一定期間内に赤字削減で米国に協力する必要がある」と、露骨に圧力を掛ける姿勢を示した。

実際の交渉を担う通商代表部(USTR)の次期代表に指名されているライトハイザー氏は、承認のための上院財政委員会の公聴会で「米国の農産物輸出を増やす市場として、日本は第1のターゲットになる」と証言した。民間出身でバランスのとれた知日派とみられているロス商務長官も、その立場もあってか日本、中国などの貿易黒字国に対する強硬発言を繰り返している。

政権が発足して明らかになったのは、トランプ大統領が強い信念の持ち主であることだ。通商問題では、それは環太平洋連携協定(TPP)からの離脱で証明された。代わりに選択した道は、2国間交渉だ。

この路線に沿って日米両国は、日本側が麻生副総理、米側がペンス副大統領をトップとする「日米経済対話」という協議の場を設定した。外務省によると、ここで ①経済政策 ②インフラやエネルギー分野での協力 ③貿易・投資ルール―の3分野を議題とするが、ナバロNTC委員長らの発言から考えると、自動車や農産物といった個別分野も、取り上げられるのは必至だ。

問題は、トランプ大統領の信念と実行が正しい選択かどうか、という点にある。標的にされた国にとって迷惑なのは当然だが、米国にとっても交渉に費やすエネルギーとコストに見合う成果を得られるのかは疑問だ。

政治的要請だったジャパン・バッシング

1980年代から90年代前半にかけ、日米間では貿易摩擦の火が燃え盛った。自動車、半導体、建設、牛肉・オレンジ、電気通信、コメなど多くの分野が火種となった。米国からすると、貿易赤字の3分の2近くが対日本だった年もあり、ジャパン・バッシングは政治的な要請だったのだ。

その過程で米国の不満が結実したのが、88年に成立した米包括通商法。内容は多岐にわたるが、とりわけスーパー301条(不公正貿易国に対する対抗措置強化条項)(※1)に注目が集まった。同条が日本に発動された89年には、日米間の緊張は「貿易戦争」と言われるほど高まっていた。

しかし、当時のヒルズUSTR代表は、翌90年に日本の譲歩を理由に同条の対日指定を解除する。それを正式に宣言した上院財政委員会で、対日強硬派だった与党・共和党のダンフォース上院議員(ミズーリ州選出)は顔を紅潮させ、「スーパー301条は日本のために議会が設けた条項だ。これを無視するということは、政府が立法府の意思を尊重しないのに等しい」と、ヒルズ代表を非難した。当時、米国の政治家にとって、日米通商問題がいかに重要だったかを示すエピソードだ。

今から30年近くも前、世界貿易機関(WTO)の前身であるガット(関税・貿易一般協定)ウルグアイ・ラウンド(多角的貿易交渉)という多国間協議と並行し、日米は2国間交渉を重ねた。そして2017年の今、漂流しているWTOを補完するはずだったTPPを捨て、米国は貿易黒字国相手ごとに2国間交渉を仕掛ける戦略を採用した。

日米経済関係年表

1970-72年 日米繊維交渉(戦後初の日米貿易摩擦)
1973-79年 GATT・東京ラウンド交渉
1981-84年 日本、対米自動車自主輸出規制
1983-88年 日米円・ドル委員会(金融自由化、円の国際化)
1985-86年 MOSS協議(市場志向型分野別協議)
1985年 米半導体工業界、日本の半導体市場の閉鎖性などを理由に301条提訴
プラザ合意(円高ドル安への誘導)
1986-94年 GATT・ウルグアイラウンド交渉
1988年 牛肉・オレンジ交渉最終決着
日米建設協議合意
1989年 日米電気通信交渉決着
1989-90年 日米構造協議(SII)
日米スーパー301条交渉
1993-98年 日米包括経済協議
1995年 世界貿易機関(WTO)設立
1996年 半導体問題が決着
1997-98年 日米規制緩和対話
2015年 環太平洋連携協定(TPP)が大筋合意
2017年 日米経済対話

米の「正義」、日本は反発

かつての日米通商交渉は、両国に何をもたらしたのだろうか。1990年に最終報告をまとめた日米構造協議(SII)を例にとると、日本にとってプラスの影響もあったことを認めなければならない。SIIは、それまでの個別製品や分野ではなく、商習慣、系列といった構造問題に初めて焦点を当てた日米交渉だった。

SIIを受け、日本は大規模小売店舗法を緩和したほか、独占禁止法と公正取引委員会を強化するなどの措置をとった。マイナス面があったのも事実だが、例えば米資本トイザらスの対日進出は、日本の消費者からすれば歓迎すべき市場開放だったのではないか。

このような視点に立つと、米政府にとって通商交渉は「正義」を実現するためのものだ。真の狙いは米国の利益であるにもかかわらず、時に正義の遂行という押しつけがましい態度が表面化する。米国の交渉スタイルの特徴と言っていいだろう。

もう一つの特徴は、勝ち負けにこだわる傾向が強いことだ。交渉役のUSTRは、ホワイトハウス西側の道を隔てて建つ5、6階建の小ぶりなビルに入居している。小所帯ながら法律家ぞろいの役所であり、いきおい交渉は法廷闘争の色彩を帯びるきらいがある。

その結果、日本側にはフラストレーションがたまる。公平を期して言えば、実際に交渉に当たった日本政府関係者は、米側カウンターパートとその後に親交を結ぶケースが多い。激しいやり取りをした者たちだけに生まれる連帯感、人間味の発露があるからだと思う。

むしろ交渉現場と距離の遠い政治家や官僚に、米国嫌いになる人が多いように見受けられる。報道を通じて日米交渉を知らされる一般の日本人も、同じ傾向ではないか。80年代から90年代前半の日米交渉が日本側に反米感情を植え付けたのは、間違いない。

交渉で不均衡是正は無理

それでは、一定の代償を払って決着した通商交渉は、最終目的である日米貿易不均衡の解消につながったのだろうか。答えは「ノー」。効果があったとしても、極めて限定的だった。

そもそも不均衡は、マクロ経済要因によって生じる度合いの方が大きく、不公正貿易慣行を直せば解決するというものではない。また、貿易不均衡を2国間で見ても、あまり意味がない。確かに2016年の日本の貿易収支は米国に対し10兆円もの黒字だが、中東諸国はもちろん、中国、東南アジア諸国連合(ASEAN)、オーストラリア、欧州でもフランス、イタリアに対しては赤字だ。

不均衡をモノの貿易だけで測るのも、近視眼的に過ぎる。かつて日本は、モノの輸出で稼ぐ(貿易収支黒字)一方で、輸送、旅行、知的財産権、通信といったサービスのやり取りでは大幅な輸入超過(サービス収支赤字)だった。最近は、サービス収支の赤字が縮小する中、貿易収支に代わって第1次所得収支が安定的な稼ぎ頭となっている。

日本の国際収支推移

単位:兆円

経常収支 貿易収支 サービス収支 第1次所得収支
1985 11.9 12.9 ▲2.2 1.6
1990 6.4 10.0 ▲6.1 3.2
2000 14.0 12.6 ▲5.2 7.6
2005 18.7 11.7 ▲4.0 11.8
2007 24.9 14.1 ▲4.3 16.4
2009 13.5 5.3 ▲3.2 12.6
2012 4.7 ▲4.2 ▲3.8 13.9
2013 3.9 ▲8.7 ▲3.4 17.1
2014 2.6 ▲10.4 ▲3.0 18.1
2015 16.4 ▲0.6 ▲1.6 20.6
2016 10.5  2.3 ▲0.2 9.6

財務省統計(暦年、▲は赤字)

第1次所得とは、企業が海外に建設した工場によって生み出された利益を配当で受け取ったり、企業・個人が海外の債券や株式に投資して利息・配当を受け取ったりした結果、得る所得のこと。2016年の日本の第1次所得収支黒字額は18兆1360億円の黒字と、貿易収支黒字5兆5793億円の3倍以上に達した。ちなみに、貿易収支が黒字になったのは、東日本大震災前年の10年以来6年ぶりだ。

一方、米国の16年の国際収支をみると、確かに貿易収支は7501億ドル(80兆円強)という巨額の赤字だが、サービス収支は2478億ドル(27兆円強)と世界最大の黒字をたたき出している。第1次所得収支も、1806億ドル(20兆円弱)の黒字だ。

分かりやすくヒートアップしやすい通商

こうしてみると、貿易相手国ごとに不均衡の是正を目指すアプローチは、単純に過ぎることが分かるだろう。日本の政府関係者によると、米政権内でもそう認識している人が多いという。そうであれば、日米両国は理性的な対話を通じ、摩擦の再燃を避けられるはずだ。

しかし、とても楽観できる情勢ではない。なぜなら通商問題は、分かりやすいからだ。そして、ヒートアップしやすい。「日本は米国製品を締め出す一方で米国に輸出ドライブを仕掛けている。その結果、米国労働者の雇用が奪われている」という主張は、選挙民に受けがいい。まして、トランプ氏はラストベルト(さび付いた工業地帯)と呼ばれる中西部の支持を得て、当選した大統領だ。

通商交渉で貿易不均衡を是正できないと分かっていても、黒字国を攻め立てることで得られる政治的カタルシスは大きい。歴史は繰り返されるのか。トランプ政権の新重商主義からは、危険のにおいがぷんぷん漂ってくる。

バナー写真:日米経済対話の初会合後、共同記者会見する麻生太郎副総理兼財務相(右)と米国のマイク・ペンス副大統領=2017年4月18日、首相官邸(時事)

(※1)^ 1988年米包括通商法に盛り込まれた、不公正貿易国との交渉と制裁を規定した条項。通常の301条が企業の提訴を受けて発動されるのに対し、同条項はUSTR自らが「不公正」と判断した国・品目に発動する。89、90年の時限立法で、日本は89年に対象となり、スーパーコンピューター、人工衛星、林産物の3分野について日米が交渉した。

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  • [2017.04.21]

ニッポンドットコム常務理事・編集局長。1954年、東京都生まれ。上智大学外国語学部卒業後、時事通信に入り、経済部長、編集局長、常務取締役などを歴任。88~92年にはワシントン特派員として、激しさを増す日米貿易摩擦を最前線で取材した。2016年から現職。

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