変容する日ASEANパートナーシップ:東アジア地域秩序の基軸に

大庭 三枝【Profile】

[2017.08.07]

東南アジア諸国連合(ASEAN)は8月、発足50周年を迎えた。アジアの国際情勢はこの間、冷戦終結や中国の台頭など目まぐるしい変化を遂げた。日本・ASEAN関係も、近年は政治・安全保障分野の協力強化が重要課題となっている。

ASEANにとって、今年は50周年にあたる節目の年である。日本とASEANが対話を開始したのは1970年代初頭であり、両者の関係もすでに40年以上にわたっている。その関係は、より広域の東アジアないしアジア太平洋における地域秩序のその時代ごとのありさまを反映し、様々な変化を遂げてきた。

冷戦終結を機に関係深化

1977年、福田赳夫首相はマニラで行った演説で、①ASEAN諸国との心と心の対話を行う②日本は二度と軍事大国にならない③日本とASEANは対等のパートナーであり、また日本はインドシナ諸国とASEANとの架け橋となる——とのいわゆる福田ドクトリンを発出した。これは、日本の東南アジアに対する経済進出や、日本のODAがASEAN諸国の権威主義体制を下支えしていたことなどからくる反日感情の噴出に対して、日本が対東南アジア関係の再構築を痛切に必要と感じたことによるものであった。戦後30年を経たこの時期ですら、日本の軍事大国化への懸念を払拭(ふっしょく)する必要があったことは心に留めておく必要があるだろう。福田ドクトリンは、その後の日本とASEAN諸国との関係良好化に大きく貢献したのである。

その後90年代に入り、冷戦終結後の地域環境の変化の中で、ASEANはかつて対立関係にあったベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーの加盟によって、東南アジア10カ国を擁する組織へと変容した。92年の第4回首脳会議でASEAN自由貿易地域(AFTA)設立が合意されるなど、地域経済統合への試みが本格化するのもこの時代である。さらに、ASEAN諸国は94年のASEAN地域フォーラム(ARF)設立や、日本や米国などアジア太平洋における主要国との間の対話国関係を韓国、中国、ロシア、インドなどとも構築するなど、ASEANが広域地域の制度化の中心的役割を担う戦略を本格的に進めるようになった。

90年代は、上記のように変容を遂げていくASEANと日本が手を携え、地域内ポリティクスの中で大きな影響力を示した時期であった。例えばARF設立に際して、日ASEAN間の連携が大きく貢献した。またASEAN諸国のさらなる繁栄の実現、ASEANへの新規加盟国(CLMV)と古参の加盟国との間の格差の問題、いわゆるASEANディバイドの解消へ向けた日本のASEAN支援の試みも進められた。

例えば92年には日ASEAN経済大臣会合(AEM-METI)、98年に日ASEAN産業協力委員会(AMEICC)が設立され、ASEANへの産業協力やASEAN内の格差是正など様々な経済分野における協力が進められた。他方、97年に勃発したアジア通貨危機の後、日本は新宮沢構想を通じてインドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、韓国に対して計300億ドル規模の資金支援を行った。この支援枠組みは、その後ASEANと韓国、中国からなる東アジアにおける初の金融通貨協力メカニズムであるチェンマイ・イニシアティブ(CMI)として発展していったのである。

日中の競争、対立の時代へ

しかし2000年代に入ると、ASEANとの連携を巡って地域諸国間での競争が顕在化していく。中でも日本と中国との競争関係は鮮明になった。01年11月、中国が他の国に先駆けてASEANと「10年以内にFTA締結を実現する」と合意したのは象徴的な出来事だった。これに対し、02年1月に東南アジア諸国を歴訪した小泉純一郎首相は「拡大東アジア共同体」構想を提唱し、東アジアにおいて日ASEANを基軸とする地域共同体形成をうたうとともに、日ASEAN経済連携を進めていく姿勢を表明した。

その後日本と中国は、ASEANとのFTAないし経済連携協定(EPA)締結や、ASEANのルールと規範が体現された条約である東南アジア友好協力条約(TAC)への加盟を通じて、ASEANとの関係強化を競う姿勢を鮮明にした。05年に東アジアサミット(EAS)が発足する際も、メンバーの範囲などを巡って日本と中国は対立した。また、ASEANを中核とする地域経済圏構想であるCEPEAとEAFTAそれぞれを日本、中国が推し、東アジアの広域地域経済統合のあり方を巡る両者の対立が先鋭化した。

こうした中で、ASEANは日中をはじめとする域外の主要国がともにテーブルにつき、意見交換をする場を提供する役割を果たすことで、一定の存在感を示したのである。このように、ASEANの広域地域内での役割をASEAN諸国自身が概念化したのが「ASEANの中心性」である。

いずれにせよ2000年代を通じて、日ASEAN関係は、ASEANと中国など他の国とのパートナーシップが強化される中で相対化されていった。とはいえ、日本は主に経済分野における対ASEANとの連携や支援をこの時代も強化していった。例えば06年に日本からの拠出金で発足した日ASEAN統合基金(JAIF)は、ASEANが03年の首脳会議で表明したASEAN共同体設立を目指す中でも特に重要な域内格差是正の取り組みへの支援強化が目的であった。

経済から安全保障協力へシフト

しかし、2000年代終わりごろから東アジアにおいて米中のパワーバランスとその変容が顕在化する中で、日ASEANのパートナーシップはそれまでの経済分野での協力に加え、政治・安全保障分野の重要性が強調されるようになった。この傾向は2010年代に入ってより色濃くなり、現在に至っている。

この変化は03年12月の日ASEAN特別首脳会議で採択された東京宣言と、11年の日ASEAN首脳会議で採択されたバリ宣言とを比較すると見えてくる。東京宣言において、今後の協力課題としてまず取り上げられたのは包括的経済連携や金融財政協力の推進、ASEAN諸国に対するODAの優先的供与、ASEAN統合イニシアティブ(IAI)への貢献など、経済分野における協力の推進であった。それは日ASEAN協力の「いの一番」に位置付けられ、また量的にも全体としてかなりの割合を占めていた。

しかし、8年後のバリ宣言ではかなりトーンが変化している。この文書では今後の日ASEAN協力の5つの戦略が示されたが、その筆頭に挙げられているのは政治および安全保障協力の強化である。

具体的には国際法や国際法の原則、東南アジア友好協力条約に基づく協力強化をはじめとして、国連海洋法条約(UNCLOS)などに則った航行の自由や安全、円滑な商業活動および紛争の平和的解決など地域の海洋安全保障、海洋の安全に関する日本とASEANの協力、南シナ海行動宣言への言及といった内容が列挙されている。

バリ宣言は東京宣言と比べ、明らかに政治および安全保障協力を日ASEAN協力の中での重要なポジションに位置付けており、こうした傾向は13年の、日ASEAN40周年を記念した特別首脳会議で採択された日ASEAN協力に関するビジョン・ステートメントにも受け継がれている。こうした「安全保障シフト」をもたらしている最大要因は、中国の台頭による地域のパワーバランスの変化や域内環境の不安定化への懸念であろう。

難しい米国、中国との間合い

特に習近平体制下の中国は、アジアインフラ投資銀行(AIIB)や一帯一路構想を通じたwin-win外交を掲げて近隣諸国への影響力を拡大する意図を明確にする一方、主権に関わる問題について妥協する気配は見せていない。

また、国内の民主化勢力を徹底的に弾圧している現在の中国と、麻薬対策の苛烈さで国際的に非難を浴びているフィリピンのドゥテルテ政権、14年のグーデター以降権力を掌握したタイの軍事政権との関係緊密化も懸念される動きである。

さらに、昨年誕生した米トランプ政権の対アジア政策だが、「航行の自由作戦」が2度ほど決行されたものの、極めて不透明である。トランプ政権の人権、民主主義に関する問題への関心の薄さも、前述の中国と一部のASEAN諸国との結び付きを考えると、危うい要素を含んでいる。

一方で、日本とASEANが中国の南シナ海における強硬姿勢に手を携えて対抗するような協力を、実質的にどこまで行えるかは難しい問題である。日本が米国の空白を埋めるほどのパワーを持っていないことも一因だが、ASEAN諸国の外交・安全保障に関するスタンスや米国、中国との距離の取り方は非常に多様であり、中国との関係強化による経済的利益の確保も多くのASEAN諸国にとって重要だからである。

日ASEANの安全保障上の最重要関心事項である海洋安全保障の確保についても、少なくとも当面の実質的な協力はインドネシア、フィリピン、ベトナムなど一部のASEAN諸国に対するコーストガード支援や防衛装備移転など、日ASEANベースではなく各国個別での協力が中心となるだろう。

地域秩序形成の基軸:さらなる協力強化を

日ASEAN関係は東南アジアの平和と繁栄にとってのみならず、以前よりは相対化されたにせよ、東アジア地域秩序においていまだに無視できない重みを持っている。日本としては、政治・安全保障、経済、社会・文化という3つの柱によって構成されているASEAN共同体の一層の発展に向け、協力を強化する必要がある。

その際、連結性強化に関わるインフラ整備で日本が積極的に関わっていくことは非常に重要である。東南アジアにおけるテロリズムの脅威への対応も、日ASEAN協力における重要課題となろう。人権や民主主義の問題にしても、今の一部のASEAN諸国で起きている状況を放置することは日ASEAN関係にとっても、地域全体にとってもマイナスである。

この困難な時期にこそ、関係諸国にとってどのような「地域」が長期的観点から望ましいのかを明確に意識した上での協力が必要である。今まさに、日ASEAN関係の真価が問われているといえよう。

バナー写真:日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)の特別経済相会合を前に、握手する世耕弘成経済産業相(中央)と各国の経済担当相ら。会合は、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の早期妥結に取り組むとする共同声明を発表した。=2017年4月8日、大阪市内[代表撮影](時事)

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  • [2017.08.07]

東京理科大学教授。1968年生まれ。専門はアジアの地域主義・地域統合を中心とした国際関係論。国際基督教大学卒、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。東京大学大学院助手、東京理科大学准教授、南洋工科大学(シンガポール)客員研究員、ハーバード大学日米関係プログラム研究員等を経て現職。著書に『重層的地域としてのアジア』(有斐閣、2014年)『アジア太平洋地域形成への道程―境界国家日豪のアイデンティティ模索と地域主義』(ミネルヴァ書房、2004年、大平正芳記念賞・NIRA大来政策研究賞受賞)など。

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