振り込め詐欺の背景を探る

西田 公昭【Profile】

[2017.06.16] 他の言語で読む : ENGLISH | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

振り込め詐欺に代表されるニセ電話詐欺の被害が後を絶たない。だます側はさまざまなテクニックを駆使して、手口を巧妙化している。なぜこうした詐欺が多発するのか。被害者心理を分析しつつ、日本にニセ電話詐欺が多い理由を探る。

被害に遭ったことを誰にも言わない

何者かになりすまして電話をかけ、その相手の心を操作して金銭をだましとる詐欺、「ニセ電話詐欺」が横行してもう10年以上になる。警察庁の統計では、被害金額は今でも年間総額500億円を超え続けていると報告されている。しかし、この把握された数字は、被害届に基づくものであり、総額はさらに多く、正確な実態は計り知れない。

なぜかというと、被害後の心理を調査して分析したら以下のようになったからだ。まず被害者は、奪われた金銭を取り返すことに対して無力感に陥る。そして彼らには、「愚かではないはずの自分がまさかだまされたなんて、情けないし恥ずかしい」という羞恥心が生じる。

次に、「今から思えば不審ともいえるサインがあったのになぜ信じたのか」という自責や後悔の念にさいなまれる。しかし、「今回は運が悪かっただけでもう二度とは仕掛けられないだろう」と楽観的に考えてしまい、反省が消極的になる。そして、ついには「このような嫌な出来事は早く忘れてしまいたい」という現実逃避の心理が働き、被害に遭ったことを誰にも言わなくなるのだ。実際、警察だけではなく、身内にさえも隠す人も少なくないようだ。

このように実態が全て明るみに出ていないという事情も、社会的な対策がいまだに不十分なままである理由の一つかも知れない。しかし、もちろん他にもっと大きな理由がある。それは、人がだまされる際の心理過程を理解せず、基本的に、仕掛けられる側が注意さえしていれば被害に遭わないはずで、それでも被害が無くならないのは個人の認知能力や性格に何か特別な事情があると見なしてきたことにある。つまり、日本人が好む “精神論”に終始してきた。結局、犯人からすれば、電話をかけるだけで金銭がだまし取れるという手軽さで、被害者に顔も知られないので捕まりにくいという安心感があるのだろう。そのためであると思われるが、犯人グループは非常に増えたし、その手口を次々と巧妙化させてきたのである。

オレオレ詐欺の心理過程

ニセ電話詐欺にはいくつかのパターンがあるが、事故に見舞われたり、不祥事を起こしたりした息子になりすました電話を親などの家族にかけて、急場の援助金を求めるといったパターンが最も多い。オレオレ詐欺と呼ばれるものがこのパターンに当たる。また別のパターンでは、金融商品を売る業者になりすまし、投資話を持ちかけて、ニセの債権などを買わせるといった手口である。被害金額は、いずれも数百万円ぐらいが多い。「大金ではあるがそれぐらいの金額ならばどうにか工面できる」という日本の高齢者の金銭感覚を想定して巧みに仕組まれているのだ。そしてこの詐欺の被害者は、電話でのやりとりで相手の嘘を信じてしまい、金融機関からの振込、違法ながら小包による郵送、バイク便などで送金させられることになる。最近では、大胆にも犯行グループが雇っただけで真相を知らない代理人へ直接手渡しするパターンも通常の手口となっている。

それでは被害者は、どのようにしてだまされてしまうのか。その心理過程をオレオレ詐欺を例に解説しよう。まず「自分に詐欺が仕掛けられる」という危険性を過小評価してしまう心理が誰にでも働くことがあるのだ。これを「正常性バイアス」というが、「最近ではそういった類いの詐欺被害が多発しているのは知っているが、仕掛けられても自分は防ぐことができるだろう」と思い込み、十分な対策を取っていないにもかかわらず自分だけは大丈夫だと根拠のない自信を持ってしまっている。

だからニセの電話を受けた被害者は、電話の相手をなりすましとはまず思わない。「俺、俺」と馴れ馴れしく呼びかけられると、「きっと息子だろう」と想像し、相手が息子を名乗れば、そのままそうだと思い込む。「確証バイアス」という心理が働くのだ。被害者は、電話の声や内容から信じられる情報を探り、少しでも当てはまれば、疑いを持たない。犯人が息子をかたった際、声がそっくりだったし、生活の事情も辻褄(つじつま)があっていたから信じたというのである。実際のところ、電話の音声が本物の息子の声かそうでない声かの正誤判断は難しいのが心理学的な事実であるが、一般には知られていない。こうして誤認知の疑いを持たないために、至急の対応を求められている被害者は電話をかけ直して確かめるといったことは面倒と思うし、そもそも咄嗟(とっさ)にはそういう確実な確認の仕方を思いつかないのだ。

振り込め詐欺と日本の社会事情

特に日頃電話のやりとりをしていないと、音声記憶が頼りないことは容易に推測できる。ここで日本の文化的な影響が足を引っ張っていることにも注目すべきだ。“以心伝心”“寡黙な男が良い”などと言われて、日本の男性は特別に話す用事がない場合、家族に電話する習慣があまりないし、親の方も“便りがないのは元気な証拠”とそれを気に留めない。遠く離れて暮らす事情が当たり前の現代の日本社会でまめに家族と電話で連絡しあう男性は少ないのである。だから、声が息子に少し似ている気がすれば、なりすましに気づかない。しかも最近の手口では、犯人は被害者家族の名前や職業などの個人情報を事前につかんだ上で仕掛けてくる場合も多いようだ。今のところは娘になりすます電話詐欺の事例がほとんどないのもこうした事情によるのだろう。

なりすましに気づかれないと、息子をかたる犯人は、まさに今、緊急事態に陥っていて金銭援助が必要であることを説明してくる。

「小切手の入ったカバンを電車内で忘れて取引に間に合わないから今日だけ借財したい」

「交通事故を起こして他人に怪我(けが)をさせてしまった」

「友人の保証人になって代わりに返済しなくてはならなくなった」

「会社の金を使い込んだ」

上記の理由を語りかけ、至急に自分では無理な額のお金がいるといった具合である。そしてもし用意できないと、他者に迷惑をかける、会社に解雇される、警察に捕まるなどと訴えて恐怖感を煽(あお)ってくるのである。それを信じた被害者は、“親子の情”というか、可愛い息子の不測の事態に同情して、急ぎお金を用立てて送金したり、手渡したりする準備を始めてしまう。このときの親の心理は、とにかく息子を助けたい一心で、電話で話していて小さな疑念を抱いても、相手の言葉に耳を傾けているうちに疑惑はすでに頭から消えてしまっているのである。

このときも、日本文化の二つの心理的な負の影響が働く。その一つは「家族一体主義」で、息子の不祥事は親にも責任があると考えて、親はその要求を突き放すことができない傾向にある。冷淡な親であるとか、無責任な親といった世間からのそしりを免れるためにも、日本の親は真摯(しんし)に対応しようとするのである。

もう一つは、“お目こぼし”に見られる情け深い情状酌量の文化規範である。それがこの詐欺ストーリーに、リアリティを提供しているのである。個人の責任論で考えれば、事故や不祥事を起こしてしまった限りは、親ではなく息子自身が謝罪して、弁済するなり、刑に服するなりが当然のことである。そんなことは日本の親ももちろん十分に理解はしている。

しかし、日本では、深い反省の情を示せば、その気持ちに免じて、相手は罪を軽くしてくれたり、許してくれたりするかも知れないと考える傾向がある。つまり被害者は、本来ならば解雇や警察沙汰になっても仕方がないような事態にあっても「人情が働けば示談で済ましてもらえる」という可能性に現実味を感じてしまうのである。

しかも、詐欺の手口は進歩してきている。さらに被害者に疑いを持たせなくさせるために巧妙になっているのは、被害者には金銭を息子に直接手渡しするつもりで準備させるといった誘導の仕方である。この手口では、金銭準備を終えた被害者は、息子と会う約束をしているのである。つまり、「これは本人に手渡すのだから、注意すべきニセ電話詐欺ではない」と信じ込んでいるのだ。しかし実際には、被害者は、会う約束の場で長い時間待たされたあげく、外せない急用ができたと土壇場でキャンセル電話が入り、託された代理人に金銭を渡してしまうのだ。そこには、いまさら代理人を疑って渡さずに帰るのは、息子をさらに窮地に追い込むことになるかもしれないのだから、信じて託すしかないという心理が働いてしまうのである。

被害を防ぐための抜本的な取り組みを

大規模な被害をなくすためには、何か抜本的な対抗手段を講じることが急務である。しかし、「しっかりと注意していればいい」というような精神論に頼って済むと思っている人々はいまだ多く、十分に有効な対策を打ち出すに至っていない。

こうした精神論に頼るのを止めて、国家が主導するなどして抜本的な対策を取らなければならない。さまざまな対策が考えられるが、例えば、金銭授受に関わる日常の電話コミュニケーション慣習を変えるように働きかけるのはどうだろうか。具体的に言うと、テレビ電話システムをさらに普及させて、誰からでも電話で金銭を要求された場合には、相手をモニター画面で見て確認するといった習慣をつくるのである。このような生活スタイルの変容などを視野に入れた包括的な取り組みが必要だと考えるが、その政策リーダーとして旗を振る人がいまだ出てきていないのが現実だ。

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  • [2017.06.16]

立正大学心理学部対人・社会心理学科教授。1984年関西大学社会学部卒業。同大学大学院社会学研究科博士後期課程、静岡県立大学国際関係学部助手、看護学部准教授などを経て現職。現在、日本グループ・ダイナミックス学会会長、日本脱カルト協会代表理事、国連安保理テロ対策理事会研究パートナー。主著に『マインド・コントロールとは何か』(紀伊国屋書店 /1995 年)、『だましの手口』( PHP 研究所 /2008 年)など。

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