和歌山県太地町から見た世界の縮図—『おクジラさま ふたつの正義の物語』佐々木芽生監督に聞く
[2017.09.21] 他の言語で読む : ENGLISH |

7年の歳月をかけて『おクジラさま ふたつの正義の物語』を完成させた佐々木芽生(めぐみ)監督。このドキュメンタリーから見えてくるのは、捕鯨問題の是非ではなく、日本、そして世界が直面している衝突と分断の構造だ。

佐々木 芽生

佐々木 芽生SASAKI Megumi映画監督・プロデューサー。北海道札幌市生まれ。1987年より米ニューヨーク在住。フリーのジャーナリストを経て、1992年よりNHKアメリカ総局勤務。その後独立して、テレビの報道番組の取材、制作に携わる。2008年、初の監督作品『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』を発表。ささやかな給料で30年かけて世界屈指の現代アートを収集、国立美術館に寄贈したニューヨークの公務員夫婦の軌跡を追ったドキュメンタリーだ。同作は世界30を越える映画祭に招待され、数々の賞を受賞。13年、続編にあたる映画 『ハーブ&ドロシー2 ふたりからの贈りもの』を発表。16年、3作目にあたる長編ドキュメンタリー映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』を完成させ、同年釜山国際映画祭コンペティション部門に正式招待された。日本では、17年9月から全国順次公開。また、同タイトルで初のノンフィクションを集英社から刊行した。

和歌山県太地町(たいじちょう)を舞台に、町の入り江—畠尻(はたけじり)湾—でのイルカ漁の「残虐さ」を告発した米ドキュメンタリー『ザ・コーヴ(The Cove)』は、全米で絶賛され、2010年アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞。その結果、人口約3000人の漁業の町が世界の反捕鯨・イルカ漁活動家の集中砲火を浴びることになった。残酷だと非難の的になったのは、水中に延びた鉄管をたたく音でイルカやゴンドウクジラなどの小型鯨類の群れを入り江に追い込む太地の「追い込み漁」での捕殺だ。

佐々木芽生監督は2010年4月から16年7月まで太地で撮影を続け、立場も考え方も違う多彩な人たちにカメラを向けた。太地町の町長、漁師、シーシェパードのメンバー、『ザ・コーヴ』の「主人公」でイルカの元調教師リック・オバリー、外国人活動家と町の代表者の対話集会を仲介した政治団体「日本世直し会」主宰者、そしてメディアと太地の関係、日本の情報発信の欠如に違和感を抱く元AP通信記者など、特定の視点に偏らずに多くの関係者の声を届ける。

『ザ・コーヴ』の独善性は問題

——夫婦愛、アートへの愛を描いた『ハーブ&ドロシー』から捕鯨問題へ、テーマが一転しました。なぜ捕鯨、イルカ漁についてのドキュメンタリーを作ろうと思ったのでしょうか。

2009 年に『ザ・コーヴ』が米国で公開され、ニューヨークの映画館で見て衝撃を受けました。映画として「物語」の構成や編集がうまい。だからこそ強烈なインパクトで、捕鯨問題の火に油を注ぐ予感がしました。一方的だし、偏見に満ちた部分や事実誤認があるにもかかわらず、日本側からの反論が全くないことにも驚きました。長年米国に住んでいますが、銃規制、妊娠中絶などの問題には賛否両論があるのに、この問題に関してはほぼ反対意見しかないことがずっと気になっていました。ためらいはありましたが、『ザ・コーヴ』に背中を押されるように映画製作を決めたのです。

捕鯨問題では常に一方的な意見しか聞こえてこないことが気になっていたと語る佐々木芽生監督

——「隠し撮り」など手段を問わずに撮影された『ザ・コーヴ』は公平さを欠き、プロパガンダだという批判が日本ではありました。今回、あえて「バランス」を意識した意図は。

プロパガンダを排除してバランスを取ること自体が一つのプロパガンダと言えるかもしれません。日本ではドキュメンタリーと言うジャンルはNHKのニュース報道の延長戦のような映画だという思い違いがありますが、ドキュメンタリーは作家の視点、価値観を盛り込むものです。

ただし『ザ・コーヴ』に関しては、ドキュメンタリー製作者としての基本的姿勢に問題を感じました。例えば(米国の著名なドキュメンタリー監督)マイケル・ムーアがカメラを向けたのは政府や大企業、産業といった権力です。弱い、虐げられた声を持たない人たちのために権力者の不正を暴くという姿勢でした。一方、『ザ・コーヴ』の場合には何億という予算をかけて、ハリウッドの一流クルーを雇い、最先端の特殊撮影技術を投入して、山のような撮影機材を持ち込んだのは太地町という小さな漁業の町。カメラを向けたのは、代々受け継いできたイルカ漁、捕鯨を営む漁師たちです。なんの検証もないまま、一方的に彼らが悪であり、自分たちがヒーローであるという前提の独善性は問題です。特に、デジタルメディア、ネットで情報があっという間に拡散される社会で、情報弱者の人たちの声は届かない。そこで圧倒的な力を使って世界に発信することの暴力性を感じました。作り手には最低限の倫理観が必要で、最初から自分たちが正義と決めつける姿勢には疑問を感じます。

——『おクジラさま』はさまざまな人間模様を映し出す人間喜劇の様相もありますが、中でも「日本世直し会」代表の中平淳氏は強烈な存在感です。

撮影を開始した2010年は、日本での『ザ・コーヴ』公開直後で、シーシェパードが太地に常駐し始めた頃です。いろいろな人たち、出来事と自然に関わり、カメラに収めることができました。それがドキュメンタリーのだいご味でもあります。中平さんは、予想外の「ピースメーカー」でした。太地側、反捕鯨活動家が全くコミュニケーションできない硬直した中で、熱心にカタカナ英語を通してシーシェパードの人たちとの意思疎通を試みていた。対話の大切さに気付いたのは彼だけでした。大手メディアは何を言い出すか分からない彼のような存在にカメラを向けない。私も最初はためらいましたが、彼も太地の問題に関わり、街宣車でメッセージを発信している。社会の多様性とは全ての人を排除しないことです。それぞれが自分たちの立ち位置で一生懸命生きようとしている。そのことも伝えたかった。

太地町で取材中の佐々木監督 ©「おクジラさま」プロジェクトチーム

2010年太地町に常駐し、反イルカ漁運動の中心となったシーシェパードのメンバー、スコット・ウエスト氏 ©「おクジラさま」プロジェクトチーム

追い込み漁に抗議する活動家たち ©「おクジラさま」プロジェクトチーム

——シーシェパードが少しでも日本語で発信する努力をするべきだとは思いませんでしたか。

それよりも日本人が英語で発信することの方が大切です。日本人の英語コミュニケーション能力の欠如は深刻な問題。高校を卒業していれば、誰でも英語で意思疎通できるはずです。日本人は他言語でのコミュニケーションにひるみすぎている。自分の言いたいことを必死で伝える、相手の言うことを必死で理解しようとする、コミュニケーションにはその熱意が必要です。

イルカ漁、捕鯨の問題はこの映画の題材であり、入り口ではありますが、その賛否を問うのではなく、その先に見えるもっと普遍的な問題を見てほしいと思いました。

日本の情報発信の欠如と「思考停止」

——太地の人たち、その文化を理解しようと太地町に2年間暮らし、住民たちの信頼を勝ち得た元ジャーナリストのジェイ・アラバスターさんの存在は、対立の構図の中の希望です。「太地は日本の縮図」だと語り、経済大国で高度な情報テクノロジーを持ちながら、国としての情報発信のまずさを指摘しています。

ジェイが映画に出演してくれたことは、本当に大きな救いでした。まさしく、太地は日本の縮図であると同時に、世界の縮図だと言えます。人口3000人の小さな町で起きていることから、今世界で起きている世界の衝突、分断が象徴的に見えてくると思います。

2年間太地町に暮らす間に、漁師たちと信頼関係を築いた元AP通信記者のジェイ・アラバスター氏(右)。現在はアリゾナ州立大学博士課程で太地とメディアの関係を研究している ©「おクジラさま」プロジェクトチーム

——2002年に国際捕鯨委員会(IWC)総会を取材して、その不毛さに怒りを感じ、あきれもしたと今回刊行したご著書(『おクジラさま』、集英社)に書いていますが、捕鯨問題に関しての日本政府の対応をどう思いますか。

まず、自分たちの言いたいことを発信する前に、相手を深く理解する必要があります。なぜ欧米の人たちはイルカ、クジラにこだわるのか。シーシェパードのように極端な人たちが突然主張したわけではありません。宗教や哲学の根底にある人間と自然、動物との関係性が本質的に日本と違う。

日本政府は国際社会への「説明責任」を果たしていないと語る佐々木監督

日本は「捕鯨は日本の伝統」と主張していますが、欧米は時代に合わない古い伝統はどんどん壊して人類として進化しようという考え方です。「動物の権利」に対する意識も進化しています。1970年代、“Save the Whales”がうたわれ、環境保護運動の象徴だったクジラですが、『ザ・コーヴ』以降、「動物の権利」自体に焦点が移っている。自分たちが人間に近いと感じる動物=クジラ、イルカ=を社会的弱者に含めようという、21世紀の市民権運動なのです。日本側の反論は、牛、豚などの家畜動物は許されるのに、なぜクジラはダメなのかで思考停止している。

現在、鯨肉の年間消費量は日本人一人当たり、ハムのスライス2、3枚程度に過ぎません。「伝統」「文化」と繰り返すだけでは、国際社会に対する説明責任(accountability)を果たしていないことになります。一方、欧米も自分たちの価値観を押し付けるばかりです。いろいろな考え方の違いを一つ一つ解きほぐして話し合う必要があります。

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